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C12 230 は、1939年(S.14)4月17日に日本車輌で誕生。新製配置は宮原区だった。 その後、西舞鶴、米子、加古川と転属し、1972年(S.47)3月19日に中津川に転属してきた。(3月10日という説もある)同年秋には一旦一休扱いになったが、復活。名鉄局最後のSLとして同僚のC12 69と共に明知線で活躍した。 翌年の1973年(S.48)11月3日には木曽福島に移籍。翌日から上松の入換作業に従事。 1974年6月4日付にて廃車。(7月5日という情報もある)現在は、愛知県西尾市の西尾公園に静態保存されている。 撮影日は、1972年11月25日。カメラは、マミヤC330で、フィルムは、イルフォードHP4。
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中津川機関区のSL
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写真は、中津川構内で休憩していたC12 69で、朝もやの中であったが、ゆっくり時間が取れたので細部の撮影ができた。 テールライトは、カンテラをそのまま取り付けた様な姿であった。 C12 69号機は、1934年(S.9)2月10日に日本車輌で誕生し、新製配置は松本機関区で同年2月15日であった。 その後は、金沢、飯山、七尾、富山、糸魚川と転属し、中津川には1972年(S.47)3月11日に配属され、さらに翌年10月6日には木曽福島に転属した。 1974年(S.49)3月に行われた「さよなら運転」に使用されたのち同年3月27日付にて用途廃止となり、現在は、愛知県安城市運動総合公園にて静態保存されている。 なお、69号機は、新製配置の松本以降、長野県、富山県、石川県、および岐阜県という限られた地域でのみ活躍したカマであった。 撮影日は、1972年11月25日。カメラは、2、7、12枚目がマミヤC330。その他はミノルタSR−Tsuper。
フィルムは、ブローニー判がイルフォードHP4、35mm判がKodak-TriX。 |
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ストックボックスの中部編、第3弾。 この写真は、初めて木曽SL撮影として中央西線へ行ったときのものである。日時は、1972年(S.47)11月25日で中津川構内。 当時、中央西線沿線では、木曽福島機関区にD51が4両、C12が2両、中津川機関区ではD51が16両とC12が4両配置されていた。 このC12は、中津川のものは、明知線と中津川-落合川間の補機運用。木曽福島のは主に上松での木曽森林鉄道からの木材などの積み替えに伴う入換作業用であった。 木曽福島のC12は、木曽福島からD51牽引の貨物列車の次位でぶら下がってきたり、または単行回送で出張してきていた。 C12は、動輪軸重が10.9tと軽く、簡易線規格路線用の小型軽量な機関車として重宝された機関車である。そのため各地で活用されたため、この69号機も比較的移動が多い機関車であった。 C12 69は、1934年(S.9)2月10日に日本車輌で誕生し、新製配置は同年2月15日に松本機関区。 松本のあとは、1928年(S.13)5月26日に金沢、1944年(S.19)11月13日に飯山。ただし、金沢と飯山に所属しているときには直江津(現在の上越市)や糸魚川へ貸し出されていた様子である。 1958年(S.33)8月14日には七尾へ。同年12月2日には富山へ転属。 1961年(S.36)7月7日には糸魚川へ。 そして1972年(S.47)3月11日に中津川へ転属。 その後は1973年(S.48)10月6日に木曽福島へ移動。 1974年3月に「さよなら」運転をして同年3月27日に用途廃車。同時に保管処置となった。 現在は、安城市 新田町 総合運動公園に屋根付きで静態保存されている。
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