★福chanのSL写真(北海道・東北編)★

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根室本線のSL

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 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 

平岸は、根室本線の滝川寄り、赤平と芦別の中間点位にあり、空知川に沿った東西方向の直線的な駅であった。かっては三菱鉱業系の北菱産業平岸炭礦があり、駅裏に選炭場及び積込み設備を設置していた。

写真は、平岸で発車待ちをする貨5490レである。機関士たちもカマから降りて貨車の影でしばしの休憩をしていた。
イメージ 1


発車である。石炭を満載したセキを牽くカマは、夏真っ盛りでも真っ黒な煙を勢いよく吐き出して走っていった。
イメージ 2
何事もないように手前の線路を点検している保線区員の姿が印象的なシーンだった。


撮影日は、1975年(S.50年)7月29日。カメラは、ミノルタSR-1s。フィルムは、Kodak-TriX。
 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

厚岸の宿を早朝に出発し、始発の232Dに乗り込んで上尾幌下車。232Dと交換してすぐに発車する混441レを撮影した後、約45分後に来る貨1493レを撮影するべく、足早にロケハンをした。

しかし、上尾幌を出発した列車は、約2kmほぼ直線で平坦な区間を走ることが分かり、結局、上尾幌を発車するシーンを撮影することにした。

下り側(根室方面)の場内信号付近からは駅の全容を見渡せるが、特に目立った特徴のない駅風景だった。
イメージ 1
上尾幌駅は、片面ホームと島式ホームと引き込み線があるが、貨物列車もホームに着く。

発車時刻の2分前頃からは白煙の量が増えてきた。
イメージ 2


腕木信号機が降りて、いよいよ発車である。
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発車は、非常にゆっくり動き出した。
イメージ 4


白煙だけでなく、黒煙も出てきた。
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スタートは実にゆっくりだった。
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速度が上がるにつれ、煙の量は益々増えて、ドラフト音も心地よい。
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一段と煙の量も増え、勢いが付いてきた。
イメージ 8


単線区間に入った頃からは、ドレインを切る。蒸気で後方が見えなくなるほどだった。
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場内信号付近を通過するとき、線路際の農場には鯉のぼりがあったが、無風だったので泳いだ姿は見られなかった。(6×6判)
イメージ 10



撮影日は、1972年(S.47)5月5日。カメラは、10枚目のみがマミヤC330。その他は、ミノルタSR−3。フィルムは、ともにKodak-TriXだった。
1975年夏の北海道撮旅では、SLの最後の活躍を写真だけではなく、音録りをメインとした行程を立案していた。

その3日目は、岩見沢近辺から滝川近辺に移動して音録りをしていた。

画像は拡大して見ることができます
写真は、赤平を発車する貨5490レである。
イメージ 1

画面の左端にあるのはステレオマイクロホンで、これと約25m離れたところにパラボラマイクを置いてミキサーを使って2chのカセットテープに録音していた。

音録がメインの場合、カメラのシャッター音や足音などをマイクが拾わないように細心の注意を払う必要があり、基本的に両立は難しく、どちらかを犠牲にしないと、両方ともうまく行かなくなる。その意味で写真は、なかなか良い位置で撮影することは出来なかった。


撮影日は、1975年(S.50)7月23日。カメラは、ミノルタSR−1s。フィルムは、Kodak-TriX。
撮影日と掲載日が同日のシリーズから。

前夜、釧路発20:02の1413D「ノサップ3号」に乗り、予約を入れてあった厚岸の宿(五味旅館)に着いたのが21時すぎ。

そして次の日は日の出前の06:30には宿を出発。厚岸06:40の始発232Dに乗車。
この日の日の出は、06:58だった。早朝出発は、上尾幌で交換する混441レの到着を撮影するためだった。

画像は、3枚目を除き、拡大して見ることができます
232Dが到着してから441レの到着までは5分あった。上り側を見ていると、線路を通勤の女性たちが普通に歩いてくる姿があった。やがて煙をたなびかせて441レが見え始めた。
イメージ 1


この時、441レは客車2両と荷物車3両の5両編成で貨車は繋いでなかった。
イメージ 2
 通勤の女性たちは、441レが到着するとすぐ発車する232Dに乗るため、小走りを始めていた。

カマは絶気することなく、力行状態で進入してきた。
イメージ 3


ホーム上の雪は、既に凍っていたので足下に注意をしながらも正面がちのシーンを撮影した。
イメージ 4
 自分もこの列車に乗って行くため、後ろ3両が荷物車だったので急いで荷物を持ち、前に走って乗車。よく見ると、自分が乗ったのを確認してから、駅長が発車合図をしてくれていた。


撮影日は、1974年(S.49)1月8日。 カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak-PlusX。
PlusXだったので、1/60、F5.6の露出となり、半分以上のコマがブレていた。
前夜、23:53着で方向転換し、00:08に発車する客518レ「大雪6号」に遠軽から乗車。本務機は、DD51(車番不明)で、後補機はDD51 548。10号車のスハフ44 7(指定なし)が乗った車両だった。

滝川04:39(定刻)下車。05:46始発の客425レに乗車。客車は3両だけでその3両目(オハ35 850)に乗車。富良野を目指す。

目的は、富良野線の貨1691レ撮影である。

その425レで富良野へ向かう途中、赤平で停車していたカマを見つけ、車中から撮影したのがこの写真。
イメージ 1


テンダーの色なしゼブラ模様が独特。
イメージ 2
列車は、カマのキャブに人気がないこととセキが空車のように思えるので、滝川区の9600が牽引する赤平04:47着の貨5497レと推定される。

ダイヤ情報の創刊が1972年(S.47)の11月で、この頃の情報が少なく、列車番号などは推定というあぶなっかしいものでしかなかった。


撮影日は、1972年7月27日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak-TriXだった。


69693は、川崎造船所で1923年度(T.12)に誕生。途中の配置は不明だが、1971年4月1日の配置は、滝川で、この写真を撮影した1972年11月21日付にて廃車された。

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