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さて休憩を挟んでの二幕目。
| おお雲よ、なんと軽やかに 歌曲「マリア・ストゥアルダ」 |
、、、、、完全に昇天です。
あー、もう、殺してください。
うぇーん!!
うぇーん、素晴しすぎるよぅぅぅぅぅぅぅぅ〜!
ママ、Yolは一体どうしたらいいの!?!?!?!?!?
全ステージを通して感じたのは、彼女の技術と表現の素晴しさ。
まず、歌唱技術。
音が確実にあるべき音にヒットし、高かろうが低かろうが、三曲目以降は全く不安定なところがなかったのですが、それどころか、歌えば歌うほど益々エンジンがかかって艶が満ち満ちた素晴しい声になっていくのです。
それはピアノ、ピアニッシモ、フォルテッシモ、フォルテ、と移り変わろうと、高音から低音、低音から中音へと流れていこうが、どんな楽曲を歌おうが、音が不安定になることは決してなく、彼女の技術の高さと強靭な身体を思い知らされたのでした。
最高の歌唱技術。
だからと言って超絶技巧に走るがために表現力は陰りを見せることは微塵もなく、大げさに主張もしないまま、でも表立っての演技もしないのに歌の調子だけでこれほどまでに表現してしまうなんて、、、、。
あぁぁぁぁぁぁ、もうなんといったら良いのかわからない、しくしく。
今までにも何度も素晴しさを言葉で言い表せないもどかしさとぶつかっているのですが、今夜のデヴィーアの舞台も最高に表現しにくい最上級の舞台、いやもうこの言葉ですら陳腐でしかない素晴しいことこの上ないステージだったのでした。
| 私の生まれたあのお城へ連れていって 歌曲「アンナ・ボレーナ」 |
この切々と訴えかけてくるデヴィーアにもう抗うことも出来ずただただ目をウルウルさせながら集中して聴くのみ。。。。
そしてベッリーニ。
いいや、出来てますとも。
もう喜びまくっていますとも。
ここから先は、もう素晴しかった!という記憶しか残っておらず、全ての記憶が吹っ飛んで
「素晴しい、素晴しい、素晴しい、素晴しい、素晴しい、素晴しいったら素晴しい!」
それだけ残ってあとはもう脱力感だけなのです、
何度も言うようだけれど、本当に私、どうしたらいいの?
| おお、幾たびかあなたのために 歌劇「カプレーティとモンテッキ」 |
しかししかし!ここで
わたくし、オペラの「海賊」には心を惹かれたことは一切なくて、やはり海賊はバレエに限る!と断言するバレエ心棒派だったはず。
でももういや!
なにこれ!!!??????
素晴しすぎる!どうしたらいいの???????
あまりの素晴しさに、家に帰って「海賊」を聴いてみたのですが、聴くべきではなかったと後悔。
これはデヴィーアだったからこそ素晴しかったのだと再認識です。
やはり他の誰を聴いても心が動かない。
彼女だからこそ、そして生の舞台だからこそ素晴しかったのです。
ピアノの伴奏だけでシンプルに聴かせるデヴィーアに、私はもう心酔どころの騒ぎではおさまらなくなってしまいました。
その素晴しさは筆舌に尽くしがたいのです。
困る、こんなの聴かされたら今後はもう海賊のCDが聴けなくなる!
でもやはりこれほどまでに素晴しいものを聴いたことが嬉しい!
そしてヴェルディ。
聴いた事がない馴染みのない楽曲ですらもうウルルルルル。
そしてこれが予定されていた最後の曲、
小さい会場にブラボーは木霊して、
木霊して木霊して
何度も繰り返されて繰り返されて
拍手をする手に益々力が入る頃アンコールの一曲目。
| さようなら、過ぎ去った日々よ ヴェルディ「ラ・トラヴィアータ」より |
ピアノの旋律が聞き覚えのある音色を奏で始めたその瞬間から「やった!」と思ったのですが、そんなことよりやはり素晴しすぎるのです。
デヴィーアの歌が切ない、つらい、あぁ、切な過ぎる、、、、。
不思議なことに、急に顔中の穴と言う穴からお水がツー。
もう涙と鼻水が滝ですがな。
彼女の「ラ・トラヴィアータ」。
これはもう私の目が黒いうちに全幕を見せていただかないと完全には昇天できかねます!
そして
観客達はオペラを知り尽くした老練老獪たちばかりであるからして(ヲぢ比率かなり高し)それまで拍手のタイミングもきっちりしっかり音がやんでからだったのに、あまりに素晴しすぎたのか、デヴィーアが歌い終わるか終らないか、ピアノだってまだ完全に演奏をとめていないのに、まだ余韻の残っている最中から待ちきれない拍手が次々と起こり、みんなのボルテージがいつの間にか、静かに地下でうねるマグマが耐え切れず地上に漏れ出してしまったかのように、沸点を突き破っていることを認識したのでした。
アンコール三曲目は
| 氷のような姫君の心も プッチーニ「トゥーランドット」より |
この曲でとうとう私も堪えきれずスタンディング・オベーション。
沢山の人がスタンディング・オベーションでデヴィーアと、そして最初から最後までピッタリ息のあった伴奏で彼女を支えた、そして時々楽譜を捲る音も激しく共に頑張ってくれたロゼッタ・クッキに心からの賞賛の拍手を送り、舞台の幕は閉じたのでした。
先ほど
「そのまま別れましょう」
と話したにもかかわらず、やはり感動を分かち合わずに別れてしまうにはあまりに惜しく、激しく興奮しつつ駅まで向かった私たちでありました。
本当に素晴しいリサイタルと素敵な出会いに感謝。
さて、家までたどり着くのを待てず、Madokakipにメール。
「感想、聞きたくない?」
の一言。
「聞きたい、聞きたい!」と返してきた彼女に
「もし、今私が街角でばったりデヴィーアに会ったとしたら、
『リサイタル素晴しかったです、感動しました!』
って言おうとしたらもう嗚咽が止まらなくなって言葉にならないと思う。
それ位もう物凄かった。
もう感極まって涙が止まらないの!
次から次へとパーフェクトな歌唱にもうズキュンズキュンやられて、観客はブラボーしっぱなし!
私、はっきり言って息してなかったと思うわ!」
とまくし立てるような感想を送信。
更に追い討ちをかけるように、
「あなた、例え一泊三日でもNYからこのためだけに来るべきだったわよ。」
と。
。。。。。これって意地悪よね、よく考えたら。
ごめんね♪madokakip♪
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