--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 北浜で後輩3人と共に海水浴を兼ねての撮影。 海水浴を始めた昼前頃は晴天で、日向は30℃を越えていたが、14時を過ぎる頃には、日差しのない曇天に変わり気温も26℃に下がってきていた。 最初の列車633レは、貨物車の連結がない客レだったが、こちらは、わずか1輌の貨車なれど、正真正銘混合列車だった。列車番号は、混634レ。 振り向いてもう1枚。 写真を撮り終わり、仲間と余韻を楽しみながら砂浜に戻ったら、すぐ遊泳終了の放送があって、びっくり! 北海道での海水浴はこの時の1回のみ。貴重な経験であった。 撮影日は、1973年(S.48年)8月15日。カメラは、マミヤC330。フィルムは、Kodak PlusX。
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釧網本線のSL
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1972年(S.47年)ゴールデンウィーク。釧路湿原の中にあって、塘路湖のほとりにある塘路に降り立つ。 塘路では上下線の列車が交換するため、効率よく撮影が出来、しかも駅のすぐ脇、南側には標高27mほどの小高い丘があり、駅から駆け上がると、塘路駅を挟んだ、ちょうどオメガカーブのようになった区間を見渡せる好ポイントだった。 ただ残念だったのは、この日はドン曇りで時折ガスも掛かり遠方が霞んでしまう天候だったことだ。 交換する列車は、ダイヤ上では両方とも混合列車ということだったが、下りの混631レには、貨車の連結はなかった。やはりゴールデンウィークなので、貨物がないのは仕方がない、と思っていた。 (混631レは、前の記事にあります=http://blogs.yahoo.co.jp/br1020er/21078119.html) また、ダイヤ上では上りの混634レが先に到着し、後から631レが入線して、発車はほぼ同時という設定になっていたが、この日は、631レが先に到着し、約10分遅れで634レが到着した。 列車は、細岡側からは小さな半島を回ってくるので塘路寸前のS字カーブまで近づかないと姿が見えない。しかも絶気で静かに進んでくるのでファインダーから目を離すことが出来ず、結構緊張した。 手前の小さな踏切まで来ると、4両の客車の後ろにも貨車が見えた。 一般に混合列車では、冬場では蒸気暖房の関係で客車はカマの直ぐ後ろに繋がれ、暖かい時節では、駅に入換専用の動力車がある場合は客車の後ろに、また列車のカマが入換も行う場合は、客車の前(カマの直ぐ後ろに貨車)に貨車が繋がれる事が多かった。 この列車では客車の前後に貨車を連結していて珍しい。たぶん入換のある駅での線路配置(=留置線や機回し線)の関係からこのような珍しい編成になっているのと思われる。 望遠レンズで引っ張っていることもあり、意外と線路が凸凹していて、列車がローリングしたり、ピッチングしている様子は驚いたり、面白かったりした。 電柱は雪や風の影響もあるのか、垂直に立っているのが少ないのが滑稽。釧網本線は単線だが信号は腕木信号機ではなく、すでに色灯式になっているのがちょっと違和感を感じた。 ホームに滑り込んできたカマは、それでも正面撮りのシャッター速度のままだったので、ブレてしまった。C58というと少し丸みを帯びたイメージだが意外と角張っているということがわかる。 631レが先に発車した後も、634レは入換作業はなく、そのまま発車した。 塘路湖の境界の区間を行く。 当時使用していた望遠レンズの解像度が低く、それにさらにテレコンバーターを使用したため、荒れ荒れの画像となってしまった。 撮影日は、1972年(S.47年)5月5日。
カメラは、6枚目のみマミヤC330。その他は、ミノルタSR-3。レンズは、コムラー200mm+コムラーテレモア(x2)。フィルムは、共にKodak-TriX。 |
--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 斜里ではいつも駅前の巴旅館に泊まっていたので、列車の音が聞こえてから飛びだしていっても間に合うようなロケーションだった。 この日は、ややゆっくりの7時半に宿を出て駅ホームに入った。 すでに混632レは到着していて入換作業が終了しようとしていた。そして並ぶように進入してきたのが、交換する混631レである。 入換を行っている632レの信号手は、駅務員ではなくこの列車の車掌であるのが今となっては珍しい。 到着した631レは、すぐ客車を切り離し、貨車だけ牽いて入換作業を開始。のち増結する客車を牽いて一旦前進。この写真はその時のもの。 撮影日は、1973年(S.48)8月16日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
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--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- この辺りは天都山に沿って線路が敷かれていたので、列車はクネクネと曲がりながらゆっくり走ってくる区間だった。 カマは、独特のきれいなカーブのつらら折りを装着した釧路区のC58 98だった。 踏切の右脇にある「旅館天都山」は、撮影場所を特定するのに役立ったが、現在は、この位置に道道683号線が造られたため、北3条西1に移転してしまった。 撮影日は、1973年(S.48)1月7日。
カメラは、1枚目と4枚目がマミヤC330。2〜3枚目がミノルタSR−3。フィルムはともに、Kodak-TriXだった。 |



