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連絡船ではありませんが、横浜山下公園に係留されている「氷川丸」が営業を終了し、日本郵船に譲渡されることとなりました。 以下ヨコハマ経済新聞より 横浜マリンタワーと氷川丸が45年の歴史に幕−今後保存へ 横浜マリンタワーと氷川丸を運営する「氷川丸マリンタワー」(横浜市中区山下町)は12月25日、入場者の減少などに伴う経営環境の悪化のため、両施設の営業を終了する。 マリンタワーは1961年、横浜港開港100周年の記念として「横浜らしいモニュメント」を創ろうと建設された。灯台の高さ106メートルは現在も世界一の高さとしてギネスブックに掲載されている。また、1930年竣工の氷川丸は、優美な船型とアール・デコ様式のインテリア、一流シェフの料理などのサービスから「北太平洋の女王」と呼ばれ、主にシアトル航路で活躍した。戦時中は病院船、終戦時は外地からの復員船としても運用され、戦前・戦後で北太平洋を238回横断後、1960年に引退して横浜港に係留された。開業以来の両施設への入場者数は4,787万人。 同社は両施設の営業終了後、マリンタワーを横浜市に、氷川丸を日本郵船に譲渡する。両施設とも保存される方向で、横浜市は今後同タワーの改装工事を行い、日本郵船は今年末までに同船の運営方法を決定する予定。 11月18日から12月25日まで、「45年間ありがとうキャンペーン」を実施、両施設でセールや入場料の割引などを行う。最終日は氷川丸が汽笛三声を鳴らし、営業終了を告げるという。 船の汽笛には何かしら郷愁を感じます。 以前、函館に帰省するときに連絡船を利用していた者としては、寂しさを感じずに入られません。 青函連絡船「摩周丸」「八甲田丸」「羊蹄丸」 そして横浜の「氷川丸」 日本の海の語り部がなくなっていくのはとても寂しいものです。 氷川丸は大戦を生き延びた貴重な船。また横浜市の有形文化財。 どうか、歴史の証人として静かにその姿で語り続けてほしいものです。 連絡船も同じです。本州と北海道を結んだ荒波を越えた生き証人。
いつまでも大切にしてほしいものです。 |
れんらく船のりば
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横浜の名所だったのに残念ですね。山下公園からあの船がなくなると寂しいです。
2006/12/8(金) 午前 11:36
おそらく、山下公園に係留はされると思いますが、経営の母体が「日本郵船」に譲渡されるのだと思います。しかし、いままでのようなレストランや、資料館的な要素はそのまま残せるのか少し心配です。まぁ、商船会社ですから、レストランは業務委託のかたちで経営していけると思いますがね。
2006/12/8(金) 午後 0:04
氷川丸営業終了の件は少々残念ですが、船体を再譲渡される日本郵船側にとっても歴史的価値のある船でもあるので、解体・撤去はまず想定していないでしょう。できればどこか然るべきドックに曳航の上で入渠→全面補修→現在地で再オープンという風になってもらえれば最高ですね。|Wikipediaの氷川丸の記事には、外国へ観光船として転売されという話が一部であるとの記述がありますが、これは流石に論外ですねぇ・・・。
2006/12/8(金) 午後 8:04
最後の三回の汽笛是非聞きたかったなー。何時頃鳴るんでしょうねぇ。
2006/12/17(日) 午後 9:45
そうなんですよね…氷川丸なくなっちゃったんですよね…。結局最後見送れませんでしたけど…。マリンタワーまでなくなっちゃうって言うのは…寂しくなります…。
2006/12/31(日) 午後 6:06