源氏物語のすべて=写本・本文・訳・音=美しい文章と文字(紫式部)

古典は小学生から学ぶとよい。[源氏物語] 写本・本文(原文)・現代語訳 を比較して見ると便利。 古典を読む-小中高大学生涯教育、

源氏物語概要

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第3部と宇治十帖

第3部と宇治十帖
「匂宮」巻以降は源氏の亡き後、光源氏・頭中将の子孫たちのその後を記す。特に最後の10帖は「宇治十帖」と呼ばれ、京と宇治を舞台に、薫の君・匂宮の2人の男君と宇治の三姉妹の恋愛模様を主軸にした仏教思想の漂う内容となっている。
第3部および宇治十帖については他作説が多い。主なものを整理すると以下のとおりとなる。
「匂宮」「紅梅」「竹河」は宇治十帖とともに後人の作を補入したものであるとの小林栄子による説。 宇治十帖は大弐三位(紫式部の娘賢子)の作であるとする説。一条兼良の『花鳥余情』、一条冬良の『世諺問答』などによる。また、与謝野晶子は「若菜」以降の全巻が大弐三位の作であるとした。 別人の作説 安本美典 文部省(現文部科学省)の統計数理研究所(「雲隠」までと宇治十帖の名詞と助動詞の使用頻度が明らかに異なるという研究結果による)なお、通説では第3部はおそらく式部の作(第2部執筆以降かなり長期間の休止を置いたためか、用語や雰囲気が相当に異なっているが、それをもって必ずしも他人の作とまで言うことはできない)というものである。また、研究者のあいだで通説においても、「紅梅」「竹河」はおそらく別人の作であるとされる。(「竹河」については武田宗俊、与謝野晶子の説でもある。)

その他の説 原『源氏物語』短編説 - 原『源氏物語』は、「若紫」「蛍」程度の短編であるとの説。和辻哲郎による。 後挿入説 - 一部の帖があとから挿入されたという説。「桐壺」1帖(室町時代の『源氏物語聞書』、与謝野晶子の説)、「帚木」「空蝉」「夕顔」3帖(風巻景次郎の説)など。

主要テーマ(主題)の諸説
「源氏物語の主題が何であるのか」については古くから様々に論じられてきたが、『源氏物語』全体を一言で言い表すような「主題」については「もののあはれ」論がその位置に最も近いとは言えるものの、未だに広く承認された決定的な見解は存在しない。古注釈の時代には「天台60巻になぞらえた」とか「一心三観の理を述べた」といった仏教的観点から説明を試みたものや、『春秋』、『荘子』、『史記』といったさまざまな中国の古典籍に由来を求めた儒教的、道教的な説明も多くあり、当時としては主流にある見解と言えた。『源氏物語』自体の中に儒教や仏教の思想が影響していることは事実としても、当時の解釈はそれらを教化の手段として用いるためという傾向が強く、物語そのものから出た解釈とは言い難いこともあって、後述の「もののあはれ」論の登場以後は衰えることになった。
これに対し、本居宣長は『源氏物語玉の小櫛』 において、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張した。この理論は源氏物語全体を一言で言い表すような「主題」として最も広く受け入れられることになった。その後明治時代に入ってから藤岡作太郎による「源氏物語の本旨は、夫人の評論にある。」といった理論が現れた。
明治時代以後、坪内逍遥によって『小説神髄』が著されるなどして西洋の文学理論が導入されるに伴いさまざまな試みがなされ、中には部分的にはそれなりの成果を上げたものもあったものの、
そもそも『源氏物語』に西洋の文学理論でいうところの「テーマ」が存在するのか。 『源氏物語』に対して西洋の文学理論を適用することおよびそれに基づく分析手法を用いた結果導き出された「テーマ」に意味があるのか といった前提が問い直されていることも多く、それぞれがそれぞれの関心に基づいて論じているという状況であり、源氏物語全体を一言で表すような主題を求める努力は続けられており、三谷邦明による反万世一系論や、鈴木日出男による源氏物語虚構論などのような一定の評価を受けた業績も現れてはいるものの、広く合意された結論が出たとは言えない状況である。源氏物語のそれぞれの部分についての研究がより精緻になるに従って源氏物語全体に一貫した主題を見つけることは困難になり、「読者それぞれに主題と考えるものが存在することになる。」という状況になる。平成10年(1998年)から平成11年(1999年)にかけて風間書房から出版された『源氏物語研究集成』では全15巻のうち冒頭の2巻を「源氏物語の主題」にあて、計17編の論文を収録しているが、源氏物語全体の主題について直接論じたものはなく、すべて特定の巻または「○○物語」といった形でまとまって扱われることの多い関連を持った一群の巻々についての主題を論じたものばかりである。

藤原氏と源氏
『源氏物語』は、なぜ藤原氏全盛の時代(作者の紫式部も藤原氏で、その上『尊卑分脈』注に「紫式部是也(中略)御堂関白道長妾」とあるなど藤原道長の愛人とされる)に、かつて藤原一族が安和の変で失脚させた源氏(朱雀天皇以降、皇后に源氏がなったことはなく、常に藤原北家からの皇后である)を主人公にし、源氏が恋愛に常に勝ち、源氏の帝位継承をテーマとして描いた(王朝物語の全てが源氏が勝利する(例えば『狭衣物語』の狭衣中将)ことを含む)のか。この疑問に対して
『源氏物語』を著したのは藤原氏の紫式部ではなく源氏の源高明らであるとする推理作家である藤本泉の説
恨みをはらんで失脚していった源氏の怨霊を静める為であるという逆説の日本史などで論じた井沢元彦の説
がある。 尤も、このような見解についてはそもそも紫式部の当時藤原氏と源氏(あるいはその他の氏族)との政治的な対立は「藤原氏の完全な勝利」ですでに決着しており、当時の政争とは藤原道長とその甥藤原伊周との対立などほぼ全て「藤原氏内部での権力闘争」であった。また藤原道長の正妻が源倫子であるなど、氏族として藤原氏と源氏が対立しているとは言えず個人的な対立関係の範疇を超えないとして、問いかけの前提の認識に問題があるとする見方が多い。


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