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函館からの荷客41レを牽引してきたD52が長万部で休む姿。 既に転車台にて方向転換をし、この後は北旭川から五稜郭操車場まで直通する貨250レの長万部-五稜郭間を担当するべく、しばしの間休憩をする。41レの長万部到着時刻は、08:13で、250レの長万部発車時刻は11:54であった。 D52 138 は、1944年に汽車製造で作られた46両の内の1両で、本形式が全機出揃った1946年3月末時点の配置は姫路機関区だった。1962年6月1日時点の配置は、五稜郭機関区で、北海道に渡った13両(56、136、138、140、201、202、204、217、235、400、404、414、468)のうちの1機だった。 D52は、一時的には、長万部機関区に転属したものの最終的には、五稜郭機関区に集結した。 1971年3月末時点では、201と217と400と404を除く9両の配置だった。 404は、長万部機関区の最後のD52配置車で、1972年2月9日付で五稜郭に転属、これにより北海道に於けるD52は計10両が五稜郭に集結した。 1972年12月6日付では、56、138、204、404が廃車された。また1973年5月23日付では、136、140、235、414が廃車となった。 202は、全てのD52の中でただ1両、1972年12月まで活躍。一旦車歴を残したまま保管扱いになっていたが、1973年6月には一休扱いとなった。さらに一時的に門司区に転属(1973年7月14日)、のちに五稜郭に戻り、1975年10月18日付にて廃車となった。 これらの中では、136が、静岡県沼津市高沢公園に、138が、神奈川県相模原市鹿沼公園(ただし、ナンバープレートはD52 235のを装着している)に静態保存されている。 468は、梅小路機関区にて動態保存が決定し1972年9月27日付で転属した。その後の1979年3月28日に動態保存から静態保存に変更になって準鉄道記念物になり現在に至る。 撮影日は、1972年(S.47)7月24日。カメラは、ミノルタSR-1s。フィルムは、TriXだった。 |
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