☆福chanのSL写真(関東以西編)☆

九州から関東まで、1972〜1974年を主体とした蒸気機関車の写真と撮影記です。

七尾・能登線のSL

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

穴水の宿を 06:20に出て334Dに乗車、一旦上って、笠師保で下車。

約25分待って貨161レを撮影。そして、少々遅れて到着した323Dで穴水へ向かう。
途中、能登中島で先ほど撮影した161レを追い越した。

画像は拡大して見ることができます
写真は、323Dの車内から撮影した、能登中島で休憩する161レの姿である。
イメージ 1


イメージ 2


161レは能登中島で約25分停車する。

そして乗車してきた323Dと上りの336Dが交換し発車したあと、約10分後に発車するので、そのシーンを撮影する人たちが数名降りていった。
イメージ 3
 我々は、七尾線の七尾-輪島区間を行く、貨8161レを撮影するべく、このまま穴水へ向かった。


撮影日は、1973年(S.48)9月24日。カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Fuji-Neopan SSS。
七尾線の能登中島を出発した下り列車は熊木川を渡るためにわずかに登った後、大きく右に曲がり(ほぼ直角になる)ながら一旦下って田んぼを突っ切ると、牧場もある鹿島台に向かって綺麗な築堤を再び登ってゆく。写真は、熊木川を渡って、一旦下った後、築堤を登ってゆく様である。
イメージ 1


残念だったのは、この列車が来る寸前から雨が降ってきてしまったことである。
イメージ 2

 
イメージ 3

 
イメージ 4
列車は、貨161レ。機番は残念ながら読み取れなかった。
 
イメージ 5

 
イメージ 6

 
イメージ 7

 
イメージ 8


その前、能登中島駅は、大きなオメガカーブの真ん中に駅があるような配置になっているため、オメガカーブの中心辺りに陣取ると少々離れる(約700m位)が、下り列車では中島駅に進入する姿から、発車して鹿島台に登る築堤まで追いかけることができた。しかも中島駅ではほとんどの上下線の列車が交換するため、駅の両側で進入、発車のシーンを捉えられた。

撮影日は、1973年(S.48)9月23日。カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Fuji-SSSである。

開く トラックバック(1)

おくのと号を撮影に行った1973年の9月。

前夜、上野発「北陸1号」で金沢5:07着。少し待って津幡まで戻り、「のりくら7号」に乗り換え、和倉に着いたのが 6:42。

画像は拡大して見ることができます
すでに貨161レは和倉に着いていた。
イメージ 1
カマは形式プレート付きのC56 124。

我々が乗車してきた「のりくら7号」が発車した後、入換があって7:11の発車まで、火床の整理などしていた。
イメージ 2

 
イメージ 3


天候は雨!
イメージ 4


我々は眠い目を擦りながらも、意気消沈する気持ちを押さえながら田鶴浜側へ歩いていった。和倉を発車すると、すぐ13.3‰の勾配となるため、発車した161レは力強く走り去っていった。
イメージ 5

 
イメージ 6




撮影日は、1973年(S.48)9月22日。

カメラは、ミノルタSR-Tsuper。フィルムは、Kodak-PlusX。
画像は拡大して見ることができます
C11が牽いてきた客9422レを引き継いで、金沢へ向けて客9412レを牽くC58 140である。
 
イメージ 1


C58 140は七尾機関区の主でもあり、トラの子でもあった。
イメージ 2
七尾構内の南端は、大きくY字型に線路が引かれている。右に行く線路は、七尾港へ延びる線路で、左へ行く線路が津幡へ向かう本線であった。

七尾から北を牽引したC11は、何両かのカマで交代して牽引してきたが、七尾から南の区間ではC58 140が長い期間担当してきた。
イメージ 3


それも期間的には、あと10日間。回数では2,3回となってしまった。列車は右(写真では左)に大きく曲がって津幡方向へ進んでゆく。
イメージ 4


カマはほどよく磨かれていて、煙室扉のダイアルコックがよく目立つ。
イメージ 5


個人的には、ヘッドマークをもう少し綺麗にして欲しいような気もしたが、すばらしい力行が十分補っていると思った。
イメージ 6


客車に付けられたバックマークはとても大きくてよく目立った。
イメージ 7



撮影日は、1973年(S.48)9月22日。

カメラは、ミノルタSR-Tsuper。コムラー715ズーム。フィルムは、Kodak-TriX。
「ふるさと列車おくのと号」の珠洲からの戻り、客9422レの七尾到着である。
イメージ 1


「ふるさと列車おくのと号」は、珠洲-穴水間の能登線内と引き続き穴水-七尾間をC11が牽引し、七尾-金沢間は、C58 140が列車番号を客9412レに変更して牽引する。

珠洲には転車台がないため、上りの9422レはC11の逆行運転となる。

七尾機関区には、1970年10月末現在でC58が7両、C56が5両、C11が2両配置されていて、そのC58とC11が「ふるさと列車おくのと号」を担当していた。

1973年3月末では、C56は七尾-輪島間の定期貨物=1日2往復=だけの運用となり、配置も2両だけになってしまった。そして「ふるさと列車おくのと号」の担当として、C58 140とC11 328が残って計4両だけの所属となっていた。

この「ふるさと列車おくのと号」が1973年9月末で終了するということで、仲間と行ったのがこの撮影行であった。初日は、あいにくの雨模様で結局9412レ、9422レは七尾での付け替えを狙うことにした。

「ふるさと列車おくのと号」は、1970年10月より、週末とGW、夏休みは毎日運転で運行されてきたが、いよいよ無くなるということから、この日はTVの取材が来ていた。そのためか、七尾でバトンタッチするC58は、猛烈な煙を吐きながら待機していた。
イメージ 2
カマの付け替えをする辺りにヤグラを組んでTVカメラが2台設置されているのが見えるだろうか。

ややしばらくしてC11と客車が切り離されて、C11は機回し=入庫=のため前進。
イメージ 3


C58と並び、主役交代の儀と相成る。
イメージ 4


C11は特に綺麗というわけではないが、雨で少しは洗い流されているのかこざっぱりとした車体となっていた。
イメージ 5
 カマには、共に小型なヘッドマークが付けられていたが、長期の使用のためか薄汚れていた。

津幡へ向かう線路のあたりまで来て停車。旗振りが先頭側へ移動し、少し待機。
イメージ 6


そしてC58が客車と連結した頃、庫へ帰るため出発していった。
イメージ 7


次は、いよいよC58牽引の客9412レの発車である。


撮影日は、1973年(S.48)9月22日。

カメラは、ミノルタ SR-T super。フィルムは、Kodak-TriX。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
南のSL
南のSL
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事