鷹狩山の展望台からみる北アルプスの山々の中で、いちばん目立つのは高瀬川と篭川の谷の間にはさまって、手前にぐぃつと出張ってきているように見える蓮華岳でしょう。
正面の高瀬川の谷を登ってゆくと、葛温泉や湯俣温泉といった、山の秘湯があり、さらに奥へゆくと、以前ご紹介した加藤文太郎氏が遭難した北鎌尾根が控え、その尾根の先端はご存知、槍ヶ岳です。
そして右手篭川の最奥は、立山黒部アルペンルートの長野側の基地、扇沢です。
観光客はここからトロリーバス(今年、2018年度でトロリーを廃止し、充電式電気バスに転換します)に乗って黒部ダムに向かうわけです。
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(爺ヶ岳の種まき爺さんは、大小二人います)
 
鷹狩山から見える雪形として有名なのは、爺が岳の種まき爺さんでしょうか。
私はずっと「じじがたけ」だと思い、「じじがたけスキー場」と呼んでいたのですが、今回「じいがたけ」が正当な呼び名だとしりました。
それも「じい」にアクセントがあるそうです。
いやぁ、勘違いとは怖いものです。
しかし間違いを認めることに躊躇してはいけません。
もうひとつ、鹿島槍ヶ岳の鶴と獅子でしょうか。
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「じい」で思い出したのですが、昔、デューク・エイシスに「黒部四代」という歌がありました。
「おじいが黒部に、ダムをつくった」ではじまる歌詞は、「息子よ、黒部にダムをつくれ、山はきれいだ、おじいとおやじの墓を飾ろう」で結ばれています。
歌詞からお察しの通り、祖父は雪崩で、父もトンネル事故で既に亡くしているという、悲しい歌なのですが、あの山の向こうにある黒部渓谷には、黒部ダムの下流にも仙人ダムがあり、建設工事の際に宿舎もろとも雪崩に押し流され、数百人が犠牲になったと記録にはあります。
あの歌を聴くなら、ここ鷹狩山からが相応しいような気がします。
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(ここからは、大町市の夜景に変わってゆく様子をご覧ください)
 
鷹狩山について詳しく調べてみましょう。
標高は1,164m。
信濃大町駅の標高が713mですから、駅からの標高差は450m以上あります。
そして向き合う山は蓮華岳でも駅から標高差が2,000m以上あります。
だからこれだけ高度感があるわけです。
家の方の展望台からの景色とは迫力が違います。
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そして山頂には金毘羅神社があります。
お祭りしてある金毘羅権現は、山岳信仰と修験道が混ざった神仏習合の神さまで、その由来はインドの天竺にある霊鷲山に住むクンビーラが大元といわれています。
お隣の山の名前は霊松寺山ですし、確かに修験者が千日回峰行をしていそうな雰囲気です。
だからでしょうか、パワースポットだそうです。
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またここは県が恋人の聖地に指定したため、ティファニーのオープンハートのお化けみたいなオブジェがあります。
なんで恋人の聖地なんでしょうかね?
他の指定場所は車山高原と八千穂高原の白樺林だそうです。
景色が良いことと、星空がきれいなことですかね。
鷹狩山のお隣、美麻村には天文台があったと記憶しているので。
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なお、この夜景を撮影したとき、夜空は近年の日本において、なかなかお目にかかれないような星空でした。
近くに大きな街がないので、星がよくみえることと、大町市の夜景と、天空の星の帯が、ダブル天の河みたいでしたよ。
ああ、それで恋人の聖地か!
牽牛(ベガ)と織女(アルタイル)ね。
しかし、あれは別居している恋人が、年に1度だけ会えるって話ではなかったでしょうか。
私は年齢も年齢ですから、神の臨在を感じていましたが、やはりパワースポットに間違いないでしょう。
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なお、1階にトイレのある展望台ですが、外見はしょぼいものの、ポテンシャルはすごく高いのです。
外から見ると3階建てくらいにしか見えないのですが、実際に階段を登ってゆくと、5階分くらいの高さがあります。
私たちはそれに気づかず、撮影に夢中になっていて、いざ撤収しようとして真っ暗な状況で展望台の建物に入って、はじめてそれに気づきました。
それに、この展望台に登らないと、標高で日本20番目の立山(大汝山)は見えないみたいです。
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こうして写真を見ていても、類似の場所は日本にあまりないと思うくらい、特異な景色だと思います。
(だからパワースポットなのかもしれません)
また空気が澄む季節になったら、ぜひ立ち寄りたい展望台です。
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(北斗七星がはっきり見えました)

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スイスの観光名所にベルナーオバーランド(Berner Oberland=「ベルン州の高地」という意味)地方があります。
アイガー(標高3,970m)、メンヒ(〃4,107m)、ユングフラウ(〃4,158m)という三山の名前は、行ったことのない方でも一度は耳にしたことがあるかと思います。
「ユングフラウ」はドイツ語で「若い娘=乙女」、「メンヒ」は同じく「修道士」という意味であるのはガイドさんから聞いて知っておりましたが、絶壁で有名な「アイガー」にはどのような意味があるのでしょう。
ラテン語の形容詞で「鋭い」という意味の“acer”または、ゲルマン語で「槍」を意味する“Ger”のどちらかから転訛したといわれています。
いずれにしても、日本語に直したら「尖山」とか「槍ヶ岳」になるのでしょう。
 
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団体旅行の場合、まず、麓のグリンデルヴァルト(Grindelwald)までバスで行き三山の北壁を見上げます。
そこから車両を借り切った登山電車に乗ります。
ウェンゲンアルプ鉄道(Wengernalpbahn)でクライネ・シャイデック(Kleine Scheidegg)まで行き、ユングフラウ鉄道(Jungfraubahn)に乗り換えて、ヨーロッパで最も高い位置にある駅、ユングフラウヨッホ(Jungfraujoch=3,454m)駅まで登ります。
因みに「ヨッホ」とは、ドイツ語で山と山の間のたるんだ一番低い部分のこと。
日本語だと鞍部、フランス語だとコルのことです。
そして、トップ・オブ・ヨーロッパと名付けられた展望台から裏手のアレッチ氷河を眺めることは、スイス旅行のハイライトといっても過言ではありません。
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(鷹狩山展望台の裏、大町市八坂地区にある金熊温泉。なぜかアヒルのオモチャがたくさん湯船に浮いているのでした)
 
しかし、何度も行った経験からいうと、前述したルートよりもインターラーケン・オスト(InterlakenOst=インターラーケン東)駅から、ベルナーオーバーラント鉄道(Berner Oberland Bahn)に乗ってラウターブルンネン(Lauterbrunnen)まで行き、そこからウェンゲン(Wengen)経由の鉄道で登った方が、氷河で削られてできたU字渓谷を底、側面、縁と堪能できます。
ウェンゲンに宿泊してそこから夏季営業のスキーゴンドラに乗り、終点のメンリッヒェン(Mannlichen 2,342m)で三山を眺めてから、クライネ・シャイデック駅までミニトレイルをしたこともあります。
こうすると、アップダウンが殆どなく、前に三山を眺めながら見通しのよい尾根をゆくトレッキングができるのです。
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(日没時にゆきました)

山ですれ違った見知らぬ人に、「コンチニハ」と言葉を交わすのは、ヨーロッパでも同じです。
ここはベルン州だから、”Grüessech”(グリュエッサ)と挨拶します。
これがチューリッヒあたりだと”Grüezi”(グリュツィ)になり、お隣オーストリアのチロルにゆくと”Gruess Gott”(グリュスゴット)になるのは、スキーに行って覚えました。
 
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あちらの録は牧草地帯なので、総じて眺めがよいわけですが、宿泊した民宿の女将さんによると、三山を眺めたいのならグリンデルヴァルトの裏山にあたるフィルスト(First 2,200m)に登るか、インターラーケン近郊まで下って、別の登山鉄道に乗ってシーニゲプラッテ(Schynige Platte 2,000m)に登った方が、より美しく見えるとのことでした。
彼女によると、あまり山に寄りすぎると、お昼近くになると山の陰に入ってしまうし、場所によっては前座の山が視界を遮ることもあるそうです。
その点、谷を隔てて山を見た方が、山が麓からすくっと立ち上がっているさまがよく見えるとのことでした。
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確かに、富士山を眺めるのなら富士山に登るよりも周囲の山に登った方がよいに決まっています。
五合目から見ても、富士山はあまり迫力がありません。
それに、青木湖の例ではありませんが、あまり寄りすぎると手前の山に隠れてしまうことも多々あります。
 
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そこで、日本においてベルナー三山のように連なっている山を、谷を隔ててみる場所というのは、どこだろうと、地理オタクの目線で探してみました。
あのように切り立った山で、雪をいただいているとなると、日本では南、中央、北の各アルプスではないかと思います。
次に深い谷ですが、これが難問です。
日本に氷河はあっても立山連峰の山の谷に小規模なものがあるだけで、スイスのような大規模な圏谷(氷河が削ってつくった大きな谷のこと)は、ほとんどないといわれています。
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ということは、河川の形成した谷や盆地を挟んだ展望台を探さねばなりません。
前に勝沼や塩山の裏手に連なる山で、展望が効きそうな林道をブロンプトンで走ったのですが、甲府盆地は谷にしては広すぎて、南アルプスが迫って見えるという感じがありませんでした。
中央アルプスだと、高鳥谷山、戸倉山、陣馬形山などを思い浮かべますが、戸倉山は道がないし、他の2つも道はあっても公共交通機関がありません。
北アルプスも、白馬村のお隣の小川村にアルプス展望広場があるのですが、そこもバスで行くには不便です。
行けないことはないみたいですが。 
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(日没後、影が消えるのは日の出前と同じです)

最終的に目をつけたのは、信濃大町の東にある鷹狩山展望台です。
今回は車にブロンプトンを積んで行きましたが、公共交通機関を使うなら大町市民バス八坂線で相川までゆき、そこから4.6㎞の道のりについて、標高差が239mある坂を登れば展望台に辿り着けます。
この林道ですが、自分の印象からすると、舗装はしてあるものの、標高差200mを越えると、かなり大変です。
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とはいえ途中平らな場所もかなりあって、ところどころ押し歩きすれば、ブロンプトンでも登坂は可能だろうと感じました。
また、大町市の観光協会によれば、信濃大町駅から徒歩2時間とのことですが、真夏や真冬はやめておいた方がよいと思われます。
夏は暑くて蒸して展望が効かないでしょうし、冬は積雪がありますから。
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展望台は、森林まなび公園の中にあります。
公園といっても、キャンプ場と売店兼食堂が一軒あるのみ。
そのお店も、営業時間が午前11時から午後2時と昼食時間のみ開いています。
(木曜日定休)
この日は夕方から夜にかけて撮影を目的にしていたため、施設には全く人の気配はありませんでした。
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左から、餓鬼岳(2,647m)、餓鬼のコブ(2,508m)、唐沢岳(2,673m)、三ツ岳(2,845m)、鳥帽子岳(2,628m)、南沢岳(2,626m)、不動岳(2,601m)、北葛岳(2,551m)、蓮華岳(2,799m)、大汝山(=立山3,015m)、赤沢岳(2,678m)、鳴沢岳(2,641m)、岩小屋沢岳(2,630m)、爺ヶ岳(2,670m)、布引山(2,584m)、鹿島槍ヶ岳(2,889m)、五竜岳(2,814m)、白岳(2,514m)、唐松岳(2,696m)と、ざっと20座はみることができます。
実際には左方向に身を乗り出せば、燕岳、有明山、常念岳、蝶ヶ岳なども見えましたし、右方向へ目を移せば白馬三山も見えましたから、端から端まで30座は見えたかもしれません。
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次回は鷹狩山からみた雪形や夜景を説明します。

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(前回からの続き)
乗り換えにかかる時間は、新幹線が16両編成と長いため、どの車両から乗り換えるかによってもだいぶ変わってしまいます。
東海道新幹線の1号車(下り先頭=自由席)や16号車(下り最後尾=指定席)に乗って、ホームを延々と歩かされ、「今度からは絶対に真ん中に乗ってやる」と思った記憶のある方も多いと思います。
東海道新幹線の場合(他も新幹線は同じでしょうが)、ホームの端に階段やエスカレーターが設置してある駅は、建設された経緯から考えてもほとんどありません。
名古屋駅で新幹線から近鉄線に乗り換える場合、のぞみ、ひかり、こだま等列車種別にかかわらず、下りは12号車のなるべく数字が若い座席番号(座席番号1が11号車にもっとも近い)に乗車しましょう。
号車番号を忘れても、グリーン車の2両後ろの車両と覚えておけば間違いありません。
予約時、12号車のDE席が既に満席であれば、その前の11号車のDE席を押さえておくことです。
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(11号車東京寄りドア、12号車新大阪寄りドアから、東京寄り階段へ)
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写真で示しておきますが、東海道新幹線下り一番列車であるひかり493号が名古屋駅17番ホームに到着したら、12号車新大阪寄り前方(または11号車東京寄り後方)ドアから出て、ホーム東京寄りにある階段、或いは11号車新大阪寄り前方ドアから、新大阪寄り下りエスカレーターをおりましょう。
東京寄り階段を降りたら右へ、新大阪寄り下りエスカレーターを降りたら左へ、北(桜通口)側に在来線乗り継ぎの乗り換え口があるはずです。
ここの改札機に新幹線指定席特急券、乗車券を重ねて投入すると、乗車券だけ出てきますから、そのまま改札を通り抜けて新幹線駅から出ましょう。
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(11号車新大阪寄りドアから出て、新大阪寄り下りエスカレータで乗り換え口へ)
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乗り換え口を出たら、正面の細い通路をそのまま直進し、突き当ったら右へ曲がり、南通路を目指します。
再度突き当り、南通路に出たら左折して広小路口へ向かいます。
南通路が突き当たる手前に、右前方へ下る階段があるのですが、これが広小路口への階段です。
(名鉄線の場合は、広小路口を出て、細い路地を信号機無の横断歩道で渡った右手にあるビルへ入り、地下へ降りると乗り場があります)
広小路駅へ下る階段を右手にみて、正面に向かって下る階段がありますが、これが近鉄線への通路です。
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(乗り換え口を出たら、正面の細い通路へ直進します)
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階段を下った右側に、近鉄線の窓口がありますから、ここで名古屋までのJR乗車券を出して、行き先(今回は伊勢朝日駅)と730分発のアーバンライナーに乗りたい旨を告げましょう。
アーバンライナーは全車指定席ですから、次の桑名駅までであっても、ここで特急券を購入しなければ乗車できません。
近鉄線のきっぷ販売窓口は二つしかありませんが、あなたが週末のひかり493号の11号車に乗って、17番ホームから寄り道せずにこれたなら、前に並んでいる人はほぼいないと考えて間違えありません。
なぜなら、その日の品川、及び東京始発ののぞみはまだ名古屋に到着していませんから。
平日の場合、前回の旅でご紹介した、日立や東芝など四日市にある石油・重化学工業など大手企業も含めたビジネスマンと競争になる場合もありますが、土曜日や日祝日の場合はまず問題ないでしょう。
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(南通路を左へ)
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(近鉄線乗り換え口は正面。乗り換え口が混雑している場合は広小路口へ)
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(JR線から近鉄線への乗り換え口。右側の窓口で特急券が買えます)
 
どうしても心配であれば、前もって近鉄線の乗車券および特急券を購入してくことをお勧めします。
関東地方で近鉄の特急券を販売しているのは、大手旅行会社の窓口です。
(いちばん近しいのは、近畿日本ツーリストさんでしょう)
旅行会社は駅の窓口と違って営業時間も短く、たいがいは夕方の17時から19時くらいに閉まります。
また街中の店舗の場合、大手旅行会社であっても個札(単品の乗車船券、航空券等を販売する窓口を、業界用語でこのように呼びます)売り場は(儲からないから)小さくて、閉店ぎりぎりに行くと購入できない場合もあります。
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(乗り換え口が混雑している場合は広小路口を出てすぐ左へ)
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(建物は出ずに、売店の先をもう一度左へ)
 
たとえば、新横浜駅で購入しようと思ったら、みどりの窓口ではなく同じ駅構内にあるJR東海ツアーズへ行かないと近鉄線の特急券は購入できません。
ところが、朝6時ちょうど発のひかり493号に乗ろうと5時半に新横浜駅へ到着しても、JR東海ツアーズの窓口が開くのは845分(平日は8時から)になります。
こんな場合に備えて、近鉄特急は会員登録なしのインターネットによるチケットレスでクレジットカード決済の特急券を販売していますが、それで予約をしていたとしても、乗車券だけは別途購入しなければなりません。
乗車券だけであれば、乗り換え改札の窓口脇に自動券売機が2基ありますので、こちらで購入可能です。
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(左へ折り返して階段を下ります)
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(近鉄線改札口)
 
最後に、JR名古屋駅構内の南通路から近鉄線へ続く階段を下りて行って、右手にある2つの窓口、2基の乗車券売機に長蛇の列ができていたら、迷わず降りかけた階段を上りなおして、広小路改札から駅をいったん出て下さい。
改札を出たらすぐ左折して売店をまわりこむようにしてまた、左折。
つまりビル内でUターンする格好です。
ここで間違えても名鉄線の表示に従ってビルから出たり、改札を背にそのままふらふら直進したりすることのないように。
ビルから出ても、改札を背に直進しても、近鉄線への入口はありません。
Uターンしたら、そのままロッカーの並ぶ通路を直進します。
ちょっと不安になるくらい桜通口方面にすすむと、意地悪く物陰に幅が細めの下り階段を認めますので、再度Uターンしてこの階段を下れば、近鉄線の改札口に出ます。
そんなことはまずないと思うのですが、イベント(例えば鈴鹿サーキットやNEMUリゾートで大規模な催しが開催される場合)がある場合、JR線と近鉄線の乗り換え改札口はボトルネックにならないとも限りません。
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(新横浜駅のきっぷ売り場では、近鉄線の特急券は買えません)
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(新横浜駅早朝では、お弁当屋さんも全部は開いていません)
 
ここまでの説明で、下りエスカレーターがついている箇所は、新幹線ホームからの部分のみ。
それも、グリーン車の前の下り口であり、11号車からでは遠回りになります。
だから、ブロンプトン以外のお荷物はなるべく小さく、軽くして、重い荷物とブロンプトンの両方を抱えて右往左往しないためにも、前もって宿泊箇所へ送付しておきましょう。
とにかく、6分あれば落ち着いて行動すれば大丈夫。
どうしてそうまでして20分早く旧東海道の旅に復帰せねばならないのか、と問われそうですが、それは「これまでの旅の反省から」としか申し上げようがありません。
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(名古屋駅のJR線から近鉄線への乗り換え口)

旅は早立ち早切り上げがいちばんよいのです。
それは人間が自然を相手に仕事する姿勢と共通しているかもしれません。
旅とはもともと慌ただしいものなのです。
最大の敵は「どうしよう」と焦って不安になるご自身です。
途方に暮れた先に、必ず救いや別の解決策が提示されます。
神は乗り越えられぬ試練は与えないのですから(笑)
たとえアーバンライナーに乗り遅れても、1分後に発車する特急券不要の急行に乗れば、JRよりも安く、早く、目的地に到達できるのです。
ここは”FestinaLente”「ゆっくり急げ」の精神を発揮する場面でもあると思います。
ブロンプトンをつれた海外鉄道旅行の練習だと思って、ぜひ挑戦してみてください。
(おわり)
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(近鉄線の主改札前切符売り場。曜日と時間帯によってはこのように混雑します)

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旧東海道の旅も、桑名を過ぎて四日市に向かうくだりまで進みました。
関西本線の朝日から名古屋で東海道新幹線に乗り継いで新横浜駅で下車し、帰宅したわけです。
尺取虫方式の旅においては、次回、前回終了した地点まで行って、そこから先をブロンプトンで走るというのがルールです。
当然、前回自宅へ戻った旅を逆にすることになるわけです。
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そこで、次回の為に新横浜から朝日までの行き方を調べてみます。
往復の交通費が嵩むため、一日あたりの走行距離を伸ばしてなるべく遠くまでゆきたいわけですから、これまでの往復同様に、次回初日はできるだけ早い時間帯に、旧東海道の旅へ復帰したいということになります。
当然、新横浜を発つのは6時ちょうど発のひかり493号広島行きになります。
東京や神奈川に住む、尺取虫方式での旧東海道を旅する人々にとって、このひかり493号をうまく活用することが、旅全体の成否を左右するといっても過言ではありません。
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さて、ひかり493号は次のような時刻になります。(20186月現在)
ひかり493号広島行き 新横浜(600発)――――――――――→名古屋(724着)
乗り継ぎのJR関西本線は、平日と土休日では列車が違います。
【平日】
普通列車亀山行き  名古屋(727発)――――――――――→朝日(809着)
普通列車四日市行き 名古屋(743発)――――――――――→朝日(818着)
【土休日】
普通列車桑名行き 名古屋(727発)―――→桑名(809着)
普通列車桑名行き 名古屋(736発)――――――――――→朝日(819着)
名古屋での東海道新幹線から関西本線への乗り継ぎは6分ですから、乗り継ぎ時間が3分しかない727分発の列車は、かなり厳しいと言わざるを得ません。
次回ご説明する新幹線の乗車車両と乗り換え経路を守れば、何とかなるかもしれませんが。
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では、関西本線と並行して走っている近鉄名古屋線はどうでしょう。
桑名の駅は一緒だし、少し手前に伊勢朝日という旧東海道にもろに面した駅がありました。
近鉄名古屋駅の時刻表は以下の通りです。
AL=アーバンライナー:近鉄名古屋〜桑名間 運賃とは別に特急料金510円要)
特急AL難波行き 近鉄名古屋(730発)―→桑名(746着)
  (乗り継ぎ)普通列車伊勢中川行き    桑名(751発)―→伊勢朝日(757着)
急行五十鈴川行き 近鉄名古屋(731発)―→桑名(752着)
(乗り継ぎ)準急近鉄四日市行き       桑名(759発)―→伊勢朝日(808着)
なんと、特急利用なら8時前に伊勢朝日駅に到着可能です。
なお、名古屋駅における東海道新幹線と近鉄線の乗り継ぎ時間は、標準で15分となっています。
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運賃についてみてみましょう。
新横浜駅からJR関西本線の朝日駅までは、通しで6,260円です。
これに対して、名古屋駅から近鉄線を利用すると、新横浜〜名古屋間の5,620円に近鉄線の近鉄名古屋〜伊勢朝日間の乗車券490円を加えて、合計6,110円、やや!わずか150円ですが、名古屋から近鉄線を利用した方が安いのです。
JR同士の乗り継ぎより、他社線を利用した方がトータルで運賃が安く上がるとは、どういうことでしょう。
新幹線はJR東海の運営ですが、関西本線がJR西日本の管轄だから?
いえいえ、関西本線も名古屋から亀山までの間はJR東海が運営しています。
(おかげで亀山を境に電化・非電化で分かれてしまい、直通列車は1本もありません)
関西本線が地方交通線扱いで運賃が割高?
いえいえ、関西本線は(実態に即しているかどうかはともかく)、全線が幹線扱いです。
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原因はJRの運賃距離計算にあります。
JR運賃が遠距離逓減制(距離を長く乗れば乗るほど、1キロメートルあたりの運賃が割安になること)をとっていることは、旅好きならご存知でしょう。
スマホで自動計算している人は気づかないでしょうが、当初3㎞刻みだった運賃表は、100㎞を越えるところから20㎞刻みに、1001㎞からは40㎞刻みになります。
つまり、20㎞、40㎞もの間同一運賃が続くものの、たとえ1㎞でも境を越えてしまうと運賃が跳ね上がるわけです。
新横浜を始点にした場合、桑名で下車しても、四日市で下車しても運賃は6,260円で変わりません。
その代わり、桑名のひとつ手前の長島駅で下車したら5,940円になります。
たかが320円と侮れません。
歩いているときは1本のペットボトルが命綱ですし、47番目の関宿と48番目の坂下宿を結ぶコミュニティバスの運賃は100円です。
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話しを戻しましょう。
時間と運賃を優先するなら近鉄急行を利用するのが、時間を最優先するなら近鉄特急(近鉄の急行より510円、JR利用より360円割高)ということになります。
20分かそこいらのために、510円払う必要はないと考える向きもありますが、歩きなら約2㎞、ブロンプトンなら倍の4㎞のアドヴァンテージがあります。
名古屋乗り換えで旧東海道の旅に復帰する場合、桑名であろうと、四日市であろうと、その先に鈴鹿峠越えが控えているはずであり、1㎞でも先へ進んでおいた方が良いので、近鉄の特急を利用すべきだと思います。
なお、この話が通用するのは近鉄四日市駅、およびそこから乗り換えてゆける「四日市あすなろう鉄道(旧近鉄内部線)」の内部駅までの話しであり、それより先の、庄野、亀山、関、坂下の各宿場へのアクセスは、駅からの距離の関係でJR利用に限定されます。
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ひとつ重要なことを忘れていました。
名古屋駅において、東海道新幹線から近鉄線への乗り換えが15分もかかるのに、どうして724分に到着したひかり493号から、730分発の難波行き近鉄特急アーバンライナーに乗れるのか?という点です。
JRとしては、できるだけ自社線を利用してほしいものだから、関西本線への乗り継ぎは6分に対して、名鉄線や近鉄線との乗り継ぎを15分なんて倍以上に設定していますが、実際はそんなことはありません。
JR在来線との乗り継ぎが69分であれば、近鉄線ならせいぜいプラス3分程度、名鉄線でもプラス4分くらいです。
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なぜ乗り換え時間の設定を多めにとるかと云えば、「〇分で乗り換えられると書いてあるのに、実際は乗り遅れたじゃないか!」というクレームを避ける為です。
杖をついたお年寄りや子ども連れの家族、乗り換えるのか下車するのか気にも留めていない、おしゃべりに夢中になって歩いているグループの旅行者と、目的をもって行動しているビジネスマンや旅行者では、乗り換え時間が倍以上開いても当然です。
私がナビタイムなど、スマホの乗り換え案内を利用しない理由のひとつに、この標準乗り換え時間への不信があります。
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それに、日本人にありがちな「なんとなくみんなの行く方向についてゆけばいいや」という安易な感覚は、ともすれば旅においては、危険に身を晒す結果にもつながりかねません。
その時はたまたま前をゆく人のお陰で上手くいったとしても、次回も同じような結果が得られるとは限りませんから。
旅をして思うのは、最終的に責任を負うのは自分だけだということ。
だから、「自分で乗り換えてみよう」「自分の足で○○まで行ってみよう」という気概をもつことが大切です。
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これは旅においても、人生においても大切なことなのではないでしょうか。
失敗した時、思い通りに行かなかったとき、自分で受け容れられるか、他人や環境のせいにして転嫁するかで、その人の生き様というのはよくわかります。
出来たら次回への自信になりますし、たとえ失敗しても、それを糧にまたの機会に創意工夫を加えて再挑戦すればいいのです。
その点もまた、旅も人生も一緒だと思います。
ちょっと長くなってしまいましたので、具体的な乗り換えの様子は次回にします。
(つづく)
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京都で味をしめて、というわけでもありませんが、混雑した電車を避けて、早朝に新宿へゆき1時間ほどブロンプトンで散歩してみました。
もし自分が別の地域や別の国の人間だったとして、ブロンプトンをつれて旅をして、新宿に宿泊したとします。
朝、朝食前に1時間新宿の街を散歩するとしたら、どこを走り、何に足を止めるだろう。
こんな想像をして家の近所や近くの街をブロンプトンに乗って走ってみると、普段見えなかったものが見えてきます。
常に旅人としての視点を持つ事。
旅を仕事にしていたときには職業柄、余計なことを考えてしまいましたが、今ならもっと自然にお客さん目線に近い観察ができている気がします。
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今回は、歌舞伎町から大久保方面に走ってみました。
新宿を知らない人であれば、散歩するなら方角は選ばないでしょう。
新宿という街は、甲州街道を西方向へ走る以外はどこへ行っても下り坂になってしまい、帰りには坂を登ってくる羽目になります。
ただ、大久保、新大久保あたりなら、まだ台地のうえです。
夜にはあまり安全とはいえませんが、朝なら問題ないでしょう。
ということで、花園神社裏手の新宿ゴールデン街から漕ぎ出します。
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小説の舞台になり、映画やドラマのロケでもおなじみのゴールデン街も、朝はひっそりとしています。
中には「オール」で営業していたのか、お客さんと店員さんの会話が聞こえてくる店もあります。
ただ、一店舗当たりの面積はかなり狭いですから、ブロンプトンをたたんでも足元におかせてもらえるかどうか。
それにお酒を飲んでも自転車だしって、朝ですぜ。
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私が高校生の頃、渋谷よりも新宿が大人の街だと感じたのは、新宿独特の文化の存在が大きかったと思います。
遠藤周作の小説にもたびたび登場していましたし。
お客が店長になってしまった店、マスターが日替わりの店など、いろいろあるようです。
「黒部」や「気仙坂」(岩手民謡)など、地名にちなむお店にも惹かれますが、「くさんちっぺ」とか「クリシュナ」など、哲学好きにはニヤリとしてしまう店名も。
前者は悪妻として有名なソクラテスの奥さんの名前、後者は青い肌の少年像であらわされることが多い、ヒンドゥー教の神さまです。
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この場所は浪馬にとっては外せません。
昔、悪い先輩につれられてはじめてストリッ…じゃありません(笑)
ここは周作先生の軽小説(にしばしば登場していた、ガストン・ポナパルドのモデルとなった、ジョルジュ・ネラン神父が「エポぺ」というバーを開いて、みずからバーテンダーになって人々の悩みに耳を傾けていた場所です。
当時中学生の私は、さすがに行けませんでした。
主人公になっているのは「おバカさん」でしたが、小説の中の役回りとして一番好きだったのは、「悲しみの歌」かな。
返事をするときは「ふぁーい」、リヤカーを引きながら「やけいも〜」とヤケクソのような声で客を呼び込み、「オー、そのことダメ、ノン、ノン」と自殺を必死で引き留めようとするその姿は、著者が描く無力のキリストそのものでした。
いまでも事あるごとにその姿は脳裏に浮かびます。
こんど古本屋さんでネラン神父の書籍を探して読んでみようと思います。
 
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こういう場所柄ですから、こういう洋服も入用なのでしょう。
ますますお盛んなようで…。
 
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これが噂のロボット・レストランですか。
ギンギラなのにどこか80年代の雰囲気を感じるのは、ロボットがそこ頃のデザインだから?
Styxの“Mr.Roboto”を思いだしました。
あれ、robotじゃなくてrobotoですが、ヘボン式ならrobottoですよ。
 
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それにしても、Americanなシェフとマネージャーはいいとして、“It’s right over ther(すぐそこ)って、「ここ」じゃないんですか。
これは広告で別なところにあるとか。
Is it alright ?
 
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歌舞伎町の「歌舞伎」の語源は「かぶく」。
その意味は傾く、人目につくような奇抜な身なりや行為をするという意味です。
そういう事情なら、彼らはこの街のど真ん中なんだなと。
 
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朝のホテル街。
外国人はこうした街の様子を見て、日本ってなんて旅行者に親切な街なんだろうと思ったというのは昔話。
今や業態転換して内装を変更し、本物のホテルに変わっている建物がありました。
ホテルはホテルでも、こちらは風営法、あちらは旅館業法と、分野が全然違うのです。
 
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ここも有名なバッティングデンター。
でも、海外からの人にはこれを見て何する場所だかわかるかどうか。
英語だと“Batting cage”になるのでしょうけれど、その言葉でイメージするのはグラウンドの脇や室内にある打撃練習場。
街中で、お金を支払って、練習ではなくストレス発散のためにバッターボックスに立つという状況は、背景を説明しないと理解してもらえないと思います。
 
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だんだん新大久保駅方面に近づいてまいりました。
新宿の同店から大久保のこの店まで、朝ならブロンプトンで5分です。
24時間営業のはずですが、開いている気配がみられません。
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自転車売り場も露天です。
傘とともに自転車はここ40年くらいでモノとしての価値が物凄く下がった気がします。
いや、二極分化したというか。
車、宿泊施設なども同じ運命を辿っているような気がします。
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一時より減ったとはいえ、やはり韓流の街です。
こうしてゴチャゴチャ感の増した路地を眺めていると、昔行ったソウルの街を思いだします。
あの頃は、お互い控え目な関係で、今のようなやかましさはなく、もっと落ち着いて街を観ていました。
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大久保通りに面した場所にある、全龍寺という曹洞宗のお寺。
場所柄仕方ないのでしょうけれど、「座るな」、「立ち止まるな」、「信徒以外入るな」と禁止だらけです。
こちらの方向に走ってきても、朝はお店も開いていないし、ほっと一息つける場所がないことに気が付きました。(つづく)

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