☆福chanのSL写真(関東以西編)☆

九州から関東まで、1972〜1974年を主体とした蒸気機関車の写真と撮影記です。

筑豊本線のSL

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折尾で奇跡的な遭遇をしたD50 140を撮影した後、8620、9600、D51を擁する若松機関区と隣接した筑豊本線の起点、若松へ向かった。

若松構内は、かって石炭の積み出しで日本一の貨物量を誇った若松港と直結していて、当時でも広大な面積があった。

若松には朝8時前に着き、機関区に立ち寄ったが光線の具合が良くなかったので、早々に構内の東側へ移動した。

しばらくするとランボードの白線が印象的なカマが客車を牽いて入線してきた。
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この列車は、香月線から直通してきた客124レだった。
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間もなく停車するのだが、真横に来たときはまだ結構スピードが速くブレてしまった。
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右側の三脚にはC330をセットしてあったが、突然列車が見えたので使用することが出来なかった。

到着するとすぐカマは客車を切り離し、機回り線を通って客車最後部のさらに後方へ移動。その後単機なのだが結構な煙を吐いて前進してきた。
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そしてちょうど良いところまで来て、停まった。
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若松の滞在時間は約90分あったが、夜行疲れと暑さで、のんびりとは出来ず、バタバタと撮影して、駅に戻ってしまった。


撮影日は、1972年(S.47年)8月15日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak PlusX。
間もなく折尾を通過しようとしている単1790レの姿。
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初めての九州撮影。唐津の友人宅に寄り、東京へ帰る友人と供に夜行列車に乗車して、山口県の防府でお別れをし、九州へ向かう夜行列車に乗り換えて早朝折尾で下車するという変わった行程をとった。

その夜行疲れのボーっとした状態で折尾-中間間の3線区間入口の踏切付近にいる時に見えた黒い姿がこのD51だった。

まだ撮影の準備は出来ていなく、リュックからカメラ1台だけ取り出して、リュックはその辺に転がしたままの撮影。露出もままならず、仕方なしに追い撮りに挑戦!
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ちょっと後方のピントは甘いがまあまあの出来か・・・

テンダーに映る信号機の影が珍しく、まだまだ低い太陽の位置を反映してしていて面白い。
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当時、折尾付近だけでなく筑豊一帯の建物はとても趣のあるものが多く、自宅付近や東京中心部のたたずまいに見慣れていた感覚からは、とてもノスタルジックに感じられ、最近これらの写真を見たときに、当時ちょっと異世界に入ったような感覚になったことを思い出させてくれた。

撮影日は、1972年(S.47年)8月15日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-PlusX。


D51 1062 は、1944年(S.19年)日立製。新製配置は人吉で、1957年(S.32年)11月1日現在の配置は鳥栖。撮影した1972年の3月に直方へ移動した。同年10月には一休扱いとなり、同年11月21日付にて廃車。そのため、このカマの撮影は、この時が最初で最後だった。
遠賀川橋梁を渡る貨5496レである。牽引機のD51 1155は、撮影当時では西日本でのD51の最終ナンバー機だった。
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積荷はオールセメントのため綺麗な編成である。
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この橋梁までは、大きな右カーブでしかも上り勾配のため力行してくる。しかし橋を渡りきると左カーブで下る線形のため、通常は絶気状態で走り行く列車が多いが、この列車ではレベル(水平)になったのちも、わずかに煙を吐いて走っていた。
イメージ 3


下り線は1923年に架けられたトラス橋だが、こちらの上り線はコンクリート橋で手すりがあるものの、下回りが見えるため車輌の撮影はしやすく好ましい。
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撮影日は、1973年(S.48年)4月30日。カメラは、マミヤC330。フィルムは、Kodak-TriXである。
 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

若松を朝6時過ぎに出発する客723レは、当時、唯一筑豊本線を全通するSL牽引客車列車だった。

写真は、折尾駅に入線し、間もなく停車位置に停まる723レの姿。
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停車中。すっきりとしたナメクジ形のドームと白線のアクセントが特徴的である。
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指導機関士が乗車していて、なにやらチェックをする姿も見られた。

折尾では複線にもかかわらず、723レは約20分停車していた。筑豊本線の折尾駅は、給水。給炭設備もなく、また対向ホームで2線しかなく追い越しは出来ない配線で、この停車時間の長さは不思議に思ったものだった。


撮影日は、1972年(S.47)8月11日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-PlusXである。
 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

当時すでに、筑豊本線におけるD51牽引の上り客レは、直方-若松間に午前1本、午後1本の2本だけだった。

写真は、遠賀川橋梁を渡りきったあと、大きく左カーブを下って中間駅構内に滑り込む午後の客744レである。
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写真ではレンズの画角の関係で客車が全部入っていないが、牽引している客車は9輌と長く、堂々とした編成だった。
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D51 1150は、1971年(S.46)9月28日に僚機1155号機とともに、鳥栖区から若松区に転属してきたカマである。(1155号機は、翌9月29日の配属)この写真を撮影した年の8月10日付で廃車となった。


撮影日は、1973年(S.48)4月30日。カメラは、マミヤC330でフィルムは、Kodak-TriXだった。

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