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昼食後、研修の仲間と別れて秩父駅へ。下り列車の時にロケハンは済んでいたので、ホームにはいると、すぐ陣取り。このSL列車に乗ってゆく関係で、乗車位置からあまり離れられないので、ホームの程よい場所に待機した。 しかし列車が間もなく到着するという頃にはマナー違反者が前に入ってしまった。コチラは始めから望遠でお花畑駅から直線で走ってくる姿を捉えようとしていたので、列車が近づいてきたときに「レンズ線上を隠さないように頼むよー」と、心で念じておりました。 残念ながらレンズ線上を一旦は隠されてしまったが、駅員の制止もあって、ギリギリで引っ込んでくれたので、どうにか撮影できた。もっともホーム上なので三脚など使えないため、換算で400mmという望遠を手持ちで、しかも体勢的にはしゃがんだ姿勢であったため、ブレが心配でしたが、なんとか撮れていました。 そして直ぐ乗車。 上長瀞で西武線経由池袋行と交換。 長瀞では7分停車。荷物を座席に置いたまま(やや心配だったが)機関車の所に行き、撮影。ホーム上で立ち話をしていた機関助士に声をかけて、テンダーから石炭を記念に分けて貰ってきた。 秩父鉄道は、寄居から三峰口に向かってほとんど登りという線路状況である。そのため上り列車では、そのほとんどが下り勾配のため、実に軽やかに走って行くだけである。唯一力を出すのは発車時のみという訳で車外からの撮影では発車シーンを狙うのが常になる。 長瀞の発車 したがって車窓から見ていると、駅の発車風景と、単線区間での駅交換で、止まらないが減速し、再加速してゆくシーンを狙って構えているカメラマンが圧倒的に多かった。駅の発車シーンではカップルの片方がカマと重なる部分で記念写真的に撮る姿も多く見られた。 寄居から熊谷間は平坦か、わずかに下りで、しかもほとんどが直線で、車内からはあまり面白くない状態であったが、同じように窓を開けたまま進んでいった。 熊谷では、パレオ君ともう1体の着ぐるみが向かえてくれたが、特にセレモニーはなかった。(たぶん、朝の下り列車の時に行ったのだと想像される) 20周年のヘッドマークが外されると、日の丸だけのすっきりした姿がわずかな時間だけ見られた。(もちろんすかさず撮影した=ただし逆光気味) カマは、このあとすぐ推進(後退)する形で引き上げて行った。 撮影日は、2007年3月17日。カメラは、Lumix DMC-FZ50。
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秩父鉄道のSL
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2007年3月17日は、秩父鉄道のSL運転20周年にあたる記念日で、かつ今年のSL運転の初日であった。 たまたま研修で、前日から秩父入りすることになっていた。 大学時代後半から大学に残った1970年以降、国鉄営業SLの最後までを看取った自分としては、不覚にも秩父のSLの事は全く眼中になかった。 その一つの原因は国内のイベント列車では、マナーのマの字も知らない輩が多くいて、気持ちが悪くなったり、ひどいときはケンカ腰になることなどを過去に経験していたので、自分としてはイベント列車には近づかない、という自分なりの考えがあったからである。 それで、研修が終わり解散する時間に丁度SLが来る、ということを知ったのが2日前の15日の早朝・・・。 SLを見たり、撮影するだけならタダだが、乗車しようとすると、基本的に乗車日の2日前までにSL指定席券かSL自由席整理券を購入しなければならない。研修に行くのは16日なので、どうしても15日に入手しなければ乗車はできない。大学に行く前のわずかな時間に、新宿駅の緑の窓口へ! (最近はえきねっとを使うので緑の窓口へ行くのは久しぶり) さすがに1両しかない指定席は満杯だった。やっぱりダメかと内心がっかりしていると、係員が自由席はあるよ、といってくれた。当然のように購入。やったね! 後で資料を見ていたら、JRには自由席券の配当は50枚しかないのだと・・・と、いうことは自由席整理券といえど指定席と同じように買いにくい券なんだと・・・ 研修のメンバーの中には小さなお子様がいるパパ(うちの学科は男性ばかりなので)がいて、SLの話をすると私以上に目が輝く。乗れなくても見られるのですか?、Hi!、昼食の前に少し時間を取れば可能です・・・ 当日朝、宿を出てから白髪の年寄りが率先して「昼飯の所まで歩こうよ・・・!」朝食の時に宿のおばさんに尋ねると2時間以上掛かりますよ・・・ 結局、9名のおじさんの団体で線路近くの小道(巡礼みち)を散策しながら一路、秩父市街地へ。 そんな事になるとは思っていなかったので、だいたいの地図上の位置関係は頭の中にあったが、散策路までは把握していなかった。まー、自分としては、思いがけず撮影のためのロケハンになって、それは結構良かったと思ったが・・・ (いつごろ撮影にまた来るかは不明・・・) 土曜日昼間の秩父鉄道の電車は1時間に2本くらいでタイミングが悪くて浦山口駅では電車に乗れず、そのため全員、山を登る急な階段を歩かされ(浦山口の駅員が教えてくれた通り)そして影森駅へ。 ここから秩父駅へ電車で向かう。電車に乗る前にHPの切れ者が「このまま秩父駅にゆくとSLと交換します。SLは見られますか?」はい、もちろん。乗るのは出来なくても見るのは文句言われないでしょう・・・ 秩父駅。居ました!乗車を待っている人。撮影のために構えている人。 先に陣取っている人を邪魔しないような所を捜してコチラも臨戦態勢! 浮かれ上がっている大人が邪魔にはいるのは、こしゃくであるが諦めて・・・ 大野原(秩父駅の1個手前の駅)方向になにか・・・(感じるもの=私の特技)・・ややしばらくしてSLのライトらしきものがかすかに見え始め、そしてやってきました。 SLがやってくるときの独特の雰囲気は、久しぶりに味わうものでした・・・ナロー(線路幅が狭い鉄道の総称)のSLはサウンドミュージックでおなじみのシャーフベック鉄道の勾配専用特殊機関車(この時は760mm)以来。 大型SLで前回この雰囲気を味わったのはいつのことだったか覚えていない位前のこと。 私が1970年頃から調査していた機関車履歴簿を見返すと、363号は形式ナンバープレートを装着していた珍しい機関車で、この頃は新庄機関区に所属し、1972年12月12日に新庄機関区で一休扱いとなって戦列を離れ、その後保管。そして吹上市の吹上小学校において静態保存されていた。私は1972年3月と8月に実車の撮影または現地確認をしていた車輌である。 ところでこういう場での撮影には、暗黙のうちに決まっているようなルールがある。ルールというよりマナー、かもしれない。我々の仲間(今回の9名)の中にもこのルール違反がいた。 最近は携帯で撮影をするため、かなり前に飛び出してくることと、撮影後の確認をその場で行うこと、である。 撮影をしたい人は沢山いるのだから、手早く撮って、場所を空けてあげる、または一旦下がって邪魔にならないところで確認は行う、でなくてはならない。カメラを構えている人の前に出てくるのは御法度である。もちろんその方がモタモタしていたらある程度は仕方がないが、その場合も声は掛けるべきである。 こちらもやや興奮していたが、目に余るときがあったので、声を出して、または知り合いには手を出して(服を引っ張って)よけて貰ったりした。例え、大人でもやはり知らないのだから教えなければ(指導)いけないな!と思った。 今回はSLの初日で土曜日でもあり、しかも結構風が冷たい日でもあったので、思ったほど人は多くなかった(ホーム上と乗車している人)ので、マナー違反もそれほど多くは感じなかった。が、以前は各地のイベント運転では、線路のど真ん中に陣取って写真を撮るものなど、めちゃくちゃな状態もあって、私はほとんどこの手の列車には目を向けないものだった。 その意味では、珍しい行動になりました。 いよいよ出発です。 撮影日は、2007年3月17日。カメラは、Lumix DMC-FZ50。
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