懐かしの世界GP

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ランディーマモラ Randy Mamola

 1959年11日10日生まれ  国籍アメリカ 
1979年、若干19歳でGPデビュー
1980年からヘロンスズキでGP 500ccに参戦
1982年にWGP500でフランコウンチーニが世界タイトルを獲得したスズキは、四輪車で
海外進出する為に予算の関係からかWGPでのワークス活動を実質中止
1983年は82年仕様のままのRGγで、それでも何度か表彰台に登ったマモラ
3年連続世界チャンピオンを獲得したキングケニーの3度目のタイトルを取った1980年の、
一番のライバルはマモラでした。しかし、アメリカでの功績を知る先輩GPライダーのキングケニーに
対し、まだ19才だったマモラはレース中にケニーを追い抜く事は出来ませんでした。
1983年まで在籍し、ランキングは2位、2位、6位、3位。 
1984年ホンダ
1985年 〃
1986年ヤマハ
1987年 〃
1988年カジバ
1989年 〃
1992年にカムバックしヤマハに。
フロント重視のライディングは、打倒ロバーツを目指して開発されたRGγ時代に培われたと言われ、
84年にホンダ移籍後は、スペンサースペシャルとも云えるNS500を乗りこなす為に、
ライディングフォームは体勢をより前に、より低く構えたものとなる。 とうとう外足はステップ
から離れてしまい、有名な「マモラ乗り」へと変化していった。
スズキ、ホンダ、ヤマハ、カジバと渡り歩いた彼の長いGP人生の中で、ゼッケン1獲得は達成
されなかったがランキング2位3回(80' 81' 84')、3位3回(83' 86' 87')、と80年代GPシーン
を大いに盛り上げた。又、派手なライディングとは裏腹に、丁寧なアクセルワークを武器に”
キングオブザレイン”と称される程、雨のレースでの速さを誇った。
通算12勝(スズキ5勝・ホンダ3勝・ヤマハ4勝)当時はマモラ乗り(峠には偽マモラがよくいた)
をはじめ、ライディングフォームにも其々のライダーの個性が現われていました。また個性と云う
点でマモラは、レース中にコースサイドで用を足し、それでも2位に入ってしまったり、レース後
のウィリーやジャックナイフ等、ファンサービスにも長けた一人で、世界中で愛された人気者と
いったキャラクターでした。
写真は1985年 5戦 オーストリアGP 時の写真です・・・・「マモラ乗り」後姿ですが

説明にもありましたが、「マモラ乗り」これは当時未だバイクを詳しく知らない私でもよく聞きました
、バイクファンは必ず話題にしてました。 
 当然バイクの免許を持っていない私たちはチャリンコ(自転車)で山を攻めながら「マモラ乗り〜」って叫んでハングオンもどきで走行してました・・(今考えると間抜けやね)

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最近の話題だけでなく過去のライダーを振り返ろうと思います。
だだ、わかる範囲のみの内容ですのでその点はご理解ください。

片山 敬済

1952年4月16日 兵庫県生まれ
1971年;全日本ノービス250にデビュー(ヤマハTD2)
1972年;ジュニア250チャンピオン
1973年;エキスパートジュニア昇格、ヤマハファクトリー契約
1974年;セニア昇格、WGP(R6)オランダGPへ250デビュー
      (R7)ベルギーGP250で3位入賞
      (R8)スウェーデンGP250優勝(ヤマハTZ250)
1975年;全日本セニア750(ヤマハTZ750)
1976年;プライベーターに戻りWGPへエントリー
      250ランキング2位
      350ランキング7位
      500ランキング20位
1977年;日本人初の快挙!350チャンピオン獲得
      250ランキング4位
1978年;350ランキング2位
      500ランキング5位
1979年;ホンダと契約。NR500で2レース出場(両リタイヤ)
1980年;500ランキング10位(ポイントはRG500で獲得)
1981年;NR500で参戦するもノーポイント
1982年;スウェーデンGP500優勝(NS500)
      ランキング7位
1983年;怪我に泣かされながらも500ランキング5位

伝説

六甲山と言えば、大体思いつくのは、裏六甲、表六甲や芦有ドライブウェイなどが有名だが、本当に凄い六甲は六甲山の西部に位置する再度山(ふたたびさん)の、奥再度ドライブウェイである。ここの峠には凄い伝説がある。昔、世界チャンピオンだったホンダの片山敬済はここの峠で練習して世界チャンピオンになった。現在でもここの道路は非常に狭く、薄暗く、物凄いカーブ(どのくらい物凄いかは、見に行けば分かる!)が連続する。当時は路面も石畳状で非常に滑りやすく、今より狭かったのに、片山敬済はわざわざ、雨の日にここに練習しに来ていたらしい。

私もこの伝説は聞いた事がありますよ
残念ながら現在の六甲山は大半の部分が安全上の問題で2輪車の走行が出来なくなっており
この伝説も消えかかっています。
 現在は六甲山といえば自動車が峠を攻めるイメージですね(規制かかってきてますが)

写真は1985年 5戦 オーストリアGP 時の写真です

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