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穴水の宿を 06:20に出て334Dに乗車、一旦上って、笠師保で下車。 約25分待って貨161レを撮影。そして、少々遅れて到着した323Dで穴水へ向かう。 途中、能登中島で先ほど撮影した161レを追い越した。 161レは能登中島で約25分停車する。 そして乗車してきた323Dと上りの336Dが交換し発車したあと、約10分後に発車するので、そのシーンを撮影する人たちが数名降りていった。 撮影日は、1973年(S.48)9月24日。カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Fuji-Neopan SSS。
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七尾・能登線のSL
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七尾線の能登中島を出発した下り列車は熊木川を渡るためにわずかに登った後、大きく右に曲がり(ほぼ直角になる)ながら一旦下って田んぼを突っ切ると、牧場もある鹿島台に向かって綺麗な築堤を再び登ってゆく。写真は、熊木川を渡って、一旦下った後、築堤を登ってゆく様である。 残念だったのは、この列車が来る寸前から雨が降ってきてしまったことである。 その前、能登中島駅は、大きなオメガカーブの真ん中に駅があるような配置になっているため、オメガカーブの中心辺りに陣取ると少々離れる(約700m位)が、下り列車では中島駅に進入する姿から、発車して鹿島台に登る築堤まで追いかけることができた。しかも中島駅ではほとんどの上下線の列車が交換するため、駅の両側で進入、発車のシーンを捉えられた。 撮影日は、1973年(S.48)9月23日。カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Fuji-SSSである。
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おくのと号を撮影に行った1973年の9月。 前夜、上野発「北陸1号」で金沢5:07着。少し待って津幡まで戻り、「のりくら7号」に乗り換え、和倉に着いたのが 6:42。 我々が乗車してきた「のりくら7号」が発車した後、入換があって7:11の発車まで、火床の整理などしていた。 天候は雨! 我々は眠い目を擦りながらも、意気消沈する気持ちを押さえながら田鶴浜側へ歩いていった。和倉を発車すると、すぐ13.3‰の勾配となるため、発車した161レは力強く走り去っていった。 撮影日は、1973年(S.48)9月22日。 カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Kodak-PlusX。
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C58 140は七尾機関区の主でもあり、トラの子でもあった。 七尾から北を牽引したC11は、何両かのカマで交代して牽引してきたが、七尾から南の区間ではC58 140が長い期間担当してきた。 それも期間的には、あと10日間。回数では2,3回となってしまった。列車は右(写真では左)に大きく曲がって津幡方向へ進んでゆく。 カマはほどよく磨かれていて、煙室扉のダイアルコックがよく目立つ。 個人的には、ヘッドマークをもう少し綺麗にして欲しいような気もしたが、すばらしい力行が十分補っていると思った。 客車に付けられたバックマークはとても大きくてよく目立った。 撮影日は、1973年(S.48)9月22日。 カメラは、ミノルタSR-Tsuper。コムラー715ズーム。フィルムは、Kodak-TriX。
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「ふるさと列車おくのと号」の珠洲からの戻り、客9422レの七尾到着である。 「ふるさと列車おくのと号」は、珠洲-穴水間の能登線内と引き続き穴水-七尾間をC11が牽引し、七尾-金沢間は、C58 140が列車番号を客9412レに変更して牽引する。 珠洲には転車台がないため、上りの9422レはC11の逆行運転となる。 七尾機関区には、1970年10月末現在でC58が7両、C56が5両、C11が2両配置されていて、そのC58とC11が「ふるさと列車おくのと号」を担当していた。 1973年3月末では、C56は七尾-輪島間の定期貨物=1日2往復=だけの運用となり、配置も2両だけになってしまった。そして「ふるさと列車おくのと号」の担当として、C58 140とC11 328が残って計4両だけの所属となっていた。 この「ふるさと列車おくのと号」が1973年9月末で終了するということで、仲間と行ったのがこの撮影行であった。初日は、あいにくの雨模様で結局9412レ、9422レは七尾での付け替えを狙うことにした。 「ふるさと列車おくのと号」は、1970年10月より、週末とGW、夏休みは毎日運転で運行されてきたが、いよいよ無くなるということから、この日はTVの取材が来ていた。そのためか、七尾でバトンタッチするC58は、猛烈な煙を吐きながら待機していた。 ややしばらくしてC11と客車が切り離されて、C11は機回し=入庫=のため前進。 C58と並び、主役交代の儀と相成る。 C11は特に綺麗というわけではないが、雨で少しは洗い流されているのかこざっぱりとした車体となっていた。 津幡へ向かう線路のあたりまで来て停車。旗振りが先頭側へ移動し、少し待機。 そしてC58が客車と連結した頃、庫へ帰るため出発していった。 次は、いよいよC58牽引の客9412レの発車である。 撮影日は、1973年(S.48)9月22日。 カメラは、ミノルタ SR-T super。フィルムは、Kodak-TriX。
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