読書感想文

今月の一冊 感じたことを好きなように書く

「火花」を読んで


『火花』と言うと、会社の面接でこの本の話をしたことを思い出す。
それが今からちょうど2年前くらいだったかと思うと懐かしい気持ちになる。

当時は芸人が書いた本という目線でこの本を読んだ。
終盤で神谷が豊胸手術をしたのが突然のこと過ぎて、残り数ページで落ちを急いでしまったのではないかとか、本を読むのが好きな人の書いた本という上から目線な感想を抱いたことも覚えている。
単純に終わり方が私には意味がわからなかった。
あれから『火花』はドラマ化やCD化されて、来月には映画公開もされるようだ。

今回、2年ぶりに文藝春秋を開いて『火花』を読み直した。
読む前は、落ちが強烈だったとか真樹さんという女性がいたことだけが印象に残っていた。
主人公が尊敬している芸人の名前が神谷だったとか、女性はもう一人登場していたこととか、そういえばこんな話だったと思い出した。
当時は主人公の性格は全然気にも留まらなかったが、人並みのことで悩んでいい意味で普通の人というか平凡で、共感できる普通の感性を持っている人だと思う。
あと、この本を読んでお笑いは難しいんだなという気もした。何回読んでもきっと神谷のおもしろさは理解できず、神谷には共感できない。
トータルで見ると、主人公はいい人生のように思えるが、神谷の人生は悲しいものだと感じた。

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タイトルのとおり、プール依存症の話だ。
依存症は悪いイメージが強いが、依存できるものがあることはすばらしいことだと思う。
人生のうちで依存しているものは多分ある。
「フレンズ」の話みたいに、それこそスマホがそうだ。
ないと困るし時間を持て余すと思う。
けれども、ないならないでそれなりに割り切れるとも思う。
数日なかったら、なくてもいいやと思える気がする。
そんなことを考えていたら、本当に依存しているものは何もないのかもしれない。
依存は熱量。
依存してしまうと、依存していたものを失ってしまったときに
それにかけていた時間やお金が無駄になってしまう気がしてしまう。
だから依存しない程度がちょうどいい。
そう思っているからひんやりしている。

続きが気になって、さくさく読むことができる本だった。
どの話も共通して同じ医者のもとに通院するようになるわけだが、
それぞれの主人公の医者に対する見下しがひどいのに、よく通院するなと思った。

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冒頭あたりを読んでいたときには、この本はやくざとかそういうやばい話なのかなとちょっとどきどきしていたが、全然そんな話ではなかった。
登場人物を覚えるのが苦手なので、【おもな登場人物】が思ったよりも多くて困ったが、読んでみれば個性が強い人物ばかりだったので、すんなり読むことができた。
この本はフィクションであるが実在の企業がモデルになっているということで、そこもおもしろかった。
 
この本で一番心に残ったせりふは、「現状維持はイコール堕落」である。これは第二章に出てきたせりふで、割と序盤に出てきた言葉だったがすごく印象的だった。私は普通が一番、安定、平穏こそ一番と思っているので、このせりふは結構刺さった。ここでは「なにも変えないことが最も悪い」と言っていて、思わず考えさせられた。
確かに、何も変えないことは悪だ。それはきっと現状維持ですらない。現状を維持するためには、きのうよりも1ミリでも多く努力することが必要不可欠だと思う。自分の能力のどこにピークがあるかわからないけれども、歳をとっていけば、あとはずっと下り坂なのかもしれない。そう思うと、たった1ミリ程度の努力では現状維持すらできない可能性がある。そう思ったら現状維持は実は現状維持ではないし、難しくて頭がこんがらがった。

この本は図書館では当分手元に回ってきそうもなかったので、今回初めて電子書籍に手を出してみた。紙じゃない本なんてと正直思っていたけれども、文字の大きさも紙の部分の色も本のめくり方も選べて悪くないなと思ってしまった。何よりも検索機能が優秀。私は一つの特定のシーンにこだわりがちなので、ぱっとそのシーンを探せるのがありがたいと感じた。本の何%程度読み終わったとか、何分くらいで読み終わるかがわかるので賢い。
というどちらかというと電子書籍の感想になってしまった。

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「友情」を読んで

大宮が外国に行ってからの展開が割と急に進んでいって、読んでいてびっくりした。下篇にたどり着いたとき、ページ数が少ないのにここからどうなってしまうのかと感じた。

下篇を読んで、主人公がかわいそうに思えた。一番衝撃だったのは、好きだった人に自分の気持ちをありがた迷惑だと思われているなんて、不憫すぎて逆に笑ってしまう。主人公は、確かに夢見がちというか理想を押つけがちなところがあった気もするが、ここまでくると救われないなと思った。

僕たちを裁いてくれと意味深長なことを書かれてしまったら、小説を読まざるを得ない。私が主人公の立場だったら、2人のそれぞれの秘めたる思いなんて知りたくもなかったと思う。「僕達」という不穏な2文字だけでつらい気持ちになる。

上篇、下篇を読み終わって、自序の「人間にとって結婚は大事なことには違いない」を思い出す。最近行った会議で事実婚の話題が少しあったこともあり、結婚の形のあり方も時代とともに変わっているなと思った。

それはそうと、この本を読んだら卓球がしたくなった。

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率直な感想は、余りこの話はよくわからなかった。展開がないわけではないし、最後も人が死ぬという割とびっくりな結末だったけれども、つかみづらい話だと思った。

前回に引き続き、原作は日本語ではない小説。そのせいか、たびたびあらわれるびっくりマークが安っぽい印象というか違和感を生んでいた。これが原文であったら、多分そんなことを思わなかったのだろうけれども、ふだんびっくりマークのない文章が自分の中で普通になったから、より一層そう感じた。前回は特に気にならなかったが、前回はユーモアの効いた話だったからだろうか。

亡き妻に似た女性の登場。この話を読んで一番に思ったことはドッペルゲンガーだ。自分にそっくりな人がいるなら会ってみたい。3人もいるならなおさら。

最初のうちは、これはどうせ主人公の都合のいい妄想か幻覚だと思って読んでいたが、本当に女性は存在した。後々、この女性に対して割と執着心や愛があったことがわかるが、別の女に重ねられるというのはどうなのだろうなと思った。主人公はうまくやっていたようだけれども、絶対にそんなことはないだろう。妻の衣装をその女性に着せたり、もはやいちずですらもないが、よくいえばいちず、悪くいえば狂気じみている。この話も以前読んだレインツリーの国と同様に、恋というよりも愛なのかもしれないが、恋は盲目的だと感じた。

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「火星の人」を読んで

サイエンス・フィクションというジャンルはふだん読まないので新鮮だった。

最初のほうはずっと主人公の試行錯誤で正直退屈だったが、NASAが主人公の生存を知ったあたりから、徐々に読むのが楽しみになった。しかし、ずらずらと続くログエントリーはやはり退屈であった。私は新装版の上下巻のほうを読んだが、上巻がいいところで終わったので、上巻より下巻は割とさくさく読むことができた。物語の中で何度も問題に直面するが、最後の最後までずっと問題に直面したままだったので、本当に残り数十ページで終わるのかと何度も思ってしまった。

この本は、主人公がとてもユーモアのある人物だと思う。随所にアメリカンジョークがあったが、注釈があるにもかかわらずネタがほとんどわからなくて、これらのネタがわかればもっとおもしろいのだろうと感じた。

危機に瀕しても、この主人公のようにジョークをかませるくらいポジティブに乗り切れたらもっといろいろと楽だろうなと思う。

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※とても感想がネガティブ

この本を読んだ率直な感想は伸のことがあまり好きになれなかったということである。
伸の言うことは正論なのだが、正義を振りかざされているというか、悪く言うと横暴、そんな印象だった。
標準語を聞きなれている立場からすると、やはり関西弁はどこか高圧的でどうしてもきつく受け取ってしまう。標準語でばかと言われるよりも、関西弁であほと言われるほうがよほど傷つくしダメージを受けると個人的には思う。
(もともと関西弁がそんなに好きではないのだと思う。)

私にはこの人しかいないから、誰もこの人を私から奪わないでというひとみの気持ちは誰しも持っている想いだとは思うが、同じように感じ取れるほど伸が私には魅力的に思えなくて、恋は盲目とはよく言うけれども、まさにこの恋は盲目だと感じた。

私は大切な人に自分だけが忘れられてしまうということは体験したことがないけれど、会うたびに初めましてになる寂しさも、私を私として認知してもらえない苦しみも知っている。
大切な人に忘れられるというのはとてもつらい。私は相手のことを好きだったけど、相手はそれほど自分のことが好きでなかったのかなとか、いっそのこと嫌いな人から順番に忘れてくれたらそれはそれで気持ちが楽なのにとか、あなたが私を忘れてもほかの大切な誰かを覚えていて幸せならそれでいいとか、思うことはいろいろとある。
それでも相手を責めようとかいう気持ちは全くなくて、寂しいけどやはり好きな気持ちは変わらない。
※大切な祖父の話です。

ありがた迷惑という言葉があるくらいで、善意が相手には善意として受け取られていないということはよくあることだ。ありふれていて逆に困るくらい。
伸がひとみのことを思って耳が悪いということを周りに言ったこと、やぼったいから髪を切ったほうがいいと言ったこともそうだ。
相手の立場に立って考えて、そういう見方もあったのだなと思って全てを受けとめられるほどの強さを持っていない。だから、ありがたいはずなのに重いだとか自分勝手だとか正義の押し付けのように感じてしまう。善意を善意とも受け取れない自分にも嫌になる。そんなぐちゃぐちゃな思い。

ツイッターが普及して知らない人とのやり取りも簡単になった。数多くあるブログから運命的に出会った人にコメントを送ったり、メールの返信を待ち遠しく待ったりしなくてもすぐに相手からの反応がくる。だからこそ、ここまでのワクワク感は今はもうないのかなとも思う。今は早くLINEの既読が早くつかないかなくらい。便利でいい世の中になったことも多いけれども、ちょっぴり薄っぺらいとも感じた。

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この本を読んで一番感じたことは読み進めるのがつらいということだ。今までの課題図書と比べたらポップな語り口でサクサク読むことができるのに、病気や治療の状況や痛みを想像したら涙が出そうになって先を読むのをためらってしまった。闘病記ではないと書いてあったものの、病気ものの本は読んでいて本当に苦しくなる。

想像するだけでこれだけ痛くて苦しいのに、自分が同じ状況だったら途中であきらめて死んでしまいたいと思う。治療の痛みに耐えて生きられるほど強くないし、痛みに耐えて生きるくらいなら死んだほうがましだ。という話を親にしたら、それはそういう状況におかれていないからで、死を前にしたらあがいて生きたくなると言われた。結局、その状況にならないと自分がそう思えるかは分からないと思った。病院の先生に毎日2時間説教されたり、精神的につらいときに心無い言葉を言われたりしたら本当に生きていけないし、生きるのが嫌になるとも思った。

生きたいと思える理由を見つけられたことが最大の幸せで、そういう気持ちは人を強くすると実感した。また、自分のことを大切に思ってくれる人がいる、それだけでとても幸せだと感じた。

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以前にも書いたが、私は歴史が苦手なので今回の小説も読むのにとても苦労した。

黄金の日日というタイトルから最後はどのような結末を迎えるのだろうと想像をして読み進めていたが、愛する人が炎に焼かれるという結末でこれのどこが黄金の日日なのかと率直に思った。

この小説で一番好きだった人物は千利休である。悪く言えば頑固者だが芯のある人物だ。信念を持った登場人物はほかにもたくさんいたが、私が千利休に対して今まで抱いていたイメージと性格が異なっていて、意外だったので心に響いたのかもしれない。

以前、何人の人に評価されているかということを数を数字として捉えるのではなく、具体的にどのくらいの人数なのか想像すると少し幸せになれるという内容のツイートをTwitterで見た。評価されている人数とは趣旨が違うが、今回、話を読んでいる中で戦いに出てくる数字を具体的に考えてみた。今までならきっと大勢の人が関わった戦い程度にしか感じられなかったが、その数字の重みを体感できた。自分が具体的に想像できる数字の何倍だとか、例えば武道館に入る人数、東京ドームの人数だとか想像すると現実味があって面白いと感じた。また、数でいえば同じ1だが、どこにも描かれずに死んでいった人は大多数であるし、物語に登場する人物たちであっても人って割と簡単にあっけなく死ぬと思うと悲しくもある。

美緒の身を案じ、許婚にしようと美緒に話をした場面での助左衛門の心の葛藤にはとても共感できた。美緒といずれはそうなりたい気持ちはあるものの、今の自分ではふさわしい存在ではない。かといって、勢いや状況に流されてあいまいにことを進めたくない気持ち。誠実な人物だと感じた。本当は勢いでさらって欲しいと美緒が感じていたのではと思う場面が何度かあるが、美緒が小難しい人物に思えてよく分からなかった。

使者の仕事だけでなく、その他のことも見てきたり調べてきたりする助左衛門の貪欲な姿勢を見習いたいと感じた。生きていくうえでやはり受身ではだめであるし、貪欲にいろいろなものを吸収していこうと思う。

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「ワルボロ」を読んで

本を開いてすぐにある「大好きなオフクロに捧ぐ」の文字がとても印象的だったが、そういう道には進んでほしくないと願う母の気持ちとは裏腹に不良の道に進む主人公。主人公は仲間と出会い、好きな人にも告白し、今までのように机にかじりついて勉強をしていたら決して見つけることのできなかった新たな自分を見つける。

私は学生時代に中央線を通学に利用していたので、立川や国立などの中央線沿線の地名が出てきて懐かしい気持ちになった。立川には何度か行ったことがあったため立川が不良の町というイメージがなかったが、モデルが1980年代の立川と知り納得をした。

繰り返される激しい喧嘩のシーンを読んで、中学生が自分といくつ歳が離れているかを考えると、これは本当に中学生の話なのかと何度も思った。ただ、単純な恋愛感情やくだらない主人公たちのやりとり、不良でも意外とまじめに学校に行く姿を見ているとやっぱり中学生だなと感じた。

途中でほかの人を好きになっていたので一途とまではいかなかったが、好きな人が別の誰かを好きでもその人を思い続けるまっすぐで純粋な気持ちや好きな人の幸せを願う主人公の姿は素敵だなと思った。

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