☆福chanのSL写真(関東以西編)☆

九州から関東まで、1972〜1974年を主体とした蒸気機関車の写真と撮影記です。

熊本機関区のSL

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1943年11月19日の配置から30年間、熊本機関区に在籍した晩年のD51 255の姿。
イメージ 1


全体を撮影するのには不都合な位置に停まっていたのと、当時はまだD51には食指が湧かなかったこともあり、撮影したのはこの2コマと、奥に居た9600と一緒に撮影した計3コマのみだった。
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この255号機は、1972年当時では筑豊地区を除く鹿児島本線内では唯一の現役D51であったが、撮影当時は詳細なデータを把握していなかったため、この撮影しかできなかったのが、今思うと残念だった。


1970年(S.45年)9月1日の鹿児島本線全線電化後も、本線・外浜-中間間の荷客、貨物および単機運用(D51と9600)、本線黒崎-東折尾間の貨物(9600)、室木線用の貨物および単機と回送客車運用(東折尾-遠賀川間・8620)、矢部線用の単機回送(熊本-荒尾間のちに熊本-羽犬塚間・C11)、三角線用の単機または客車回送(熊本-川尻間・C11)が、それぞれの線区の無煙化まで運用された。

したがって撮影当時では熊本付近でのD51の運用は既に無く、この熊本区のD51は入換用あるいは予備機として残置されていたものと思われる。

なお、熊本区に在籍したことのあるD51は、127、176、222、255、258、272、482、538、546、547、655であるが、このうち小倉工場で製造された九州生まれは、222(1938年(S.13年))、255、258、482(1939年(S.14年))、546、547(1941年(S.16年))の6輌だった。また、176は最終配置が岩見沢だったが、九州に戻り大分県日田市に保存され、222は最終配置が南延岡で、沖縄県那覇市に保存された。


D51 255 は、1939年(S.14年)10月19日に小倉工場(製番25)で誕生。新製配置は大里機関区で使用開始は、同年10月29日。大里区は1942年(S.17年)4月1日に門司区に改称。1943年(S.18年)11月19日に熊本区に移籍。30年後の1973年(S.48年)10月1日付で一休。そして残念ながら同年11月30日に廃車となった。


撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。

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 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

この日は、豊後竹田707:02発の728Dで阿蘇へ。阿蘇からは704D「火の山2号」に乗り換えて熊本へ戻る。

残念ながら天気が悪かったので撮影は諦めて、時間つぶしに三角まで行くことにした。その三角へ行く列車は12:46発。約2時間の空き時間を使って、主に熊本のホームから見える範囲のカマを撮影した。

1番撮りやすいところに停まっていたのが門デフのC11 257。
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ほんの少し前までかなり強い雨が降っていたが、ほぼ止んだ状態だったので良かった。
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特徴ある門デフにどうしても目が行く。
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九州のカマは良く磨かれていて綺麗だ。
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最初は9600と繋がっていたが、1901Dの発車寸前には、切り離されてバックしていった。
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撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
30年以上豊肥本線で活躍したカマが熊本機関区で休んでいた。熊本駅で列車乗り換えのわずかな時間に撮影した。
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カマは出発時刻までの休憩中という雰囲気であった。ホームから簡単に横撮りが出来たのは良かったのだが、たまたま停止していた位置の関係でテンダーの後方が隠れたのは誠に残念だった。短い時間内に多くのカマを撮影したため、このカマの撮影はこの1カットだけだった。


69665は、1922年(T.11)に川崎造船所で誕生。新製配置は不明であるが、1962年(S.37)頃には宮地に配属されていた。1962年10月〜1963年2月までの間に熊本区にて39680から門デフ(K-7)を譲り受けていた。19680、59670、69616、69680、69699、79602、79653らと共に熊本区の最終配置車となった。

69665は、1973年度に一休となり、同年5月下旬〜8月末まで西唐津機関区に貸出されていた。戻った9月1日から一休。同年11月30日付にて廃車、同時に保管扱いとなった。現在は、熊本城址公園内の熊本博物館中庭に静態保存されている。


撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
 --- ★ 撮影日と掲載日が同日のシリーズ ★ ---

当時の熊本機関区では、C11、9600が数多く、カマの多くを旅客ホームから簡単に姿を眺められる環境だった。

C11は、三角線や矢部線の他、熊本および三角、矢部線内の各駅での入換運用。9600は、豊肥本線と熊本および豊肥本線内の入換運用。(機関区ではD51の姿も見られたが、熊本近辺にはD51の運用が無く、たぶん入換運用だったのではないかと推測した。)

写真は、熊本駅構内で入換作業を行う、C11と9600の姿である。
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撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodak-TriX。
横位置の画像は拡大して見ることができます
熊本機関区(熊本駅構内)で休憩するC11の姿。
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熊本区のC11は、当時は三角線と矢部線も担当していた。このカマが方向転換をしたのは、矢部線への準備だったのかもしれない。
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給炭、給水が終わると他のカマと並んでしばらく待機となる。
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手前の9600のデフが、異常に上に開いている様子が見受けられる。


撮影日は、1972年(S.47年)8月21日。カメラは、ミノルタSR-3。フィルムは、Kodaka-TriXであった。



C11 174 は、1940年(S.15)に川崎車輌で製造された。熊本には1971年(S.46)4月22日に福知山から転属してきた。この撮影をした翌年の1973年(S.48)8月10日付にて廃車された。

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