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1月30日付けで日本郵船よりプレスリリースされた記事。 これによると氷川丸は今後1年間、約10億円かけて補修され、 また、山下公園に係留されるそうです。 日本郵船のHPより 今後の「氷川丸」について 当社は、昨年12月31日に氷川丸マリンタワー社解散の後、氷川丸及び付帯する桟橋の引取りの事務検討を行ってまいりましたが、本年3月1日付けで引渡しを受けることと致しました。 船齢76歳に達し歴史の生き証人でもある氷川丸を少しでも長く保存していくことが当社に与えられた社会的使命と認識し、専門家を交え最良の工事方法について検討を重ねてまいりました。その結果、氷川丸の引取りから約一年間をかけ、現在の繋留場所である山下公園で老朽化の著しい個所の補強や補修を中心とした船体の修繕、内装の修復、桟橋の補修工事を行うこととし、その予定額は10億円を超える見込みです。 尚、皆様への公開は2008年春再開を目標としております。 当社は、現在、横浜市中区に日本郵船歴史博物館を運営し、写真や書籍ほか、歴史資料の展示と様々な貨物船の模型や写真により今日までの外航海運業の歩みを紹介しております。また、歴史的資料の散逸防止と保存を行うほか、広く市民の皆様に親しんでいただくために、毎月入館料のみでお楽しみいただけるミニクラシックコンサート等、各種のイベントを開催しています。 当社は、今後、日本郵船歴史博物館の運営と共に、氷川丸を保存し、一般の皆様に公開することで、歴史的資料の保存と市民の皆様への社会貢献活動に努めて行く所存です。 以上 ともあれ、日本の海の証人はまたその姿を見せてくれそうです。
ほっ! |
れんらく船のりば
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連絡船ではありませんが、横浜山下公園に係留されている「氷川丸」が営業を終了し、日本郵船に譲渡されることとなりました。 以下ヨコハマ経済新聞より 横浜マリンタワーと氷川丸が45年の歴史に幕−今後保存へ 横浜マリンタワーと氷川丸を運営する「氷川丸マリンタワー」(横浜市中区山下町)は12月25日、入場者の減少などに伴う経営環境の悪化のため、両施設の営業を終了する。 マリンタワーは1961年、横浜港開港100周年の記念として「横浜らしいモニュメント」を創ろうと建設された。灯台の高さ106メートルは現在も世界一の高さとしてギネスブックに掲載されている。また、1930年竣工の氷川丸は、優美な船型とアール・デコ様式のインテリア、一流シェフの料理などのサービスから「北太平洋の女王」と呼ばれ、主にシアトル航路で活躍した。戦時中は病院船、終戦時は外地からの復員船としても運用され、戦前・戦後で北太平洋を238回横断後、1960年に引退して横浜港に係留された。開業以来の両施設への入場者数は4,787万人。 同社は両施設の営業終了後、マリンタワーを横浜市に、氷川丸を日本郵船に譲渡する。両施設とも保存される方向で、横浜市は今後同タワーの改装工事を行い、日本郵船は今年末までに同船の運営方法を決定する予定。 11月18日から12月25日まで、「45年間ありがとうキャンペーン」を実施、両施設でセールや入場料の割引などを行う。最終日は氷川丸が汽笛三声を鳴らし、営業終了を告げるという。 船の汽笛には何かしら郷愁を感じます。 以前、函館に帰省するときに連絡船を利用していた者としては、寂しさを感じずに入られません。 青函連絡船「摩周丸」「八甲田丸」「羊蹄丸」 そして横浜の「氷川丸」 日本の海の語り部がなくなっていくのはとても寂しいものです。 氷川丸は大戦を生き延びた貴重な船。また横浜市の有形文化財。 どうか、歴史の証人として静かにその姿で語り続けてほしいものです。 連絡船も同じです。本州と北海道を結んだ荒波を越えた生き証人。
いつまでも大切にしてほしいものです。 |
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摩周丸、羊蹄丸に続き八甲田丸がチョロQで発売になりました。 これで日本に展示されている青函連絡船は3隻すべて出揃ったことになります。 無地のステッカータイプで八甲田丸を作っていましたが、 これは買です。 しかし、当分行けそうにないので通販で済ませようかな・・・ とにかく、残りの船も再現してほしい! 十和田丸(→ジャパニーズドリーム→フィリピンドリーム) 大雪丸(→ホテルシップビクトリア) 松前丸(北朝鮮で解体) 改造貨客船も作ってくださーい! 桧山丸 石狩丸 できれば貨物船の空知丸も・・・ 語り継ぐ青函連絡船の世紀HPはこちら→http://www.renrakusen.com/
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修学旅行でようやく摩周丸に会えました。 |
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修学旅行で函館に行きますです。 |





