=== 地名の由来 ===
アイヌ語で「山稜のガケ」を意味する「アカピラ」に由来する。
=== 赤平市のおいたち ===
赤平市は、明治24年に開拓の鍬がおろされ、明治30年には道路が、大正2年には鉄道が開通しました。大正7年に、茂尻炭礦が開鉱し、「石炭のまち」の歴史が始まりました。
その後も人口が増加し、大正11年4月1日、歌志内村から分村して2級町村赤平村が誕生、さらに昭和18年2月11日町制を施行、そして昭和29年7月 1日道内18番目の市となりました。昭和35年には、人口もピークの59,430人を数えましたが、昭和30年代後半から、石炭産業の衰退を余儀なくされ、平成6年には最後の一山が閉山し、赤平の「石炭の歴史」に幕を下ろしました。
しかしこの間、鉱業都市から工業都市へと産業構造の転換を図り、厳しい情勢を乗り越えながら確かなまちづくりを進めてきました。
先人が築いてきた歴史を伝承するとともに、市民の英知と情熱を結集し、「水と緑豊かなふれあい産業都市」をめざして、これからも歩んでいきます。
赤平市の位置
赤平市は北海道のほぼ中央部にあって、東端は東経142度9分10秒、西端は東経141度58分40秒、南端は北緯43度28分44秒、北端は43度38分44秒の位置にあります。
東は芦別市、西は滝川市、南は歌志内市、北は深川市に接しており、東西に約14.1キロメートル、南北に約18.5キロメートルで、市域面積は129.88平方キロメートルです。
=== 市の人口 ===
【平成19年9月30日現在】
人口 13,969人 (男 6,441人 女 7,528人)
世帯数 7,198世帯
上記、赤平市HPより
赤平と言えば、石炭のマチである。
市の中心部(JR赤平駅裏)に住友赤平炭坑の立抗のあとが保存されている。
これはかつて赤平が石炭産業で一世を風靡した証である。
北海道内の産炭地は、だいたいそれぞれに主たる企業が決まっていた。
教育の水準が高かったという話がある。
赤平の場合は住友財閥。住友が赤平を開発したことで、優秀な人材が赤平にあふれていたと記録に残っている。旧産炭地が多い空知がかつて「教育王国空知」と呼ばれていたのは、産炭地の開発を財閥が担っていたため、職員のご子息の教育条件を高くするために、本州から優秀な教員を招聘し、給与についても財閥が裏で保証していたため、かなり教育の水準が高かったとされている。
駅周辺に
住友赤平炭坑立抗あと
777段階段の日本一のズリ山階段
日高屋(ケーキ屋さん)
山平菓子舗(手作りパンの老舗)<うまいよ!
塊炭飴(石炭をイメージした黒い飴。ニッキ味?)
ガンガン鍋
徳川城(道内唯一の天守閣を持つ城・・・をイメージした節句の人形屋さん)
植松電機・カムイスペースワークス(ハイブリッドロケットの開発を手がける会社・・・アメリカでは超有名)
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初めまして、赤平市に住んでます。
日高屋のケーキは美味しいですよ。お勧めなのは「生シュークリーム」です。生クリームの濃厚な味わいが堪りません。
一時は特別な日にホールケーキを作って貰いました。
「塊炭飴」は確かにニッキ味で、強い味わいだと思いました。実はこの飴は2種類ありまして、「塊炭飴」は「石川商店」で作られていて、もう1つは「炭坑飴」と言ってレシピは「塊炭飴」と一緒★
先程出した「日高屋」で作られているのです。残念ながら、どちらもあまりお土産としての知名度は低く、市民に懐かしい味として知られている位ですね(汗)
2009/2/8(日) 午前 10:55 [ 美和 ]