☆福chanのSL写真(関東以西編)☆

九州から関東まで、1972〜1974年を主体とした蒸気機関車の写真と撮影記です。

山陰本線のSL

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 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

1974年秋、筑豊地区撮影のあと、山陰本線の萩以西地区の撮影に行った。

下関で列車を待つ間に、見えてきたのがこのカマだった。
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九州へ向かうときにも下関の停車時間中に何両かのカマを見ていたが、ここでの出会いは正に偶然である意味ラッキーだった。
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カマは発車時刻に余裕があるらしく、非常にゆっくりとした速度でこちらに向かってきた。
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明太子の看板辺りで停車。
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残念だったのは午後であったため、斜め後方からの光でカマが黒落ちしてしまうことだった。また乗車列車の到着時間が間近だったため後ろ側に回って撮影するだけの時間がなかった。

そのうちに列車が到着して乗車。結構混んでいたがなんとか着席でき、その窓からの撮影となった。
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カマは燃焼状態が良いらしく、機関助手はのんびりしている様子が見られた。
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意外にも、乗車していた列車よりも、先に発車していった。
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撮影日は、1974年(S.49)9月22日。カメラは、ミノルタSR-1s。フィルムは、Kodak-TriX。
ストックボックスの中国編、第2弾。

1974年(S.49)9月、筑豊と西山陰地区のSL撮影に出かけた。

写真は、1974年9月23日、山陰本線・黄波戸(きわど)の漁港から撮影した貨863レである。集煙装置付のD51であるが機番は不明である。
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カメラは、ミノルタSR−Tsuper。フィルムは、Kodak-TriX。



九州入りの列車は、東海道本線の1レ、ブルートレイン「さくら」を使った。牽引機はEF58 539。乗車はオハネ14-11で4号車8番の中段。横浜16:58発、下車は門司で翌朝 7:55だった。

この撮影旅行では筑豊地区では田川線、後藤寺線、添田線の9600と貝島炭鉱専用線のコッペル31号、32号を撮影。

特に後藤寺線では、本務、逆本務、本務+次位、逆本務+逆次位、本務+後補機、逆本務+後逆補機、本務DE+次位などバラエティに富み、次々に来るので、撮影しない!などという贅沢なこともあった。

後藤寺構内では、さらに日田彦山線、田川線、糸田線用の9600列車と後藤寺構内の入換機が入り乱れ、汽笛と煙の絶えることがないすばらしい環境だった(とファン的には思った)。

日程の2/3を過ぎて、今度は山陰地区へ移動。下関に着くと山陰本線(西地区)はD51の天下で、貨物はもちろん客車列車も一部はD51が牽引していた。

なおSLでない客車列車の牽引機はDF50だった。また帰路、下関からは大阪行の夜行急行「日南2号」に乗車したが、この牽引機はEF58-142だった。
画像は、拡大して見ることができます
山陰本線では当時、比較的広い構内があった浜田でのC56の姿である。
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浜田には機関区もあり、通常港によくあるような大型のクレーンがあって、荷物の上げ下ろしの他、カマ用の石炭の積み降ろしもしていた。
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C56は、入換運用だけでなく、たぶん三江線の貨物運用も担当していたと思われ、当時としては、木次線のC56とともに貴重な運用だった。
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撮影日は、1973年(S.48)3月9日。
カメラは、ミノルタSR−Tsuper。フィルムは、当時やすく入手でき、よく使っていたコニパンSS。
1973年の春は、大学の後輩3人と合わせて4人で若狭・山陰を旅行した。この間に、いくつかの場所で皆んなと一緒にSL撮影をした。

この旅行では、35mmのライカ判による撮影の他に8mmシネの撮影とカセットテープによる録音も行った。

画像は、1枚目を除き、拡大して見ることができます
この写真は、萩に泊まった朝、朝食の前に出かけていって撮影をしたものである。場所は、山陰本線・萩-東萩間の阿武川橋梁である。
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川は、丁度このあたりで橋本川と松本川(阿武川本川)の2つに分かれ大きな三角州を形成している。萩の町はこの三角州の中にある。

撮影は、この中洲先端付近の東側=松本川寄り=に陣取った。松の木の先にある石碑が中洲の先端である。
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この橋の位置は、萩駅を出てすぐの場所にあるため、列車の速度がまだ遅く、カット数が稼げた。
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川幅が広いため、阿武川橋梁は約250mほどあり、普通列車1本分が全部橋に乗ってしまう。
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ちなみに中洲の反対側に分かれてゆく橋本川は、松本川の1.5倍ほどの川幅がある。
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橋を渡りきると列車は、約80度くらい左に曲がり、松本川に沿うようにして東萩に向かう。
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撮影日は、1973年(S.48)3月11日。列車番号は、客824レである。残念ながら機番までは確認できなかった。

カメラは、ミノルタSR−Tsuper。フィルムは、Kodak-TriXである。
1973年の春休み、後輩の友人たち3人と一緒に若狭・山陰地方に旅行に行ったときに撮影したもの。

三瓶山に向かうため、大田市で国鉄バスを待つ間に到着した貨561レである。
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ホームに進入するときにタブレットを落とす=渡して行く。
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561レの大田市定刻到着時刻は12:43なのであるが、この日は1時間ほど遅れての到着であったので、なんらかの理由により時刻変更になっていたのかも知れない。

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国産フィルムの限界を見せる画像になってしまった。やはり圧倒的に銀の含有量が少ない・・・。
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しばしして、駅員が次の区間用のタブレットを持ってホーム端に駐まっている機関車まで渡しに行く。
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まだ出発信号機は青にならない。単線区間なので対向の急行列車912Dを待つらしい。
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我々は、バスの発車時間が迫ってきたので、残念ながら駅を出て、三瓶山に向かった。


撮影日は、1973年(S.48)3月8日。 

カメラは、ミノルタSR-Tsuper。レンズは、コムラーF3.5 200mmとロッコールF2.8 35mm。フィルムは、konipan-SS。 



コムラーF4.5 200mmは、やっと買えた望遠レンズだったが、フレアーも多く、キレもあまり良くないレンズで、この旅行の後、同じコムラーの75-150mmズームレンズを入手してからは、ほとんど使わなくなった。最後は、それでも良いと言った後輩に低額で売ってしまった。

ちなみにコムラー715ズームは、特別のルートにより数本のレンズの中からピックアップしたレンズだったので、当時のズームレンズの中では比較的優れていて、長きにわたり愛用したレンズだった。

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