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九州から関東まで、1972〜1974年を主体とした蒸気機関車の写真と撮影記です。

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1974年春の九州撮影の初日。

最初のポイントは、田川線の崎山-油須原間で5本を撮影。次に向かったのが伊田線金田の南側、複線の伊田線と糸田線の単線とで計3本の線路が並ぶ区間だった。

糸田線も撮影可能であることから、伊田線と糸田線が分岐するあたりを狙って、現地でロケハン。結果的に6本の撮影をそれぞれ違う場所から撮影出来、バラエティのある絵が出来た。

画像は拡大して見ることができます
写真は、3本目に撮影した伊田線上りの貨1292レである。遠方の左端が石灰石を採掘していた香春岳で、右端は上金田の妙安寺で雄大な景色が望めたが、その分、カマは豆粒だった。
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それでもSLならではの煙がきっちりと絵にしてくれるのがすばらしい。

この伊田線と糸田線に挟まれた場所には当時ボタ山があり、俯瞰撮影のためにおあつらえ向きな高台を提供してくれていた。ただし、糒側から分岐点までは完全逆光だった。
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このカマの調子はとても良さそうで、完全燃焼しているのか黒い煙は出ていないが、さすがに3月でまだ気温が低いため、白煙が見事だった。
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手前のごちゃごちゃしたところは資材置き場になっていて、絵的にはやや汚い感じだったがアングル的にカットできなくて残念だった。しかし、撮影しているのが見えたのか、この区間だけ黒煙を上げてくれたようにも感じた。
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ほぼ最接近した状態で、なんとかナンバーの確認が出来た。
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まもなく、金田の3線区間に入る。
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運炭車や石灰石用のセキなどの専用貨物運用が多い中、1292レは主要駅連絡(停車入換)の一般貨物のスジで、貨車が雑多。
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間もなく左にカーブして国道420号線(当時は主要県道)の下をくぐって金田の大きな構内に進入して行く。
イメージ 9

 
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撮影日は、1974年(S.49年)3月12日。
カメラは、4、5枚目のみマミヤC330。その他は、ミノルタSR−3。フィルムは共に、Kodak-TriX。

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