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柘植で休むC58。 柘植機関支区は、正式には亀山機関区柘植支区といい、柘植構内の草津側に2本の待機線と角形の給水塔と転車台があった。 亀山区のC58は、集煙装置と角形の重油併燃装置(重油タンクは角形)を装着した重装備。 夏休みに入った時期なのに、ファンの姿は他になく、ゆっくり撮影することが出来た。SLの要、一番SLらしい部分。 この位置で見ると力強さを感じ好きな角度だ。 そして、最も好きなパーツであるクロスヘッド。 当時の亀山区C58の運用は、加太-柘植間の後補機と信楽線の貨物列車一往復のみであった。 亀山区C58の運用。 1.亀山操車場から柘植を経て草津へ直通する本務機DD51の貨783レの後方にぶら下がって出発する(08:23発)。 2.そして加太(08:46発)からは25パーミル勾配後補機として運用され、柘植で切り離される(09:16着)。3.支区では70分ほど休み、転車台で方向転換して逆行(単771レ)にて貴生川へ向かう(柘植10:26発)。 4.貴生川到着は11:00。 5.信楽線の貴生川は11:10発で貨591レ。信楽線は14.8kmと短い路線であるが途中33パーミルの急勾配があった。信楽には11:44着。 6.信楽には転車台がないため逆行で戻る。信楽発12:06、貨592レ。貴生川12:36着。 7.梅小路から草津を経て亀山操車場へ向かう本務機DD51の貨1792レの後方にぶら下がって亀山へ下る。貴生川12:59発、亀山操14:29着。 撮影日は、1973年(S.48年)7月24日。 カメラは、2枚目と3枚目が、ミノルタSR-3。その他は、マミヤC330。フィルムは、共にKodak TriX。 C58 312 は、1942年(S.17年)に汽車製造で誕生。新製配置は竜華区。1972年(S.47年)10月に紀伊田辺区に移動。翌1973年(S.48年)3月31日付で亀山区に移籍。翌1974年(S.49年)3月8日付で廃車。 その後、愛媛県五十崎農協組合長某氏個人がオハ61客車2輛と共に8000万円で購入。1978年頃に愛媛県喜多郡五十崎町(現:内子町)に「神南幸福駅SLビューホテル」として営業開始する。1990年(H.2年)7月頃にSLホテルを廃業し、敷地は吉田ホテルという一般ホテルに転業したが、さらにラブホテル「ホテルWHEEL」を開業。C58と客車2両は敷地内に静態保存された。2001年(H.13年)頃には営業が怪しくなり荒廃が進む。そして2007年(H.19年)5月に施設共々解体されてしまった。
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