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ダンナさんが会社の人から「参考になる」といただいたそうです。 七田式とか、いろいろと有名な教育法があるようですが いくつか読んでみた結果、結局は「のびのびと育てようぜい」というのが我が家の達したところです。 単にメンドウってのもあるけど(笑) なんか、どれかに頼って「こうしなきゃ!」ってなるのが 一番こどもに負担になる気がするんですよね〜 〜以下、本より気に入った箇所の抜粋です(私なりの解釈で適当に端折ってる箇所があります)〜 子を産んで、自分が抜け殻になった気持ちを持つのは、自然なことだと思います。 でも、これから子どもと一緒に生きて、こどもが巣立った後も自分の時間がたっぷりあることでしょう。 後ろ向きの失せ物探しに余念のない日々を送っていては悲しいです。 子どもを叱ってるように見えて、実は怒りが押させられないだけ (「かわいがり」と「甘やかし」について) 子どもの「買って買って」攻撃の時期がありました。 それが豪華な不用品のときは「私も欲しい。でも高くて買えないから、またいつかね」と言います。 お菓子のときは、一つだけ選ぶことにして、二つ目をカゴに入れようとしたら前のとどちらがいいか考えてもらいます。 買えなかったお菓子は「またこんど買おうね」と言います。 がっかりさせる暇を与えず「お醤油があったら教えて。すぐいるから」と頼みます。 あなたは大事な人に優しくされたらつけあがりますか? 優しくされたら普通、「そうだ私も謙虚になって、相手を喜ばせよう」と思います。 「優しくすればつけあがる」なんていう世俗的な心配を忍び込ませるのは悲しいことです。 甘やかし過多は確かに怖い。でもかわいがり不足の方が、ずっとずっとず---っと怖い可能性もあります。 (坊やのおちんちんがあまりにかわいくて、「友達がやっていると聞いて、私も思わずしゃぶってしまった」という文章を他の本で読んだことについて) 「みんなやってると言うから私も・・・ああかわいい」の類の記事を、数回見かけました。 それは親がやりたいようにやっただけで、子に必要なことをしたわけではありません。 「そういう人は多い」という言い方で、賛同を得ようというのもわかりません。 正しいかどうかは、同じ行為をする母親の数ではなくて、「子ども自身にとってどういうことか」です。 どういうことかと言えば、「否」を言えないあかちゃんが、小児性愛、セクシャルハラスメント、フェティシズム、強姦の、一方的被害者になったということです。 子どもを母親の所有物にしようと思えば、簡単にできます。 だから怖いと思います。↑内田春菊著の「私たちは繁殖しているイエロー」に同じようなエピソード(子どものをなめた、しゃぶった、という行)があります。 松井さんは、この点については眉を顰めていますが、内田さんの著書自体については、おすすめされています。 私も読みましたが、漫画で読みやすいです。内容はけっこう過激なママです・・・ 「ぶたれる。痛い。やめる」で何も考えない大人を作るか、「こういうことはよくないから自分でやめる」と判断できる大人を作るか。 子どもの前の私たちは、手を上げたくなる気持ちに流されるか、ふみとどまるかの瀬戸際で、その都度重大な岐路に立たされている この子は私につながる者であっても、私の物ではない 「おかあさん」の好きな絵本を探します。 読み手の好きな本が一番いい本だからです。 読む人が楽しく読んだとき、絵本に向かう心のはずみが伝わります。 赤ンボは一番近い他人。 きちんと話せばわかってくれる。↑松井さんおススメの井上きみどりの著書より 頭を使うこと。 注意の仕方:何度でも静かに言い続ける。 叱り方:覚めた頭で平然と叱る。 怒り方:頭が冷えたら謝る。 (子どもにテレビを見せない訳) おかあさんが笑えば、何がおかしいかわからなくても笑ってしまい、友達が泣けば自分も悲しくなってないてしまうような、よく働く柔らかい心を、子どもは本来持っています。 テレビのお友達にも、最初は相づちを打ったりお返事したりしていますが、一方通行であることをすぐに学習して、聞き流すようになります。 (先輩おかあさんからの言葉) 勉強だけは絶対怒っちゃダメよ。 勉強は叱られてするものではないからね。 勉強が大嫌いになっちゃうよ。 だけど誉めすぎてもいけない。 あまり誉めると「いいところだけ見せれば、おかあさんを喜ばせられる」と学習してしまって、悪い点を取ったときに見せなくなるの。 そういうときこを助けが必要なのだから、親に見せてほしいでしょ。 だから、誉めない叱らないが大事↑私のダンナさんは、一浪して東大に入学しましたが、その一年間以外は特に公立学校以外の教育(=塾や家庭教師、通信教育等)を受けていません。 親に「勉強しなさい」といわれたこともないし、誉められたことも叱られたこともないそうです。 宿題は「するのが当たり前」と自分で判断していたそうです。 誰かを批判したり、なにかを否定したりする行為は、ものごとの否定的な側面に目を運ぶことです。 そうすると、生きることが子どもにとっても自分にとっても、大変で大変で仕方ないものになります。 「批判からは何も生まれない」 「子どもを可愛がろうよ」というのは「子どものいいところをきちんと見て、親も元気になって起き上がろうよ」という意味であり、考えてみたらそれ以外に、子どもの心を育てる方法はないように思います。 |
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子どもはほっといても手をかけすぎても、成長しないんですよね。
つくづく、仕事に対して考えることが多いです。
叱るという行為が、なかなか難しいです。
怒られた経験はなんどもあるけれど、叱られた経験てほとんどないなぁ。
2007/9/17(月) 午後 9:37
オードリーちゃんはお仕事柄、また私とは違う思うところがあるんでしょうね。
私にはまだ未知の世界だけど、難しいながらも気をうまく抜いてこどもと接していきたいと思います^^
2007/9/19(水) 午前 11:54
子育てって、大変そうです。友人たちの話を聞く等だけで、私は経験がないので実感がわかないんですよね。自分が子供のときに、こういうのは良かったとかイヤだったとかなら、わかるんですけどね(笑)
褒める教育が良いのかと思っていましたが、褒めすぎも良くないんですね★
2007/9/19(水) 午後 7:17
AKOさん、私もまだ経験がないので同じく、です。
でも、心理学入門みたいな感じで、けっこうおもしろいです♪
仕事でも使えそうなネタ、多いですよね♪
2007/9/20(木) 午後 3:48
ダンナさまはスゴイねえ〜!^^v
2007/9/21(金) 午後 4:44 [ ゴロベェ ]
まだ結婚もしていないのに、子供は私立にいれた方が良いか・・・とか話すことがあります(笑)☆★
2007/9/21(金) 午後 7:50 [ ★☆YUU☆★ ]
ゴロベイさん、一長一短です(笑)
2007/9/24(月) 午後 3:18
ゆうちゃん、それが現実の話題になる日がいずれ来るんでしょうね〜。楽しみね♪
2007/9/24(月) 午後 3:19
岐阜にすんで30年、先生の本早く読みたかった。どれだけ子供にとってよくない、母丶であったか、、一生かけて、よい母になろうとおもってます
子供を前に、理想的ばかり掲げ、基本忘れて、しかってばかりの日々、難しいバイオリンをやらせて、大切な外遊び後回し、でもたくましく、育つ奇跡でした
なんとか、私と違う、思いやりのある大人になってくれました。やり方は違ってむも、なんとかなりました。
2017/4/28(金) 午後 4:23 [ 波多野みな子 ]