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1943年11月19日の配置から30年間、熊本機関区に在籍した晩年のD51 255の姿。 全体を撮影するのには不都合な位置に停まっていたのと、当時はまだD51には食指が湧かなかったこともあり、撮影したのはこの2コマと、奥に居た9600と一緒に撮影した計3コマのみだった。 この255号機は、1972年当時では筑豊地区を除く鹿児島本線内では唯一の現役D51であったが、撮影当時は詳細なデータを把握していなかったため、この撮影しかできなかったのが、今思うと残念だった。 1970年(S.45年)9月1日の鹿児島本線全線電化後も、本線・外浜-中間間の荷客、貨物および単機運用(D51と9600)、本線黒崎-東折尾間の貨物(9600)、室木線用の貨物および単機と回送客車運用(東折尾-遠賀川間・8620)、矢部線用の単機回送(熊本-荒尾間のちに熊本-羽犬塚間・C11)、三角線用の単機または客車回送(熊本-川尻間・C11)が、それぞれの線区の無煙化まで運用された。 したがって撮影当時では熊本付近でのD51の運用は既に無く、この熊本区のD51は入換用あるいは予備機として残置されていたものと思われる。 なお、熊本区に在籍したことのあるD51は、127、176、222、255、258、272、482、538、546、547、655であるが、このうち小倉工場で製造された九州生まれは、222(1938年(S.13年))、255、258、482(1939年(S.14年))、546、547(1941年(S.16年))の6輌だった。また、176は最終配置が岩見沢だったが、九州に戻り大分県日田市に保存され、222は最終配置が南延岡で、沖縄県那覇市に保存された。 D51 255 は、1939年(S.14年)10月19日に小倉工場(製番25)で誕生。新製配置は大里機関区で使用開始は、同年10月29日。大里区は1942年(S.17年)4月1日に門司区に改称。1943年(S.18年)11月19日に熊本区に移籍。30年後の1973年(S.48年)10月1日付で一休。そして残念ながら同年11月30日に廃車となった。 撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
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旅の途中です。>一部、貴殿のブログの文章を転機させて頂きました。
2012/10/11(木) 午後 8:06 [ ntn*t3*3 ]
はじめまして、転記!ですね。旅の途中さんのSL写真も見させて戴きました。今後ともよろしくです。
2012/10/12(金) 午前 8:24