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井笠鉄道は、かつて山陽本線の笠岡と井原を結ぶ本線(19.4km)と支線の矢掛線、本線途中の北川から矢掛(5.8km)および井原から国鉄福塩線の神辺を結ぶ神辺線(7.8km)を所有する軌間762mmのナロー(軽便鉄道)だった。 鉄道線のうち、最後まで残った本線も1971年(S46年)3月31日を限りに廃止となり、現在は路線バスと貸切バスのみの営業となっている。 井笠鉄道は、日本の軽便鉄道としては比較的遅くまで存続していたことと、廃車となった車輌の大半を解体せずに自社鬮場(くじば)車庫で保管していたため保存車が多く、自社以外にも各地に移籍し、第2、第3の活躍をした車輌も多い。 また全廃時までの残存車輌の大半も保管されていたが、1980年(S55年)2月21日深夜に放火され、その大半が車庫ごと喪失したのは誠に残念しごく。 現在、元本線の笠岡から5駅目の新山駅が駅舎ごと保存され、井笠鉄道記念館として資料を保存している。また隣接した元駅構内に1号機関車とホハ1(ボギー客車=放火で被害を受けたが、後に修復された)とホワフ1(有蓋貨車=井笠鉄道で唯一保存された貨車)を屋根付きで保存、展示している。 写真は、その1号機関車。 全長は5m強。近づいて見ると本当に小さい機関車である。 後方に連なるのが修復されたホハ1とホワフ1。 ボイラー径の割に大きな前照灯が目立つ。 砂箱(?)は角形。楕円の大きな窓が特徴。 シリンダーはやや傾いている。ロッド、動輪回りは油まみれだが、大切に保存されている様子が良く伝わる。 サイドタンク外板は腐食が進み、一部は赤さびが浮いていた。 菱形の銘板は井笠鉄道のマーク。 製造は1913年10月ドイツのオーレンシュタイン・ウント・コッペル-アルトゥール・コッペル(Orensteim & Koppel-Arthur Koppel A.-G.)社。1913年11月17日の井原−笠岡間19.4kmの開業に備え、機関車第壱號として1 - 3の3両が入線した。 機関区は、笠岡の隣の 鬮場(くじば)にあった。井笠鉄道は1971年(S.46年)に廃線になったが、折からの蒸気機関車ブームで稼働状態に修復可能な762mm軌間用蒸気機関車や客車を捜していた西武鉄道から貸出の要請があり、1973年(S.48年)9月に譲渡の客車、貨車とともに上京し、西武鉄道山口線で復活運転された。山口線での活躍は1976年まで続き、その後再整備されて井笠鉄道に返却された。機関車側面の整備表記は、これらの事実に基づき記入されたものと思われる。 キャブ内はとても狭い。 それでも厚い座布団付きのイスが付いていた。 諸元表。 撮影日は、2006年6月17日。カメラは、共にデジタルで、RICOH Caplio Pro G3(1〜6枚目と8、11枚目)と、CONTAX TVS Digital (7、9、10、12〜14枚目)。
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日本のナロー
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