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初の黒人アメリカ大統領の出現!!! 私はこの記事を載せるのを少し考えていました・・・長くなるのと〜まあいいか〜という気持ちから が!!!イタリアの首相が「今度のアメリカ大統領は日に焼けているようで」 という発言にいささかカチン!ときましたので掲載する事にしました〜 アメリカ大陸における否ヨーロッパもそうですが〜奴隷制度という下に黒人は 筆舌に耐える辛く辛く悲しい時代を過ごして来ました 沢山のアフリカ人が奴隷船に乗せられ〜(もう少し詳しく書きますか?ハイ) 長さ180cm幅40cm、高さ80cmぐらいの場所に(もっと狭い所もあったようです)裸で入れられ(病気やダニなどを拾わない為)何ヶ月も目的地につくまで奴隷船の旅は続きます 途中 病気などをしたら海に捨てられます 悲観して海に飛び込み自殺する者もいます 抵抗したりしたら見せしめに殺されます しかも「死んだら故郷に帰れる」というアフリカの考えを無視する見せしめの為に〜首はさらします〜「死んでも首は帰れないんだよ」と・・・・・ ←1週間に1度外で日光に当れます 後は狭い暗い穴倉です お金を出して買った奴隷です〜本土で売る為にも死なせる訳にはいきません 餓死して死のうとする奴隷もいます そうすると焼けて真赤になった石炭を口元に運びます 拷問のようなものですね 中には見せしめの為に焼けた石炭をそのまま口に入れる事もあったようです そのうちコンパスのような口を開けさせる機械ができたようです そんな地獄の奴隷船でやっと辿り着いたアメリカ大陸〜 売買されると背中には所有者の焼印が入ります あとは綿畑や砂糖キビやいろいろな所で 死ぬまで働かされます そしてリンカーンの時代 がしかし〜リンカーン大統領は観劇の時に至近距離で頭を撃たれ暗殺されます 奴隷制度は開放されても黒人の社会的立場は低いままです〜好きでアメリカに来た訳ではないのに〜 1955年12月1日〜アリゾナ州でローザパークスという黒人の婦人がデパートの勤務を終えて 6時頃バスに乗ります この頃ジムクロウ法(人種分離法)が設けられていて 公の席〜バスの座席、トイレ、レストラン 等など細部に渡り〜白人と黒人の席は全く分けられていました 前が白人、後ろは黒人〜真ん中は空いている時は黒人も座って良い パークス婦人は空いている中央の席に座っていましたがバスは次第に混んで 「そこの女性、席を立つように!」と運転手からアナウンスされます ←その時のバスです 「立つ必要はありません」とローザは言います すると運転手は彼女の前に詰め寄ります 「立たんかい(って口調?)警察を呼ぶぞ」 「どうぞ呼んで下さい、私は立ちません」と毅然とした態度で臨みます そしてローザは警察に逮捕され市の拘置所に入れられます〜即日保釈されモンゴメリー市役所 州簡易裁判所で罰金を払わされます バスで座っただけなのに・・・・ そしてこの事が「モンゴメリーバスボイコット事件」にと発展します 怒った全ての黒人は徒歩や車の乗り合いをしてバスをボイコットします(381日間続きます) 75%以上が黒人利用で成り立っていたモンゴメリー市のバス路線の運営は大打撃をこうむります これにおいて翌1956年〜公共交通機関における人種差別の禁止が実施されます そしてこの勝利で〜当時26歳のマーティン・ルーサ・キング牧師等の「公民権運動」が始まります 非暴力直接運動、市民的不服従をかかげ全米各地に公民権運動を指導していきます そして1963年8月3日25万人のワシントン大行進と抗議集会にて勝利を収め 1964年ケネディ大統領の下〜公民権法成立の日を迎えます 〜という大まかなアメリカ大陸においての黒人の歴史でした 本当はその前に〜アメリカ大陸はネイティブアメリカン(インディアン)が先住民族でした お話はそこから始まらないといけないのですが〜この話は次回に〜 アフリカ系黒人はこの辛い辛い先祖の道のりがあり〜今があります しかし〜勝手に奴隷というレッテルを張り海外に輸出したのは白人です 先住民は(アイヌ、インディアン、エスキモー、アフリカ民族など)自然を愛し 自然と共存してきた優秀な民族です オバマ大統領がこれからどのような政策をしていくか私の能力では分かりません けれど「核廃止」や平和的世界に万進していく事に期待しています オバマ大統領出現に黒い影が動いていない事、また暗殺などが無い事を切に祈り 新しい平和の時代が来る事を望みます そしてイタリアの首相のブラックジョークがどんなに恥ずかしい言葉の意味か 根本から覆るような世界であって欲しいです
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