|
羽犬塚で次の運用まで待機していたときの姿である。 さすがに外板は相当痛んでいる様に見えた。 リアはバック運転に備え、通気のための穴が開けられていた。またリアのナンバープレートは形式入りのプレートだった。 コンプレッサーと検査日のマーク。 撮影日は、1972年(S.47年)8月22日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak-TriX。
|
矢部線のSL
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
矢部線は、鹿児島本線の羽犬塚(現、福岡県筑後市)と黒木(=くろぎ=福岡県八女郡黒木町)を結んでいた全長19.7kmの路線であった。沿線では八女茶の生産で有名。 将来は宮原線の肥後小国まで結ぶ計画だったらしいが、結局黒木より先には延伸しなかった。矢部線の名前の由来は、予定線の終点が八女郡の矢部村だった事による。 SLが全線に運行されていたのは1972年秋の改正までで、その後は、途中の筑後福島から黒木間がなくなり(貨物営業は1974年9月末まで)羽犬塚-筑後福島間と短縮されていた。その運用も1974年4月24日まで(貨物営業は1978年9月末まで)で無煙化された。なお矢部線は、1985年3月末で廃止されてしまった。 私が矢部線に入ったときはまだ全線を通して運行されていたが、時間の都合により羽犬塚近くで撮影をした。 矢部線を担当していたのは熊本区のC11であるが、熊本と羽犬塚は70.5Kmもある。しかも鹿児島本線に回送のスジが発表されていない。不思議な運用だった。 手前の踏切までは順調に走ってきた貨1492レが鹿児島本線と合流する寸前で止まった。 画面の左の方にいた農家の人が仕事をしていたが画面の真ん中くらいまで進んできた頃、やっと動き始めた。 御陰で、真夏で気温が高いためにほとんど見えなかった煙を吐く姿を撮影できた。 しっかり測っていたわけではないが10分位は停まっていた。 撮影日は、1972年(S.47年)8月22日。カメラは、ミノルタSR−3。フィルムは、Kodak-TriX。
|
全1ページ
[1]





