・・・ 還暦記念 ・・・ 「3Lの旅」号は、1972年の鉄道100年を記念して、運転されたイベント列車だった。正式名称は「信州循環3L列車の旅」といわれた。 列車は長野始発で、信越本線のEF64で小諸に行き、小諸からは、小海線内をC56牽引で小淵沢に行き、小淵沢からは中央本線のEF64で塩尻まで行き、塩尻からの篠ノ井線内はDD51に牽引させ、長野に帰着するというもので、EL、SL、DLの3種類のLocoが牽引するので3L列車というネーミングが付けられていた。 この列車は、客車4両が通しで使用されたため、小海線内の最高33パーミルのきつい上り勾配がある小海-野辺山間にはC56の後補機が付いた。 運転は、1972年(S.47)6月11日〜7月9日までの毎日曜日に運転されたものだった。 9月の時点ではすでに運転は終了していたのだが、小海線内のSL最終日に当たる、9月30日に、特別に最後の「3Lの旅」号が運転されることになった。写真は、その時のものである。列車番号は客182レ。 佐久海ノ口で下車した記録はあるが、撮影場所は、正確にはどのあたりかは記録がないので不明である。たぶん、海ノ口〜佐久広瀬の間と思われるが、最近この付近には行っていないので、地形を見ても場所の特定は出来ていない。 撮影日は、1972年9月30日。カメラは、マミヤC330。フィルムはKodak-エクタクローム。
|
小海線のSL
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
ストックボックスの中部編第1弾 小海線は、中央(東)線の小淵沢と信越本線小諸を結ぶ国鉄(JR)の最高地点を通る線区である。1972年まではSL(晩年は貨物列車のみ)により運行されていた。翌1973年夏の2か月間の日曜日に臨時列車「SLのべやま号」が運行された。この時、C56が小型軽快で高原地帯を走る姿が小馬(ポニー)を連想させるということからC56の愛称を「ポニー」、小海線のC56は特に「高原のポニー」と呼ばれるようになった。 写真は、小淵沢を出発した列車が中央線と分かれて、180度右に回る大きなカーブで勾配を稼ぐ通称「オメガカーブ」に挑むC56牽引の客車列車である。 撮影日は1972年(S.47年)6月11日。客車列車で超満員、線路回りに撮影者と思われる人影が多いことから、臨時列車の「SLのべやま号」である可能性が高い。 実際乗車した記憶もあるが、客車から飛び降りて先回りして撮影が可能と思えるほど、ゆっくりでしかも回りの山々のこだまと相成って猛烈なドラフト音を(いかにも失速しそうな)響かせて、喘ぎながら登るC56の音に全身痺れた思い出がある。
|
|
クラブの夏合宿に付いて行ったとき、後輩達をたきつけて昼休みを多めに貰って、皆で清里駅に赴いて撮影した小海線の貨182レである。 8月の清里は、当時は清里がブームになる前だったからそれほど多くの観光客(避暑客)は居なかったものの、それでも学生の合宿等は多く行われていて、駅前の土産物店やレストラン、喫茶店などには若い人たちが多くいた。しかしSLへの関心度は余り高くはなく、危険な行為におよぶ人たちが居なかったため駅構内も変に規制されず、割と自由に撮影させて貰えた。 発車である。 先輪が大きく見えることからもC56が小さな機関車であることが伺える。機関士(機関助手)の姿も大きく見える。 この角度から見ると、後方確認のために斜めに切り取られたテンダーの特徴が良く分かる。 撮影日は、1972年(S.47)8月25日。 カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
|
全1ページ
[1]



