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昨晩、と言っても正確には今朝の3時ごろ、ものすごい雷鳴で飛び起きました。
バリバリバリバリーッ、 メリメリメリ….ズッドーン
「あぁ庭の木に落ちたな…でも起き上がって様子を見るほうが危ないから〜」と、
再び眠りに入った私は その後3度ほど同じようなすさまじい雷鳴で飛び起き、
その度「庭の木に落ちた…」と同じことを思い、そして再び眠りにすいこまれました。
戦時中焼け出された祖父母が疎開していた群馬県富岡市高瀬、現在は昔の
面影のかけらもない高崎へのベッドタウンですが、
当時はまだ人家も少なかった村の、遠い遠い親類の家を祖母と大叔母(祖父の妹)と
訪ねていた小学校3年生の夏休み落雷を体験しました。『そこの家に』雷が落ちました。
だんだん近づいてくる雷さんが怖くて怖くて
蚊帳の中で祖母にかじりついていた私の目の前が
真っ白になったとたん、轟音がして、振動が体を突き抜けた途端
すべての電気が消えました。
そこんチの前の沼の対岸にある家の灯りが見えているのを確認すると、
家主(爺さん)は「うちだけ停電してるってことは うちに落ちたンだろう」と、
平然と言い、私は更に祖母にがっちりかじりついて、
『東京にいればこんな怖い思いをしなくて済んだのに、
お父さんもおかぁさんも妹達もいない、友達もいないこんな田舎で
おばぁちゃんと2人、私はどうなるンだろうか?』
心細さに胸を締め付けられて泣いていました。
祖母だって(多分)それまでにない経験です。(多分)腰を抜かしていましたが、
「孫娘は私が守らにゃいかん」と責任感があったようで、
皆がバタバタうろたえる気配の暗闇で「大丈夫、大丈夫」と
ずーっと私の背中をさすってくれていたような記憶があります。
翌朝、 2階のラジオに落ちたと聞き 祖母の背中にへばりついたまま
ソーッと見ると真っ黒になったラジオが見えました。天井もこげていて
それを誇張して夏休みの絵日記に記録したのをはっきり覚えています。
『雷が落ちたこと』は作文にも書いたし、夏休み明け友達への格好の話題でした。
あの落雷体験がすっかりトラウマになって以来
雷鳴を聞くと身をすくませていた私ですが、50年近い年月が流れると〜
その家のおじさん、おばさん、祖母、大叔母(祖父の妹)と、
祖母と大叔母が東京からやってくることを聞きつけて前橋から会いに来てくれた
父の従弟の母上(この人も婆さん)…と、あのときの落雷体験仲間は全員鬼籍に入り
私も「庭に落ちたな…」と思いながらも健やかに眠れる図太い大人になりました。
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