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1973年8月の常紋峠。 常紋トンネルの北見側は信号所に向かって大きなS字カーブを登ってくる姿が長い時間にわたって見られる。 線路は両側から山が迫って風よけになるためか、煙がカマの走行軌跡のようにたなびいて漂う。画面中央付近に横に2つ並ぶ白い点は中間信号機の裏側である。 この列車は信号所には停車するのであるが、補機が付かないため運用のため、引上線に入る寸前まで力行してくる。 余力の随行のまま一旦、常紋トンネルの脇にある引上線に突っ込んだあと、スルスルとバックして平坦な留置線に入り待機する。 ここの信号所では留置線は2本あり、時間帯によっては旅客列車と貨物の2本が待機して、優等列車(特急)が通過してゆく姿も見られた。 留置線から常紋トンネルまではわずかな距離であるが少し登りとなっていて、補機がない運用では、懸命にばく進してゆく姿が見られた。 撮影日は、1973年8月17日。貨574レで、カマはD51 230。このカマは、正面のライトが3個有るように見えるのが特徴である。 D51 230は、1973(S.48)年5月12日に、遠く浜田から北見に転属し、石北本線での活躍を開始したものの、同年11月30日には用途廃車になった。その後しばらくは金華に留置されていて、当方でも1974(S.49)年1月10日に金華にあるのを確認していたが、その後の経緯は不明である。 カメラは、全コマともマミヤC330、フィルムはKodak-TriX (6x6)。
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常紋で、というか北海道で撮影された写真で、切りつめではないデフのD51の写真を初めて見ました。D51230は晩年に本州から移籍してきたカマなんですね。
中判で撮られた写真はやはり迫力が違います。C330は巻き上げとシャッターチャージが連動していたので連続撮影に威力を発揮していますね。私はC220だったので、ほとんど連続撮影は出来ませんでした。
2008/11/13(木) 午後 9:47 [ ohx*57*c ]
デフの件は詳しくありませんが、カマは浜田から転属してきました。北海道での活躍は約半年と短いものだったようです。
2008/11/14(金) 午後 8:48