|
貨2268レは、竜華操車場から亀山操車場を経て稲沢へ直通する貨物列車である。関西本線の竜華(操)から亀山(操)まではD51が牽引し、木津-亀山(操)間には後補機としてD51がつく運用だったが、1973年の夏では本務機はDD51に変更されていた。 柘植到着が08:16で、給水、入換作業をしたのちの08:50に発車する。 D51 882は、他の関西本線配属のカマと同様に後藤式集煙装置と重油併燃装置を装備していた。煙室扉には書かれていた文字を掻き取ったような跡が汚く付いていて、この角度からの写真では興ざめであった。 後補機なので正面がちに撮ってもつまらないと思い、横撮りに近い形に撮影する場所を探し出したときには先客が居て、他の場所を探しているうちに姿が見えてきてしまった。仕方が無くこの場所で撮影。 これはおまけに撮ったコマ。 撮影日は、1973年(S.48)7月24日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、PlusXだった。 ※最初使用カメラをミノルタSR−Tsuperと記載しましたが、このカメラの購入は1976年であったことが最近判明しました。コメントを記入していただいた方には申し訳ありません。
|
全体表示
[ リスト ]




はじめまして 私もミノルタSRTスーパー+50mmF1,7+サンズーム70−210mm ここから鉄道撮影が始まりました。
子供の頃 叔父さんの車の窓越しに 関西本線を走るD51は何度も
見ているのですがその当時はカメラが有りませんでした、、、
と言う事で今後ともよろしくお願いいたします。
2010/1/15(金) 午前 11:26 [ yama ]
35mm判は、中2の時に叔父から譲ってもらったSR-3をメインに、1974年からはSR-1sを加えてSL撮影に使用していました。レンズはSR-3に付属していた58mmF1.4、それにコムラー200mmF3.5、これはのちにコムラー715ズームに代えて、ボディをX-700にするまでずーっと使いました。またSR-1sボディの購入時に35mmF2.8を加えていました。SR-Tsuperはボディだけの購入でした。X-700に代えてからはMD35-105mmを長く使いました。これからもよろしくお願いします。
2010/8/29(日) 午後 2:37
こんにちは。私がSL撮影を始めたきっかけは亀山機関区に行き、SLを見た時の感動がわすれられなかったからです。それから、この加太-中在家(信)にはどうでしょうか、二十回ぐらい通いました。私の「青春の地」といっても過言ではないでしょうう。
2010/10/17(日) 午後 4:00