ノスタルジー

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不思議な事

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レッドシューズと私の馴れ初めをあらためて〜

1984年私は恵比寿で当時の彼と「zanjibar」という小さなバーをやっていた

彼は水商売の経験はまったくなく本業は設計屋さん

もともと実家の持ちビル〜友達が集まれる応接間みたいな所が欲しいという事で

彼が設計し〜白いカッシーナのソファーをゆったり置いた素敵な店が出来上がった
(ザンジバーのお話は後日W)


たまたまレッドシューズとザンジバーの共通のお客様がいらした

1986年彼と別れ〜私はザンジバーを辞めた(><)

ある時たまたまレッドに遊びに行くと(普段はお酒を呑まない私は2回目ぐらいの来店)

偶然カウンターに高橋幸宏さんがいらした

当時ザンジバーの常連さんでもあった

「探していたんですよ〜ザンジバー辞めて何してるの?」という事で

レッドのオーナーでもある故松山氏を紹介された

どうやら松山氏が私を探していたようだ

これがきっかけで私はセック(レッド、ミントバー、インクスティック等の会社)で

働く事になった お給料は私の希望額w配属はミントバーでした


これが不思議な事に〜ミントバーは六本木星条旗通りを上がり左手のビルの地下

そしてミントバーの向かいにインクスティックがあった

そして会社の名前は「セックコーポレーション」

私はビックリ!ビックリ!!ビックリ!!!した!

何故なら〜!!!

私が21歳の頃〜生まれて初めて「結婚」を誓い合った彼がいた

そしてその彼はK大を卒業しUCLAに留学が決っていた

「何かあったらオフクロに(彼の)相談するか、旅費は工面して送るからアメリカに

 来るんだよ」と言葉を残し羽田空港を発った

後〜文通と電話(当時の国際電話は高かった)の遠距離恋愛になったが〜

私は父がいなくなり〜母は大怪我をし、私は交通事故で大怪我をし〜

水商売に入ったりと過酷な環境の変化(今でも思い出すと泣ける。。)

そんな家庭の細かい事情を彼のお母様に相談する訳にもいかず

お嬢さん母を置いてアメリカへ行く訳にもいかず

結局〜彼には事情を一言も告げず泣く泣く(ホント!泣く泣く)身を引いた

後〜「手紙の返事が全然こなくなったね、彼ができたんだね。。。」

と手紙がきた〜22歳の別れであった。。。。。。。


で!その彼と当時「セック」というクラブディスコ?かな〜によく行っていた

隣がストロベリーファームでそこへも良く行っていた〜

私の中では大切な思い出の場所

なんと!インクスティックの場所がマサに!!確かに〜!!セックの場所であった!


聞けば〜過去クラブ「セック」は松山さんが責任者でやっていた所

で独立した時にその当時の「セック」を会社名に〜!!!

いやぁ〜驚きました(><)



話は変わりますが〜私は帽子が大好き♪

当時フィッシャーマンズキャップが流行り〜↓こんな形

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ある時〜青山の古着屋さんに〜そこは古着といってもとても高く〜昔パリでマダムが

着ていただろうと思われるシルクにビーズや刺繍の入ったドレスとか

魅力的な商品が沢山あったw

と!その中に〜なんとも言えない素敵なフィッシャーマンズキャップが一つチョコンとあった

ツバの縁の所に丁寧な刺繍があり〜色は紺と黒の中間ぐらい

しかも裏地がオレンジとルビー赤の中間ぐらい?なんとも言えない素敵な帽子だった

私は値段も聞かず「これ下さい!」と迷わず買ってしまった


かぶりやすく〜当時の私はお気に入りでそればかりかぶっていた

ある日の事〜いつものごとくレッドで遊んでいた私であったが〜その日は珍しく疲れ

早めに帰った〜

帰宅途中に帽子を忘れたのに気づいた!手荷物は何も無い(私はバッグを持つのが大嫌い)

慌てて電話を入れた〜「私のだから置いておいてね}と

朝〜目が覚めると〜!なんと!

忘れたはずの帽子がソファーの上にあった!もちろん誰も侵入した形跡はない

鍵は閉めて寝た〜不思議
          
      ♪ 生涯  私が 一番 愛した空間 ♪


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         「RED SHOES STORY」      尾崎 豊


昔の事なんかもう忘れちまいたいよ

これでも昔は随分気取ってたのさ

慰めた女 慰められた男 酔いどれて演じては

逃れようもない様な ダンスに明け暮れて

行きつけの店には毎晩顔出してさ

くどかれたりくどいたり 何時もの曲に合わせてさ

でも本当は酔ってるから顔もはっきり覚えちゃいねぇ

夢心地 幻 夢中で愛してた

自慢にもならねえのによ

朝日はアスファルトに寝ころぶ俺をつつきながら

ベッドに辿り着く俺は旅に出る夢を見てた




儲け合ったやつらとも今じゃ遠い縁になってさ

色々覚えたよ 上手くはめられたのは誰

ヤキが回ったぜ おまえらも俺も

どうなって行くのか どうすりゃいいのか ああ 用心にこした事はねぇ

あんたも同じ傷みを背負ってたってね 結局はビジネスさ

あるところじゃ子供騙し 嘘だけの言葉に

誠実に答えても 互いに疲れちまうのさ

なぁ 俺の置き忘れてきたギターはまだあるかい

返してくれねぇかい もう貸し借りはねぇぜ




気をつけた方がいいぜ若者よ

負い目を背負って生きていくなんてまっぴらだぜ

上手い話なんてあるもんじゃないさ

誰もかれも責任逃れ 知り尽くした顔して

弱みに付け込んで笑ってら笑ってら

頭じゃ分かってる事も体が付いていかなくてよ

きらびやかな夜の街にのこのこと出かけて

朝になればうらぶれた 裏通りの街の被害者

だけど俺は知ってるぜ 次の仕事に間に合うまでの

寂しいゲームだと



心の傷アルコールで癒して 何処から何処まで行けばいい

愛しいおまえ 受け止めるまで この旅は続くのさ


Lai la lai la la la la la........




ナイーブで泣き虫でガラスのような〜

ジャックダニエルを道ずれに いつも酔いどれていた孤独な堕天使

最後に貴方の顔を見たのは 亡くなる1週間前

取り巻きがいても 女がいても いつも1人だったね



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(オープン当初のレッドのカウンター 最初の写真は1度目の改装後のレッド)

このカウンターで いくつの恋が生まれ いくつの恋が終っただろうか

何人の女が泣いただろうか

何人の男が口説いただろうか


世界各国からどれだけのミュージシャンが集ったことだろう

デビットボウイ、ブライアンフェリー、ジミーページ、ストーンズ、ロバートパーマー

ジョニーサンダース、クラッシュ、デビットバーン、イギーポップ、デュランデュラン

アハ、ピンクフロイド数えきれない。。。。。

しまいには皆1人で来ていた〜日本に来た時の常連だった

時には音楽の話で盛り上がり

時には女争奪戦になり

様々な顔を見せてくれた

写真家、デザイナー、モデル、スタイリスト、イベンター、音楽事務所、出版社

ジャンルを上げたらきりがない

会社、所属事務所を越えて常識では考えられない所でいくつもの

アイデアがレッドから産声をあげた事だろうか



何処かのテーブルでテキーラのショットガンが始まる〜

すると伝染病か何かのように隣の〜また隣のテーブルでも

永遠に終らない夜の始まり。。。。。


暗い階段を降り〜あの重たいドアを開けると〜そこにはいつも何かが待っていた

あの頃のレッドシューズを超える〜否〜匹敵する店は出てこない永遠に

あのパンドラの箱。。。。。パンドラの箱。。。。。。

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