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アルコ22号は、日本国内で唯一のリンク式カプラーを持つ現役機関車だった。 貝島にはもう1台、アルコ23号機も居たが、23号機の方は普通の自動連結器を備えていた(当方は実機未確認)ので、その意味でもでは22号機は貴重なカマだった。 この時は、控え車は後方のみでフロント側には連結されていなかったため、アルコの特徴的なフロントをしっかり撮影出来た。細いボイラーに似合わないほど大きなヘッドライト、両側の大きな水タンク、そして少し曲がったフロントバッファーの台枠が特徴だった。 ライトのガラスは良く磨かれていたが、その他の部分はススだらけで使用頻度が高い証明でもあった。 バッファーは控え車を連結するだけに使われていたので、欧州の車輌などと比べると減り方はわずかだった。 キャブ内は狭く、石炭があちこちに散っていた。 キャブの後側は、非常に特徴のある形をしていた。石炭を入れる部分は水タンクから思うと異常に小さかった。リンクカプラーの上方にある丸いメクラ蓋は何だったのかとても気になった。それにしても控え車のバッファーはお粗末な感じがした。 側面中央に付けられていたアルコの社票盤。 六抗工場の検査票。 右側面。キャブの後方は延長されているようだった。 右フロントの拡大。バッファーの付けられた台枠はとても頑丈な造りだ。 左側面。両側面とも大きな水タンクの御陰で、ボイラーは全く見えない。 撮影日は、1973年(S.48)8月2日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak PlusXだった。
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貝島炭鉱のSL
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アルコ22号は、貝島炭砿の自社発注機である。アルコ(ALCO)はアメリカ最大の車両製造会社で、アメリカ・ロコモティブ・カンパニーの略称。 製造は1919年で、同年6月から使用開始した。先従輪のないC型のタンク機で、ボイラーを隠すほどの大きな四角の水タンクを装備しているのが特徴だった。全長が8623mm、幅が2432mm。重さは、空車時で22t、運転整備時で26.5t。連結器はリンク式のため、前後の両側に、自動連結器を装備した無蓋の控車を常時連結していた。 見た目が四角なため地元では「弁当箱」という愛称で呼ばれていた、という。貝島炭鉱の閉山時(1976年7月)まで使用された。 なお貝島にはもう一台アルコが入線していて23号という車番が付けられていた。 撮影日は、1973年(S.48年)8月2日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak PlusXである。
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3回目の九州地区SL撮影旅行で、貝島炭鉱のコッペルとアルコも一目見ようと出かけた。 幸い平日だったので両方とも稼働はしていたが、時間の関係で撮影できたのは入換作業のみだった。 コッペルというと過去に見てきたカマは、すべてナローのものだったので、貝島のコッペルはとても大きく感じた。 実のところ、ここに紹介しようとカラーポジを見つけ出してきたところ、かなり退色していて驚いた。 なんとか見られるところまで修正したが、現像処理後35年が経過しているが、これなら黒白のネガの方が遙かに保存状態が良いということがわかった。(色素の画像より、銀塩の画像の方が保存期間が長いということ) 差し当たり、カラーポジからの写真を紹介することにする。 航空写真の元画像(国土画像情報サイト)によれば、中央右より赤色の人の字のような形をしているところが給炭施設で、そのすぐ左隣に上下に伸びるのが専用線の線路である。接続駅である国鉄宮田線の宮田駅は上に伸びる線の斜め右方向にあった。 給炭施設の前で休むコッペル31号。撮影日は、1973年(S.48年)8月2日。 カメラは、マミヤC330。フィルムは、Kodak-EP(エクタクロームプロフェッショナル)であった。
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