ババロア流

一度の人生。自分流に生きるしか術はございません。

映画な日々

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主にDVDでの映画鑑賞の記録と雑感の、ひとり映画鑑賞部。
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最近の韓国映画は勢いがあるなあ。話題作がいっぱいだ。

そういえば昨年、韓国最大級の映画賞である第37回青龍映画賞で、
日本の俳優・國村隼が男優助演賞と人気スター賞のダブル受賞したというニュースを聞いたとき、
なんだか嬉しかった。

政治的に色々ある中で、文化や芸術は国境を越えるというのを、しみじみ感じた。
その映画は『哭声 コクソン』。
韓国で大ヒットしたらしいけど、血みどろホラー系?みたいなので、
私は観ないだろうけど(怖すぎる〜〜。笑)。

で、私が観たのは、ドキュメンタリー『あなた、その川を渡らないで』(レンタルDVDだけど)

うーん、これは感想を書くのがとても難しい。
話題作だから沢山レビューが上がっていて、「純愛」の二文字がそこかしこに躍っているけど…

私のような斜め45度の人間には、この「純愛」という砂糖でまぶしたような言葉だけで、
このドキュメンタリーをまとめられない。
これは、もっと力強くて逞しい骨太の人生ドラマだ。

98歳と89歳の老夫婦の姿は、老いているだけで、ヤワではない。
鋼鉄のように強いのだ。
でないと、その「純愛」とやらも手には入らない。
「純愛」は、その強さの一部分を表したに過ぎないと、思う。

そうとう過酷な人生だっただろうと、想像できる話が出てくる。
12人の子どもを産んで、そのうち6人もの子どもを亡くしたと。
そこには時代背景として戦争があり貧しさがあった。
それでもなお、人は生きるのだ。その生をまっとうするまで。
どんなに苦しかろうと辛かろうと、悲しみは胸に秘めたまま、生きるのだ。
そうしてそれは、より一層、二人の絆を強くしていっただろう(と、私の予測に過ぎないけど)。

手つかずの自然が豊かな過疎の村(古時里=コシリ)の四季が美しい。
カメラは淡々とナレーションもなく、日常を追うだけ。
なんてことないささやかな日常には、二人の心が注がれていて、そこにこの夫婦の高い精神性を見る。
志しとか、そんな大層なことじゃなく、小さなことだからこそ、それは顕著になるのだ。

流れに逆らわず、ただただ自分たちの運命を受け入れ、それを大事にしただけだと、
そんなふうにも取れるけれど、それは私たちの父や母が生きた時代の姿にも重なって、
熱いものがこみ上げる。

レビューでこういう夫婦になりたいとの声をたくさん見た。
無理だよ、滝にでも打たれない限り(笑)。

二人はいつも韓服を着ていて、それがとてもキレイ。
その中でも私が一番気に入ったのが夏の韓服。白とブルーが爽やかでペアがかわいい。

ちなみにこのドキュメンタリーは、チン・モヨン監督がたまたまこの夫婦のことを知り、1年間、この夫婦と寝食を共にし、一人でカメラを回して撮影したとのこと。それもまた、感動ものだ。

※写真は以前作った私流ワカメスープ。韓国では誕生日とかお祝いのときに飲むとかで。


『あなた、その川を渡らないで』2014年韓国
監督・撮影 チン・モヨン

初恋のきた道

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※おざなりが台湾取材で買ってきてくれたウーロン茶を飲む。まろやかな味わい。
器は、昔、撮影のときに使った中国茶器、普段使いのもの。


今日はずいぶん前に観て感想もすでに書いていたものを、ここに転載。
アジアにはまっていたころで、またまた中国に飛びます。

いやーこれはたまらん!どツボ!どストライク!
文革時代の中国の貧しい片田舎のじみーな映画。
初恋をした少女の一生が語られる。
が、特にあれやらこれやらドラマチックで甘い表現がされているわけではない。

少女の一張羅のピンクの上着、おさげを結ぶ黄緑の毛糸、嬉々として作るご飯、
彼に会いたくて走る野山、転んで割れた器、そこから飛び出るキノコの水餃子、来ない人を待つ吹雪の日。

チャン・ツィイーが演じる少女時代は、これ以上はない、というくらいけなげだ。
枯れた野山に、可憐に咲いた一輪の花のように。

序盤は年老いたところから始まる。
最初は、なんて頑固な婆さんや、って思ったのだけど…そーじゃなかった。
頑固なんじゃなくて、頑丈なんだ。精神が頑丈なんだ。
それは「愛」に裏打ちされたものとして。
少女時代もさることながら、この老婆になった少女の行動は、
ただただひとりの人を愛し、仲睦まじく慎ましやかに生きてきたであろう長い人生を彷彿とさせる。
村はずれにポツンと建つ、小さな学校を軸として。

食べていくだけで精一杯の貧しい暮らしが、実はこんなに豊かなんだと感じさせる。
最低限のモノしかない粗末な部屋は、いつもきちんと整理されささやかな食事もすごくおいしそうで。
丁寧に暮らすとはこういうことかと。
しっかりとした強さがある。

まだとても書き足りなくて、じわじわと後から後から、何かが湧いてくる映画だ。
何度も何度も観たくなる映画だ。
そのうち、また借りて観るだろうと思う。
チャン・イーモウ監督すばらし!まさに名作であります!」

『初恋のきた道/我的父親母親/The Road Home』1999年中国
監督   チャン・イーモウ
脚本   パオ・シー
出演者  チャン・ツィイー 

推手

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昨日、ネット徘徊中にGyao!の無料配信で、たまたま見つけて観た。
これはレンタルしようと前々から思っていたので。
だって、監督アン・りーのデビュー作でしょー。

『ウエディング・バンケット』『恋人たちの食卓』とともに「父親三部作」の最初というじゃないか。
2作ともなかなか面白かったので、興味があった。

3作全部に父親役でラン・シャンが出ている。
父親のキャラが同じようで、ずーっと続きを見ているような感じがするけど、
中国の代表的な父親像なんだろうなあ。いわば、小津映画の笠智衆のように。

物語はこの父親・朱老人と、NYに住む息子アレックスと米国人の妻マーサとの同居から起こる、
日常の悲喜こもごも。いやあ「喜」はほとんどないんだけれど(笑)。
でも、なぜか、そんなに悲惨な感じでもない。そこはコメディタッチだからだろうか。

朱老人は太極拳の達人。毎日居間を占領して太極拳の練習をしている。
マーサは作家の卵。毎日PC相手に執筆をしている。
この二人は、毎日顔を突き合わせているということ。
英語も話せず、自分のスタイルを変えようとしない老人と、現代の米国女性マーサとでは
当然、ソリが合うわけもなく。

いやもう、見ているとどちらの焦燥もよくわかる。
で、板挟みのアレックスの苦しみもよくわかる。
誰も悪くないんだけれど、そう、誰も悪くない。
けれど、物語はどんどん悲しい方へと流れていく。
じんわりと、悲しい方へ。
家族間、国際間、世代間のギャップ、とりわけ老人の孤独感は切ない。
けれど結末は、ウン!それでよし!と思う。
その辺の細かい演出は、やっぱりさすがのアン・りー。上手い!

朱老人の言う「子どもが自立したら親も自立しないと」の言葉は、深く胸に刺さる。
言うのは簡単だけど、
これができずに家族のもめごとが起こっているような気がするから(渡鬼のようなね。古いか)。
もう、永遠のテーマだ。
それには、社会的なシステムも必要なんだけれどねぇ(←自分のこととして考えている。笑)

題名の『推手』は、中国武術の練習法のひとつらしいが、相手との触れ合いの妙がすべて(かな?)。
それによって勝ったり負けたりするような?
いや、この関係を表していて、すごい深いタイトルだなあと思って。

美術担当として、特筆したいものがある。
朱老人は書も達人で、贈り物の掛け軸用に書道をしている場面が出てくる。
このときの「書」がもう素晴らしく鳥肌モノ! 
もうもう、ここだけを何回もリピートした(笑)。
もちろん、代筆だろうけど、いやあ、目に焼き付いて離れない。
出来上がりを全部見てみたかったよお。

いちばん印象に残ったのがそれという(笑)。

※写真はリコさんのお土産、中国の珍しい器。ちょこよりも小さく超薄い。

『推手/pushing Hands』1995年台湾・米国
監督   アン・りー
脚本   アン・りー ジェームズ・シェイマス
出演者  ラン・シャン ワン・ライ ワン・ボーチャオ デブ・スナイダー

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今年の映画鑑賞始め。

これは私の持っている本『Cinema Table』においしそうなパンケーキプレートが載っていたので、
ずっと観てみたいと思っていた。※写真はその本のページ。映画のイメージで料理が再現されたもの。
だけど…うーん、何と言えばいいのだろうか…

久々に後味の悪い映画を観た感じで。
うーん、うーん…うーん。
なぜにこんな結末にしたの?って監督さんに聞いてみたい(笑)。
解せないのであります。

というのも途中まで、終盤にさしかかるまでは、
非常にいい感じで名作かもって感じで進んでいたのに、最後の方でえ?ってつんのめりそうになった。
ウソだろ〜って思わず叫んだし(笑)。

いやあ、最後は重要でっせ。何でもそう。別にベタな結末を望んだわけじゃない。
しかし、反転のやり方が違うんじゃないかと。
諸々、腑に落ちない。未消化だろ〜監督さ〜ん。

物語の中心となる田舎のカフェ「Spitfire Grill(スピットファイア・グリル)※原題はこれ」は、
とてもいい感じだし、こんな所があったら毎日通いたいくらいだし。
景色も美しいし、主人公もその村人たちもなかなか良い。
のになあ。ああ、もったいない。ああ、残念だ。

まあ「よかった」という人もいるだろうから、この辺でやめておくけど、
わたし的には終盤の脚本を書き換えたい衝動に駆られる。
って、逆に観たくなったでしょ?笑

ネタバレしないように(ある意味もったいないから。笑)ちらりとあらすじを。

ある小さな村に5年の刑期を終えてやってきたパーシーは、新たな人生を踏み出すために、
この村のカフェ「スピットファイア・グリル」で働き出す。
カフェの主人は無愛想な老女ハナ。
カフェを中心にこの若い女の子パーシーとハナや村人との交流が始まっていく。
が、前科者ということで村人たちの見る目は冷たい。
そんななか、理解しようとする人たちも現れてくるのだけれど・・・
と、ここまで。モヤモヤしてネタバレ書きそうだから(笑)。

もし、観ようとする人がいたら、ぜひネタバレは読まずに観てほしい。
なぜ、私が残念がっているかがわかると思う。
そう、最後のほう、何とかならないものか(笑)。
で、ついでに言えば、この邦題より原題のままのほうが良かった気がする。
結局、結末は、パーシー(天使?)ではなく、このカフェのことなんだから。
主題が入れ替わった感じがするから、いよいよ???が増すのだよ。


『この森で、天使はバスを降りた/Spitfire Grill』1996年米国
監督   りー・デヴィッド・ズロトフ
脚本   りー・デヴィッド・ズロトフ
出演者  アリソン・エリオット エレン・バースティン マーシャ・ゲイ・ハーデン

花様年華

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映画も料理もアジアにはまった今年の夏。ある日の夕食は、台湾の白玉肉団子スープ。


※以下は(観たものの記録として)別のところで投稿していたものを転載。


今日は1日ずっとユラユラしていた。
『花様年華』の映像が頭から離れず。
バイオリンの音色(夢二のテーマ)とラテン音楽(キサス キサス キサス)がいまだに耳から離れないし。
いやーもうヤバし! これは大人の恋愛映画の傑作だ。上質で上品で、そこはかとなく匂い立つような情感に溢れている。もう、ため息もの。長くなるけど書かずにいられない(もったいないからネタバレはしない。笑)。

舞台は1960年代香港。二組の夫婦のW不倫の話。と書けばメロドラマよろしく身も蓋もない。
言いたいのはそこじゃなく、表現の美しさのことだ(これは不倫じゃないと成り立たない表現の数々ではあるが)。

ウォン・カーウァイ監督が描くその世界はストイックでミニマムで、余分なものを一切取り払っている。抑制した愛情表現は熱を内包し、ずっと微熱が続いているような状態とでも言おうか。
そう、最後までウォン・カーウァイは、多くを語らず隠したままで。
「想像せよ」と、言われているかのように。逆にそれは(観る側にとって)とても豊かなものを与えられているということに、最終的には気付くのだ。
その手法はクリエイティブの本質を突いて、うーんさすがだ。

登場人物は必要最少限度、主人公二人(トニー・レオンとマギー・チャン)の言葉数は少なく、秘して語らず。場面も繰り返し同じ所が出てくる。
暗い階段、間口からしか見えない台所、狭っ苦しい部屋、薄暗い路地裏。

その心情を映し出す細やかな演出が素晴らしい。
手の動き、予行演習、雨の夜、燻らす紫煙、左手薬指の指輪、青い魔法瓶、朱いカーテン、鏡、時計、そしてスリッパ。それらは物語の謎解きアイテムにもなる。

そうして誰もが絶賛するマギー・チャンのチャイナドレス姿。
長い背中が艶かしく色香が漂う。
20着を越えるチャイナドレスは、すごく襟高でスマート。エレガントありシックありモダンあり華やかあり、と、どれも素敵だ。
イヤリングやぷらぷら下げているパチンと留めるバッグも。
ドレスと部屋のインテリアをチェックするためだけにもう一度観なきゃ。
今回、小道具係はポーっとしていてチェックしきれなかったので(笑)。

トニー・レオンのスーツ姿やタバコを燻らす後ろ姿、ポマードべったりの髪と切ない眼差しも、負けず劣らず。

ああもう、ビジュアルは挙げるとキリがない。他のウォン・カーウァイ監督映画、またまた観る気満々。


『花様年華』In the Mood for Love 2000年香港・フランス 

監督  ウォン・カーウァイ
脚本  ウォン・カーウァイ
出演者 トニー・レオン マギー・チャン

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