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1975年9月の北海道、最初に撮影したのがこのD51。(移動中の車内で撮影したカマを除く) 道内行きの定番、上野からの1M(はつかり5号)-1便(津軽丸)-1D(おおぞら1号)で東室蘭下車。1Dは、台風16号の影響で徐行区間多く、本来接続するはずの561Dには乗れなかった。急遽、すぐ後ろから来た、201D(ちとせ1号)に乗車。そして1番目の目的地として下車したのが登別。 構内には、すでにD51牽引の貨物列車が停車していた。滝川区のD51が牽く貨2454レである。 駅改札の駅員に断って下り線ホームを東室蘭方向に歩いて行った。 カマは滝川区の4次形。キャブ付近の配管が独特のように感じた。 道内のカマは総じてあまり綺麗ではなかったが、プレートだけは磨いてある様子が伺えた。 列車全体が見えるところまで行ってみたら、乗務員がホームで休憩していた。 上り線側のホーム上屋はカマボコ形のモダンなものだったが、今にも雨が落ちてきそうな天候と重なってやっぱり寂しい感じがした。 正面の姿は、副灯付で格好が良い! 最後の年、通常雪の無い季節には外されていたスノープラウは全機取り付けられたままで、それも格好の良さに繋がっていたと思う。 ここからUターンして下り側、登別トンネルに向かったが、その前に転轍器標識とのツーショット。 下り線ホームを3両分ほど歩いたところで、下り列車接近の放送があり、慌てて戻ってD51とのすれ違いをパチリ! 撮影日は、1975年(S.50年)9月17日。カメラは、ミノルタSR-1s。フィルムは、Kodak-TriX。 D51 1127 は、当時滝川区D51のラストナンバー。 1944年(S.19年)9月18日に日本車輌で誕生。 新製配属は名古屋局で、配置は同年9月29日に多治見区で、使用開始は、同年11月11日。1946年(S.21年)と翌年には、中津川区や福井区に貸し出され、多治見区と出入りが激しかった。1948年(S.23年)3月3日には上諏訪区に移動するも5月29日には中津川区へ再移動した。翌1949年(S.24年)6月30日には、遠く四国の高知区へ移動。この間、重油併燃装置の取付や集煙装置改造を経て1956年(S.31年)10月16日にはボイラーを新缶に交換した。1960年(S.35年)3月3日には山陰の米子区に移動。同年10月25日には松本区へ移動。翌1961年(S.36年)11月11日には旋回窓取付。1962年3月末には長野区所属(転属日不明)。翌1963年(S.38年)9月13日に集煙装置を多度津式から長工式に取替。同10月5日に稲沢第一区に移動。1966年(S.41年)7月10日に滝川に移籍。9月には耐寒工事が施工された。この撮影をした翌々月の11月7日付で追分区に移動。翌年の1976年(S.51年)3月1日付で廃車となった。 1975年9月時点では、1101号以降のD51のラストグループのカマは、遠軽区の1116号、追分区の1119号、岩見沢区の1118号、1120号、1149号、1160号(鉄道省発注ラストナンバー機)と滝川区の1127号機の計7輌だけだった。
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こんばんは
今日、上越線のロクイチを拝んできました。やっぱり蒸気はいいですね。
2012/11/23(金) 午後 9:15 [ tom ]
1966年の渡道ですが密閉キャブには改造されていないですね。
デフや手すりは北海道形になっていますが。
デフが戦時形のまま短くなっているのもおもしろいですね。
2012/11/23(金) 午後 9:21 [ D51338 ]
いわれてみれば(今気がつきました)確かにデフが角々していて、1118号、1119号、1120号や1149号とは違いますね。
2012/11/23(金) 午後 9:34
「ロクイチ」というのは、お召列車専用機関車であったEF5861を差す言い方と認識していましたので、ちょっとビックリしました。今や「ロクイチ」は復活したC6120を差すのですね。勉強になります。
私がSLを撮影していた頃ではD61もいたので、ファンの方々はC61は「シロクイチ」と呼んでいました。
2012/11/23(金) 午後 9:48
こんばんは。
毎回福chanさんの撮影には懐かしさを感じております。
数多くの撮影が個体機種の識別やディテ-ルの確認に
貴重な記録になってますね。
北海道型の
公式側の速度検知は第四動輪からのロッドですが
非公式側は第4動輪からフレキシブルなラインで速度計に
接続されているみたいですね。
TBさせていただきます。m(_ _)m
2012/11/23(金) 午後 10:28
こんばんは。
船底形のテンダ好きでした。
2012/11/23(金) 午後 11:41 [ 都電1////////////// ]