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今日から11月になっちゃいましたね。
先日、紅葉の写真をアップしたばかりですが
11月と聞くと雪の香りが・・・・もう冬です。
今、ボクの町では「白い森芸術祭」が展開されており
1年のうちで最も賑やかな時期を迎えています。
収穫祭や峠まつりや農民歌舞伎に
小中学校の学習発表会、文化祭と
約1ヶ月に渡り土日はなにかしらのイベントがあります。
昨日は町出身の落語家の
山遊亭金太郎師匠の寄席がありました。
師匠の弟子というか落語教室の小学生です。
小学生といえどもなかなかの腕前です。
ある意味ミライモンスターです^^
この人は相撲漫談の一矢さんです。
白鵬をはじめモンゴル出身力士や
ロシア、エジプト出身力士の本名をすらすらと言うのですが
終いには適当に言ってるんじゃないかって思うくらい流ちょうでおもしろかったです。
まぁ相撲甚句はそんなに上手ではなかったですけどね^^
いよいよ真打ち登場、金太郎師匠です。
ボクは落語では芝浜に代表される人情ネタというか
笑うというより泣くような話も好きなことは好きですが
やっぱり酔っぱらいとか与太郎ネタは最高です。
昨日、師匠が二席やってくれたのですが
ひとつは「幾代餅」という江戸中期から両国で売られていた
餅の名前の由来についての話です。
そしてもうひとつが「禁酒番屋」という話で
これこそが酔っぱらいの神髄とも言ってもいいくらいの話です。
師匠の酔っぱらいの上手いこと上手いこと^^
毎年恒例の寄席なんですが
ボクは中学校の文化祭(合唱コンクール)を見てから行きましたので
後援会役員でありながら準備を全部お任せしてしまいました。
その分、懇親会では活躍したつもりです^^;
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明治7年、東西の話し言葉がテンデンバラバラだった頃
文部省官吏の南郷清之輔に
「全国統一の話し言葉を制定せよ」という命令が下った。
この日から、南郷家は、お国訛りをめぐって大騒ぎ。
なにしろ、清之輔は長州出身、妻は薩摩の生まれ
そして父は誇り高き薩摩の速人健児。
そこへもってきて3人の女中はたちは
江戸山の手言葉、下町のべらんめえ、羽前米沢のずーずー弁。
おまけに車夫は遠野弁、そして書生は名古屋弁。
さらにそこへ威勢のいいお女郎さんが河内弁で怒鳴り込み
あつかましいお公家さんが京言葉で居候を決め込む。
まさに南郷家の言語状況は、日本の縮図。
こうして清之輔は、話し言葉の全国統一の前に
まず我が家のお国訛りによる大混乱におそわれる。
そこに強盗に落ちぶれ果てた会津の士族がのっそりと押し込んできた!!
カタコト英語しか喋れないピアニストの奏でる
幻の「小学校唱歌」にのせて展開する言語学的な悲喜劇の末
ついに清之輔が辿り着いた「文明開化語」とは一体どんなものだったのか。
爆笑、爆笑、大爆笑の3時間だったのですが
最後は悲劇だということに気づきました。
南郷家の当主の南郷清之輔(八嶋智人)の
仕事にかける姿勢が素晴らしく演じられていました。
そしてその南郷家で同じ言葉を話すのは
妻のみつと舅の重左右衛門の薩摩弁のみで
その他は全て違う地方の出身で方言が飛び交っていました。
主役の八嶋さんはもちろんですが
清之輔のブレーンともいえる京都の公家出身の国語学者
裏辻芝亭公民のたかお鷹さんが最高でしたね。
白塗りしてるだけでいわゆる出落ちなのに
動きの鋭いこと鋭いこと。
そこへ現れた会津出身の強盗、虎三郎。
強盗なのに南郷家に居候をして
最後は清之輔に熱いメッセージを送ってくれます。
最終的に清之輔が考えた統一語は
語尾を変えるだけというもの。
例えば「行く」という言葉は
行かない 行きます 行け 行った 行くだろう
など複数の変化があり、その語尾にお国訛りがあるというので
活用は「行く」だけにして語尾を変えるというものです。
行かない → 行く、ぬ
行きます → 行く、す
行け → 行く、せ
行った(過去形) → 行く、すた
行くだろう(未来形) → 行く、だろう
こんな感じで「行く」という言葉を換えずに語尾を変えるんです。
それを虎三郎に、それで女が口説けるか、ケンカができるかと言われ
清之輔はそれぞれ女中や舅などに試し成功を納めます。
清之輔の力になりたいと思っていた虎三郎は
この言葉で強盗ができるか試し、ポリスに逮捕されてしまいました。
その獄中から清之輔に送った手紙にこれまでの全てが凝縮されていました。
万人の言葉を変えるには個人の力ではどうにもならない、と。
そして清之輔の勤めていた文部省学務局は廃止され
清之輔の机もなくなっていたのです。
上司に無理難題を押しつけられ
最終的にはできなかったとリストラされる悲しい物語でした。
舞台の最後に記念写真をとるポーズで
南郷家にかかわったそれぞれの行く末を書生が紹介します。
なんとなくアメリカングラフティぽかったのですが、それがまた悲哀を誘いました。
カーテンコールは3回。
最後はみんなスタンディングオベイションでした。
以前、見たくても都合がつかず見られなかった公演だったので
3号の大会も半分にして見に行ったかいがあったこまつ座第111回公演でした。
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昨日は新潟県胎内市で開催された
若年性認知症講演会(シンポジウム)に参加してきました。
講師は中村成信(なかむら しげのぶ)さんです。
中村さんは現在62歳で神奈川県に住んでいらっしゃいます。
元々は茅ヶ崎の市職員で、あの「サザンビーチちがさき」の名付け親で
2000年夏のサザンオールスターズ茅ヶ崎ライブを実現させた仕掛け人でした。
しかし、2006年、46歳のときにスーパーでお金を払わずチョコレートを持ちだしたと
つまりは万引きをしたということで逮捕をされ
起訴は見送られたものの、市役所は懲戒免職となりました。
その辺のいきさつはもっと生々しくお話してくださったのですが
おそらくチョコひとつだし、あら、忘れてたごめんごめん、と言えば
スーパーのほうでも「気をつけてくださいね」で済んだであろうとおっしゃってました。
しかし、頑なに否認をするものですから
スーパーのほうでも警察を呼びますよ、ということになり
中村さんもやましいことがないので、じゃぁ呼んでハッキリしましょうとなったんだそうです。
しかし、警察はスーパーからの「万引き犯」という一方的な情報により
完全に中村さんを「犯罪者」と確定して事情聴取を行い
しまいには、中村さんが罪を認めないことから逮捕、3日間の留置となったそうです。
実は、この時、中村さんは前頭側頭型認知症を患っていることが
後に大学病院で診断され、万引きは病気による行動であるとして
弁護士と相談し、市の処分に対して不服申し立てを行い、懲戒免職は停職6ヶ月に変更されたものの
病気に対する理解は得られなかったそうです。
認知症というと「物忘れ」というイメージが大きく
さらには何もわからなくなるというイメージが固定化されてるように感じますが
記憶障害が顕れるのはアルツハイマー型の認知症であり、中村さんの場合は全くなかったそうです。
むしろ前頭側頭型認知症の場合は、記憶障害はないことが多く
怒りっぽくなったり、非常識と思われる振る舞いをしたりすることがあるのが特徴だそうです。
もちろん、本人に非常識という意識はありません。
中村さんの場合も、それが「万引き」という形で出てしまったわけですが
こういう講演活動を始めたのは若年性認知症の現状を知ってもらいたいからだそうです。
テレビで認知症を取り上げた番組を見るたびに
物忘れや徘徊など「認知症らしい姿」ばかりをハイライトしていることが気になり
そうじゃない、認知症だからといって何もできないわけじゃないと思ったからだそうです。
今では月2〜3回のペースで全国で講演活動をなさっているそうです。
できることはどんどんやる。好きなことを楽しめば認知症は進まないと思う。
ということをモットーに講演先で、趣味のカメラでいろいろ撮影するのが楽しみだそうです。
認知症になって小説を読んだり、文章を書けなくなったのは不自由だけど
認知症だからと言って決して不幸ではないんです。
と、最後に中村さんはおっしゃってました。
その不自由を少しでも解消するのが
サポーターであり、まわりの人の理解なんだろうと思いました。
最後に、中村さんが撮影した写真のスライドショーがありました。
チャコの海岸物語の曲にのせて、多くは函館、札幌、小樽の写真でした。
そして、スライドショーの最後は
サザンビーチで桑田さんとふたりで映っている写真でした。
帰り道の山もとっても綺麗でした。
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ランニングシャツ姿のオヤジが
3歳くらいの子どもを負ぶって歩いてました。
喫茶店の2階の席から道路を見下ろしたとき
そんな光景が目に入ってきました。
子どもを負んぶしなくなったのはいつ頃からだろうなぁ・・・
そんなこと思いながら見てたら、ちょっと涙が出てきました。
かつて1号も2号も3号も
自転車のハンドルのところにベビーシートをつけて
会社から帰ってくると、ふたりで自転車で出かけたものでした。
今までいろんな話をしていたのにいつの間にか眠ってしまって
それでも催眠学習ではないのですがボクがいろいろ話しかけながら自転車に乗ってました。
家に帰っても寝ているので
自転車を倒さないように慎重にスタンドを立て
そこからは背中に負ぶって家の中に入っていきました。
そういえば、この間回転寿司にランチに入った時に
若いお父さんと、2歳くらいの女の子が食べているのを見ました。
お父さんは、子どもに
「散らかすの気にしなくていいよ。たくさん食べようね」と言ってました。
一見、しつけがなってないように思われますが
ボクからしたら100点満点の食事マナーです。
子どもに散らかすな、というほうが無理です。
それが嫌な飲食店は○歳以下は入店できません、と書いてあればいいんです。
散らかしたものは親が片付ける、これがマナーだと思います。
このオヤジ、若いのにすごいなぁと思ってふたりの楽しい食事を見てました。
そんなことを思い出しながら、子どもを負ぶっている姿を見ていて
やっぱり子どもって、親に負んぶされて、親の背中の広さを
小さい頃にすり込まれていくんだろうなぁ・・って思ったんです。
ん?
なに食いながらその光景を見ていたかって?
暑かったから避難しました。
美味かったっす(^o^)
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2号の全国大会があったとき、ボクは一足早く東京に行ってました。
夜は撮里頃民さん、野球小僧さんと楽しい時間を共有いたしましたが
昼はもちろん一人でお江戸を漫遊していました。
まずは浅草へ向かい神谷バーへ行きました。
そういえば人形町にはモツ焼きカミヤというのがありましたが全く関係ない店です。
ボクがよく行くコインランドリーの前にあったので、洗濯中、そこで一杯やっていました^^;
それはさておき、久々の神谷バーです。
平日ということもあってそれほど混んでもおらず
しかしそれゆえ隣の人と話をしながら呑むという、ひとり呑みならではの楽しさはありませんでした。
それこそ6年ぶりくらいの利平のつけ麺です。
ただひたすら美味かったです。
ここもランチタイムを過ぎての来店でしたので全く混んでおらずゆっくり食べることができました。
そして利平のすぐ前のバス停からは上野を経由する循環バスに乗って・・・
参りました・・・
展望台まで行ってみたいなぁと思っていたのですが並ぶ人の列を見て一瞬であきらめました^^;
でも真下から見るだけで満足しましたし、なんと言ってもやっぱりボクは東京タワーが好きですから
スカイツリーの展望台に行けなくても、それほど悔しくはなかったです。
ホテルの近くにおもしろい店を見つけました。
スマップの香取くんとザキヤマさんがやってる番組で前に紹介されたと記憶してるのですが
居酒屋ニューカヤバです。
テレビでは気さくな女将さんが切り盛りしてるように見えたのですが
やっぱりアレはテレビだったからの対応だったのかもしれません。
はっきり言いますけどボクはこの店は初めてですから
システムも何もわからないので聞いてみたっていいじゃないですか。
実際、香取くんもシステムがわからず女将さんや他のお客さんに聞いていたんです。
でも、何を聞いてもまずは「えぇ〜〜?」ってめんどくさそうに聞き返すんです。
聞いてるのはこっちだ!って言いたいのを我慢してもう一度聞くと
例えば「氷?そこにあるから」とか焼酎ありますかと聞けば「そこ」とやっぱりめんどくさそうです。
この居並ぶ自動販売機は100円で適量の焼酎が出てきます。
茶色の機械は日本酒でこれもたぶん100円だと思います。
ボクが行ったときはまだ早い時間で客がおらず、だからこそ勝手がわからなかったのですが
しばらくすると会社帰りのサラリーマンが入店し、その振りをみてようやくシステムがわかってきました。
そこまで慣れてくるとしめたもので、焼き鳥まで焼き始めたオヤジです^^;
ここでオヤジはまた迷います。
タレがたっぷり用意されてますが、普通焼き鳥を焼くときはある程度焼けたら
一旦タレにつけて焼き、そして最後にもう一回タレを付けるというのが定番のやり方です。
しかし、串カツとなると二度漬け禁止ってなってるしじゃぁ焼き鳥の場合はどうなのよ?
なんてつまんないことで悩んでいるうちに串はどんどん焼けていくし
結局、何もできないまま塩こしょうで味付けをして食べましたが意外と美味い焼き鳥でした。
女将の愛想の悪いのを除けば満足のお店です。
なにしろコストパフォーマンスが最高です。
焼酎2杯、焼き鳥2本、シメサバ、塩からなどいただいて1000円で足りまいした。
お金は全て代引きなので、あとで高額請求されるということもなく安心できるお店です。
そして夜は銀座で・・・^^;
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