--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 多久の宿を7時過ぎに出発。この日は矢部線の撮影がメインだった。724Dで佐賀へ。鳥栖へ向かう330Dまでは約1時間あった。 前日夕方、佐賀線の貨1590レで到着していた79605がまだ停まっていた。運転司令室の前では丁度朝の運動の時間だったらしく、カマと並んでいい絵になった。 しばらくすると入換作業が始まった。 さすが9600といった感じでかなり輌数の多い貨車の牽きだし、推進をしていた。 その後、作業は終了し、丁度サイドが撮りやすい位置に停まった。 撮影日は、1972年(S.47年)8月22日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。 当時、佐賀駅は、長崎本線と佐賀線、および唐津線の直通列車の入る分岐駅だった。佐賀機関区は、佐賀線の全通に合わせて1935年(S.10年)9月に鳥栖機関庫佐賀分庫として開設され、SLはC12が2両配置されていた。翌年9月に鳥栖機関区佐賀支区に改称。1947年(S.22年)11月に佐賀機関区として独立し、9600が9輌とC11が3輌在籍したが、1961年(S.36年)6月に無煙化され、SLの配置はなくなった。無煙化以降は佐賀線の牽引機は西唐津区のカマを使用していた。 |
佐賀線のSL
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--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 唐津線、多久の宿でSL撮影合宿のメンバー2名と別れ、2日間の単独行動スタート。 この日は、前日時間の都合で撮影できなかった矢部線の撮影がメイン。 多久で朝の客722レを撮影した後、次の724Dで佐賀へ向かった。 (この時の722レは、当ブログの過去記事 http://blogs.yahoo.co.jp/br1216er/6309622.html にアップしてあります。) 724Dの佐賀着は08:29。すでに到着していた722レのカマ(79605)は、機関区で休んでいた。 佐賀線の側線には出発準備が完了した貨1591レが停まっていた。佐賀線の下り貨物列車は瀬高に転車台がないため逆行運転であった。 カマは、西唐津区のラストナンバー機でテンダーのプレートが形式入りの79624だった。 門デフ(K-7)装備、大型ヘッドライト、化粧煙突の上部の長い特徴のあるカマ。 発車時刻までのんびりしている乗務員。製造プレートが特に綺麗だった。 かろうじて読める時刻表。佐賀の発車時刻は08:45。あと10分程度であった。 撮影日は、1972年(S.47)8月22日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。 79624は、この翌月の9月16日に廃車。デフは、69608に譲渡(移設)された。 |
--- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ --- 唐津線の多久へ行く途中、佐賀駅で乗り換える際に機関区前に居たのが、佐賀線の貨1590レで到着したこのカマだった。16〜17時台は長崎本線の列車間隔が短くなるためか、まだ入換作業が終了していなく、貨車を繋いだまま休憩をしている様子だった。 佐賀機関区は1961年(S.36)に無煙化されていてカマの配置は無かった。したがってこのカマも「西唐津」機関区の所属である。 撮影日は、1972年(S.47)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
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