ここから本文です

書庫全体表示

イメージ 1

この時代のものは、何を読んでも切ない・・・いろんな意味で


安彦良和の 虹色のトロツキー(全8巻) を読了。

満州の地。モンゴルの母と日本人の父を持つ青年、ウムボルト。
父の過去を知らないウムボルトは、満州の地で運命に翻弄されながら日本軍へと身を置くこととなる。
ウムボルトの人生とは? 満州という幻の国家とは何だったのか?
昭和初期の満州国を舞台に当時メキシコに亡命していたレフ・トロツキーを満州に招く
「トロツキー計画」とノモンハン事件を絡めながら、昭和初期の混迷を描く。


昭和初期の物語を読むと必ず切なくなります。

それはまだ私が祖父が前線参加していた世代の末端にギリギリ属している関係か、当時の政治的な
有り様よりも兵卒の立場に想いを馳せることが多いからだと思います。


さて本作ですが、主人公は蒙古人ウムボルトという青年にすることにより、当時の時代性を
より客観的に描くことに成功しており、このテーマ性の着眼点には脱帽です。

石原完爾など多くの実在の人物を交えながら、当時の政情が如何に「個々の信条、主義」に左右され、
その争闘の挙げ句に、あまりにお粗末な国策とも言えない史実が如実に語られています。
それは「偉い人」の凝り固まった思想に人生を左右される犠牲者の物語でもあります。

石原完爾の唱えた「五族協和=アジア一丸となって欧米帝国主義に抵抗する」理念こそは立派なもの
かもしれませんが、事実は日本人>他のアジアという民族差別からの脱却には至らなかった。
現実を踏まえない理想が如何に危険であるかも感じます。

ただ台湾出身小説家の陳舜臣なども語るように、世界の趨勢が帝国主義に流れている中でその流れに
抗うこと自体も無謀に過ぎるという意見にも頷く部分もあります。
先の大戦を肯定するわけでは決してありませんが、止めようのない時代のうねりはどうしてもあります。
(こういう意見は右傾と言われがちですが、決してそうではありません。歴史的な意味です)

この物語で感じたことは、日本は大東亜主義や五族協和などという理想を掲げながら中身は日本史観の
押し付けでしかなかったという事実です。
主人公ウムボルトは五族協和に希望を抱き、民族ではなく個人を見る大切さを強く伝えてきます。
皮肉も蒙古人であるウムボルトが、その理想を拠り所にし実現に尽力するのです。


あの戦争は一体何だったのでしょうか?
あの戦争における当事国同士の拗れがより強まっているためにタブー視されていますが、絶対に
「あの時代に何があったのか?誰が何を思ったのか?」をきちんと総括する必要は絶対にあると
思いました。

それは巨視的に多くの民族から語られるべきなのでしょう。

私たちは「なるべく」ではなく「絶対に」知るべきなんです。



何があったのかを・・・



その断片を知るいい機会です。

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事