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薬 (ジョーク)

随分前ですが、(余計なことしなけりゃ良いのに、自分の薬と一緒に)
母が父の薬を用意して 「お父さん、薬をここに出しておきましたから、
忘れずに飲んでくださいよ。」と言い、あたふたと洗濯を始めました。
 
「はぁーい」と答えた父は、彼に与えられた最大の仕事である 
ごみ出しを始めました。
父は玄関を出たところで ご近所さんと挨拶、
フタコトミコトの世間話。 話してる最中にフト気になった庭の草、
あるいは落ち葉、はたまたゴミを拾って 手にしたゴミ袋に入れて
集積所へ。A型の父は無造作に置いてある 2−3のゴミ袋が気になる、
気になって寄せる、そこに来たご近所さんと 再び挨拶&世間話。
 
朝の日課を終えて戻った父が「あれぇ薬わぁ〜?」と
言った途端、ドタン音を立てて洗濯物を干してる母が倒れました。
 
そうです、 母は10分程度出しっぱなしになっていた父の薬を
自分のと勘違いして飲んでしまってました!
 
このときは、一部始終を(新聞を読みながら)見ていた私が
「お父さんに否はないッ、余計なことをしたおかぁさんが悪いッ、
これは完全にあんたの自作自演のドタバタ劇じゃッ、
医者に電話するなりして即座に対処しろ」と
怒りでワナワナ震えている母を怒鳴りつけたので
両親は派手な夫婦喧嘩を繰り広げることなく
その場は収まりました。
 
今後『物忘れ』はもっと激しくなるンだろうから余計なことはしないと、
母が学習したのかどうか?もっとも ひとりになった今は
余計なお節介もできますまい。 
このジョークを読んで あの日の両親を思い出して笑いました。
 
A man goes to the doctor with a swollen leg. After a careful
examination, the doctor gives the man a pill
big enough to choke a horse.

男は足が浮腫んでしょーがないので医者に行きました。
医者は足を触ったり擦ったり、診察を終えると医者は
馬さえ喉にツッカエルだろうと思われる デッカイ錠剤を
持ってきて 男に渡しました。

“I’ll be right back with some water,” the doctor tells him.

「水を持ってきますからね、ちょっと待っててください」

The doctor has been gone a while and the man loses patience. He
hobbles out to the drinking fountain, forces the pill down his
throat and gobbles down water until the pill clears his throat.
He hobbles back into the examining room.

そういって診察室を出て行った医者ですが待てどくらせど
戻ってきません。それじゃなくてもセッカチな男は
だんだんいたたまれなくなってきて、とうとうキレて
診察室を出て 待合室の水飲み場で そのデッカイ錠剤を
必死の思いで飲み下しました。

The doctor comes back with a bucket of warm water.
“Ok, after the tablet dissolves, soak that leg for
at least 30 minutes.”
 
その時です!!!! ぬるま湯をバケツに入れて診察室に戻ってきた医者が
「いやぁーお待たせしましたね。 すみません。
 ここに その錠剤を入れて溶けたら
 30分ぐらい足を突っ込んでください」って言ったのは!!!

女友達

高校時代の親しい友人3人で50歳の時に記念旅行をしました。
のちのち覚えておくためにも『全員が50歳のとき』と言う時期に
こだわりました。目的のひとつでもあった 訪問するイタリア在住の
ひとりも勿論50歳の時でした。
 
旅行中「この次は55だね」と言う案が出ましたが
55の時は3人とも50の時とは随分事情が違い
計画を練るには至りませんでした。 今『還暦旅行』という言葉が
目の前にちらつきますが、
それぞれが身の回りのしがらみを断ち切って出てこられるかどうか…
未知です。“50”は最高に良い時に”行っておいたと思ってます。
 
83になる母は親しい友達との関係も『自然消滅だわ~』と言います。
お互いに色んなところが痛くって会いに出て行くのも難儀だし、
電話で話しをしていても ツーと言えばカーと応えていた友人が
いまひとつ反応に乏しくなって、「話してても面白くないの
同じ話ばかりしてるし、どこどこが調子悪いって話ばかり〜」
自分のことは棚に上げといて、母は嘆きます。
 
同じアパートに住むおばちゃん仲間とバレーボールをするようになって
7年目です。(なんと アタシが一番若いンです!!!!)
7年もやっていると、それなりにボールを返せるようになってきて 
ボレーが続くとスコアは忘れる、誰がサーブしたかも忘れる。
バレー仲間の一人から『明日は我が身』とタイトルがついて
回ってきたジョークです。
 
 
Two elderly ladies had been friends for many decades. Over the years,
 they had shared all kinds of activities and adventures.
Lately, their activities
had been limited to meeting a few times a week to play cards.

One day, they were playing cards when one looked at the other and said,
"Now don't get mad at me ...  I know we've been friends for a long
time, but I just can't think of your name! I've thought and thought, but
 I can't remember it. Please tell me what your name is.. "
 
Her friend glared at her. For at least three minutes she just stared and
 glared at her.  Finally she said, "How soon do you need to know?"
 
ここにいる2人の妙齢のご夫人は 随分ながいこと
なにをやるのも一緒、買い物もアバンチュールも
嫁の悪口大会も一緒に楽しんできた友人同士でしたが、
最近は寄る年波に打ち勝てず、
週に何度かトランプをやるだけのお付き合いになっていました。
 
ある日 ひとりが「ねぇぇ あたしたち随分ながいこと
親しくしてるけど、ごめんなさい、最近貴女の名前が 
どーしても出てこないのよ〜。怒らないでね、でも全く思い出せないの。なんてお名前でしたっけ?」と尋ねると、
 
聞かれた方は 時間にしておよそ3分ほど、相手の顔を
睨みつけるように凝視すると 
「困ったわぁー、それって今教えなくちゃいけない?」と
尋ねましたとさ….チャンチャン。

8分の嵐

16日の夕方のことです。 雨がポツポツ降ってきたので
ベランダに出しっぱなしになっていた アイスボックスを家に入れようと
ベランダに出ようとした瞬間、 ちょっとやそっとの雨どころではない
騒ぎがすでに始まっていたのを認識しました。 
「なにこれ?」 私の声を聞きつけた亭主が飛んできて
われ等は声も出せず、 生まれて初めて見るような
“物凄い”嵐を見ていました。 たった8分間で通り抜けた嵐は
翌日 2つの竜巻が着地したと報じられました。
住宅が壊れたり車が横転したりする被害が相次いだと テレビのニュースや
新聞の写真で見ましたが、今日買い物に出て
私がこの目でみた爪あとです。
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9月11日

 
さっき 久々に ブログを更新したのに また ブログ更新って
「どーゆー風の吹き回し?」と、首を傾げられるのはごもっとも…
ニューヨーカーとして911日は忘れられない日…って単純な理由です。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 昨日友人から『30ぐらいと思しき美容師にカットしてもらったけど
(その美容師さんは)ジュリーもショーケンもぜんぜん知らない。
世の中そんなもんなんだろうねえ、、、まあ、そうして時代は変わっていくわけなんだな、と改めて感じさせられてしまった。』という
メールを貰い、私は私でリンカーンセンターの先輩ガイドの中に
いつも、かつて桜田淳子がかぶっていたような帽子をかぶってるおばちゃんがいて、まだ同僚の名前を覚えていない新米時代、日本人の同僚に
その先輩のことを「桜田淳子帽子のおばちゃん」と説明したら 
一人の同僚は即座に理解して大爆笑したのに対し、
若い方の同僚(36)は「桜田淳子?」と、まったく理解を示さず、
「唖然とした事がある」と、話しをしました。
 
初夏の頃、日本領事館で参議院選挙在外投票のお手伝いアルバイトを
しました。バイトは20名ほどで、3人ずつが一組に編成されました。
3人でうちうちの自己紹介のあと、定番の「何年ぐらい住んでいるンですか?」という質問を受けて、私が「30年にもなるのよ」と答えると
「エーッ じゃぁ貿易センターテロの時にはニューヨークにいたンですか?」とひとりが素っ頓狂な声を上げました。
 
その声でその場にいたアルバイトの全員!さらには領事館の方まで
「エーッ、あの時いらしたンですか?」と、まるで恐竜を見るかのような
驚異の視線を受けました。 
驚いたのは私の方です。『えーっ、ついこの間のことじゃん〜』と、
叫びそうになるのを堪えましたが、
あれから9年、9年という長さは確かに
駐在員ならばとっくに任期を終えて帰国し、
学生ならば卒業しているわけですよねぇ〜。
 
焦げ臭い巨大な貿易センターの跡地を見るたびに「ここが綺麗に
片付くってことあるわけ?」と何度も何度も思いました。
 
瓦礫を乗せたトラックが列を成して
スタッテンアイランド(Staten Island)のゴミ置き場に向かうのを
毎日見ていました。見ながら、毎月少なからぬ
“ごみ収集料金”に頭を抱えていた弱小企業の経理係は
「ゴミ処理料だけでいくらかかるンだろう?
一体誰が払うンだろうか?」と毎度考えました。
 
跡地を巡る問題はとぐろを巻いていますが、9年目のグラウンドゼロは
綺麗なもんです。
 
 
おひとりの訃報が気になって頭から離れません。
812日に64歳で亡くなった歌人の河野裕子さんのです。
 
興味がなくても、時としてヒトサマの詠まれた短歌が
フト私の琴線に触れると言うか〜
私のように歌に対しての教養も素養も無い者でも
「アッ、これ好き」とか
「アッこの感じわかる、わかる」とか
直感的に短歌が身近に感じられる瞬間があります。
 
河野さんは“私の贔屓番組”『NHK短歌』の選者をされていた
おばちゃんで、私は選者としての河野さんの観察力に
とても共感を覚えることが多々ありました。
 
そんな河野さんが選者を降り年に1度、今までの選者の先生方が
一同に介す『短歌大会』にも出席されていないのに気づいた頃、
河野さんは8年目にして乳がんが再発、ご自分の病気と闘いながら
認知症を患っている母上のお世話をされて母上を看取ったと言う
文芸春秋の記事を読みました。
 
さらにその極限の状況の時さえも河野さんは
歌を詠まれていると知り、検索して見つけたのが以下の歌です。
 
『美しく齢を取りたいと言うふ人をアホかと思い寝るまへも思う』
『大泣きをしているところに帰りきて あなたは黙って背をなでくるる』
『私より不安な不安な君なれど苦しむ体は私の身体』
 
母上も召された今 河野さんはご自分の病気とだけ
闘っていらっしゃるのだろうと思っていた矢先の訃報でした。
 
つい最近 (自身の)母上より2週間も前に逝ってしまった
友人の訃報に接したばかりです。
「河野さんは母上を看取ったそうだから〜マッ良いか…」と、
不謹慎な思いがよぎったことは事実ですが残念な方の訃報でした。
 

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