ここから本文です

書庫全体表示

イメージ 1

「愛のムチ」と「暴力」は紙一重ではない(と思う)

元長知宏の「殴られて野球はうまくなる!?」を読了。
時代は変わった。現在、野球の指導の現場で、暴力を正面から肯定する人はまずいない。しかし、「暴力は反対。だが・・・」と思っている人はいまでも多い。そしていまでも、暴力事件はあとを絶たない。暴力はいまでも野球の身近にある。暴力なしでも、野球がうまく、チームを強くする方法はないのか? 元プロ野球選手、指導者、元高校球児など、関係者の証言から、「野球と暴力」、日本野球界最大のタブーに迫る。


筆者自身が元高校球児、元大学野球を経験しており、まさに野球と暴力が密接な関係にあった時代の経験者でもあることにより、より一層の説得力がありました。

主に扱われる暴力の加害者は、監督をはじめとする指導者と上級生であり、絶対服従を強いられる現状は、野球に興味があるものならば第三者でも感じ取れるでしょう。

それでも数々の取材では受動する側の選手たちの中には「愛情ある鉄拳は暴力ではない」と主張するものがあり、一見、暴力とは縁遠い印象のある元プロ野球選手の小宮山でさえ「全面否定はできない」といった立場であることに軽い衝撃を受けました。

高校球児にとっては甲子園は聖地であり、そこに辿り着くまでの過程では理不尽な暴力さえも是とする現状は如何ともしがたいものがあるようです。
それでもドミニカの野球アカデミーのように暴力やイジメが皆無の育成現場もあり、そこからメジャーリーガーが誕生している現実もあります。

暴力なしで野球が上手くなるなら、楽しめるのなら、ないにこしたことはない。
徐々にそういった現場は淘汰されつつあるようですが、個人的には本当にそう思います。

かの清原和博にしても「1億円もらっても、PL学園の1年生には戻りたくない」と言います。
一方でPL学園の寮生活こそがPL野球の原点であるとも言っています。
しかしながら、その絶対的な上下関係が仇となりPL学園野球部は廃部となりました。

私が一番印象に残ったエピソードは、鉄拳制裁と猛練習でなる有名監督が卒業後の部員の面倒も見ており、場合によっては相手先に出向いて土下座も辞さないといった内容。
本当に愛情ある人格者なら、なぜ殴らずにそういうエピソードが生まれないのか。
個人的にはすごく違和感を感じる話でした。

あと気になったのは殴った監督に感謝しているのは、甲子園に辿り着いたレギュラー級の選手ばかりだったのは気になりました。
補欠、ベンチにさえ入れなかったもの、故障により野球を断念せざるを得なかったもの。
そういった選手たちが愛情を感じ取ったのか?
とても気になる読後感でした。

「殴る」という行為は、一番短絡的で横着な解決方法だと思います。


顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事