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期待を大きく下回る大味な映画

人類がエイリアンとの壮絶な死闘に勝利を収めてから20年後の2016年7月。
エイリアンがアフリカに残した宇宙船が密かに覚醒する。
それは地球に仲間を呼び寄せSOS信号だった。

Resurgence とは、「復活・再起」を意味するとのこと。

衛星放送を録画したものをやっと観ました。
しかしながら、結論から言うと、どうしようもない凡作。


前作から20年後の世界という設定だけあって、懐かしい顔ぶれが続々登場する冒頭部分は期待通りの展開でした。


ところが、肝心要のエイリアンの ”お礼参り” 以降が一向に盛り上がらない。
20年前の大戦により人類が手に入れたテクノロジーを上回る脅威をエイリアンが見せつけてくれるのかと思いきや、さにあらず。
大して変わり映えもしない攻撃で人類を襲ってくるのです。


脅威が全く脅威として伝わってこない!
これがこの映画の一番ダメなところ、失敗だったと思います。
前作で感じた絶望感が全く感じられません。


続編が作られるようなラストの締めくくりになっていまいしたが、同じ脚本家、同じ監督だったら観に行く気がしません。
前作で唯一のビックネームだったウィル・スミスが本作に出演していないのも、脚本を読んで興味が失せたのではないでしょうか?


大作の続編って、本当に難しいですね。



クリーピー 偽りの隣人

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もっともっと後味の悪さを出せたはず


大好きな竹内結子さんが出演している「クリーピー 偽りの隣人」の感想。
もちろん映画館で観ました。

西島秀俊、竹内結子の夫婦が引っ越してきた一軒家の近所には一風変わった人たちばかり。
特に隣家の西野家の主人は、一見愛想がいいように見えるが、何か違和感を感じる人物。
その違和感とは一体何なのか?


怪しい隣人を香川照之が演じているのですが、この人は本当に達者な役者さんです。
この映画の香川照之が不気味で、いわゆるジワジワ来る恐怖というのを見事に演じきっています。
この映画、香川照之なしでは成り立たない怪演っぷりです。


一方で脚本の方は不親切の一言に尽きます。
物語の起承転結において、いちいち説明不足が目立つのです。
例えば、竹内結子さん演じる妻が、香川照之に籠絡されていく過程の描き方が雑なんです。
最終的にはクスリによって自我を奪われるわけですが、もういきなりクスリです!って感じで唐突に過ぎるのです。


クスリに至るまでの香川照之による心理的圧力をもっと丁寧に描いていれば、もっともっと不気味で怖かったはず。
心理サスペンスのはずなのに物語の展開が雑なんです。
クライマックスも含めて、一事が万事、説明不足の一言に尽きます。


あまりに気になったので、原作小説のあらすじを調べたところ、原作の方はもっと複雑な物語とのこと。
映画化するにあたり、エピソードの取捨選択はあって然るべきと思いますが、登場人物の行動原理について大事な部分を省き過ぎているように思えます。


物語が凄惨なものだけに鑑賞後の感想は ”後味悪い” のですが、登場人物それぞれの心理について丁寧に描いていれば、「もっともっと後味の悪い」面白いし作品になっていたはずです。


決してつまらない映画ではありませんが、もっと磨く余地のある映画でもありました。


一方で竹内結子さんですが、既婚者役は今回が初めてではありませんが、なんか主婦主婦してる姿が新鮮でファンとしては、これだけで満足感で一杯なんですけどね。はい。

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石原慎太郎 『天才』

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意外に淡白な語り口


かつて政敵であった石原慎太郎が描く田中角栄の伝記ともいえる『天才』の感想。


田中角栄といえば、ウィキペディアを読んでも波乱万丈という言葉が当てはまる壮絶な人生です。
ベストセラーになる要素は十分にあったと思うのですが、売れた一番の要因は ”あの” 石原慎太郎が田中角栄を語るという点であったと思います。


かくいう私もあのエキセントリックな石原慎太郎が田中角栄をどのように語るのか?
強い興味をもって手に取りました。
ところが田中角栄の一人称で語られる回顧録の形式をとった手法にまず驚き、読後はその淡白な筆致に再び驚くことになりました。


石原慎太郎の作品は一番有名な「太陽の季節」さえ未読の私ですが、ただ漠然と非常に攻撃的な文章を予想していたため、この小説における淡白な語り口に戸惑いさえ感じました。
率直に言えば、”特徴のない文章” というのが正直な感想です。
この点の違和感が読書中、ずっと気になってしまい、今ひとつ没頭できませんでした。


政界の権力争いやロッキード事件などショッキングな人生を語っている割にインパクトが薄いのも、その淡白な筆致が原因ではないか?と感じました。
この小説を読んだ限りでは、石原慎太郎の他の小説を読みたいという衝動は起きませんでした。
正直、小説そのものの評価よりも、田中角栄と石原慎太郎という組み合わせの妙がベストセラーに結びついたのではないでしょうか?

ただ、非常に読み易い文章であることも確かなので、”田中角栄がどのような政治家であったか” を知るには最善の入門書としてオススメかもしれません。


ちょっと期待はずれの一冊でした。

 

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ファンの期待通りだが、期待以上ではない


「ロッキー」シリーズのスピンオフ作品「クリード チャンプを継ぐ男」の感想。

年老いてイタリアンレストランを経営するロッキー・バルボアのもとに1人の黒人青年が現れる。
彼はアポロ・クリードの息子と名乗り、ロッキーにボクシングを教えてくれと乞う。



私はあらゆる映画の中でも「ロッキー」をはじめとする一連のシリーズを最も愛しています。
「ロッキー ザ ファイナル」でもうロッキー・バルボアには会えないと覚悟を決めていたので、再び彼に会えるということで公開当時、心躍らせて映画館に行きました。

まずアポロの忘れ形見という主人公のアドニスですが、もう少しアポロを彷彿とさせる演出なり演技なりがあった方がよかった気がしてなりません。
例えば、ファイトスタイルが次第にアポロの ”それ” に近づいていき、クライマックスで花開くといった演出があれば、ファンにとってもっと満足度の高い作品になっていたのではないでしょうか?
主人公のアドニスがアポロ・クリードの息子であるという最大の売りを埋没させてしまった気がしてなりません。

その一方でシルベスター・スタローン演じるロッキー・バルボアは、スピンオフでもロッキーであり、ファンとしてはとても居心地のよい時間を過ごせました。
スタローンはこの映画でしたアカデミー賞にノミネートされましたが、これはスタローンの演技にというよりも、ロッキー・バルボアという偉大なキャラクターが再評価された結果だと個人的には思っています。

スタローンはファンの贔屓目にみても、名優とは言えません。
ただスタローンは映画史に残る愛すべき男、ロッキー・バルボアを産み、演じるというよりも、その生き様を表現したということで、私としては最大限の賛辞を送りたいわけです。

映画の脚本は「ロッキー」と何ら変わりはありません。
ファンの期待通りではありましたが、期待以上ではありませんでした。

続編は作られるのでしょうか?
次はファンの期待以上のものであり、一般の人も満足させるかたちで、ロッキー・バルボアの大団円を魅せて欲しいと切に願うのです。

脳内ポイズンベリー

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意識の擬人化というアイディア

真木よう子主演の「脳内ポイズンベリー」の感想。

年下男子と年上男性の2人の間で悩むアラサー女子の葛藤を擬人化された ”ポジティブ” ”ネガティブ” ”衝動” ”記憶” ”理性” といった思考による脳内会議を描く物語。
脳内会議は彼女に幸せをもたらすのか?



公開された当時から気になっていた映画でした。
理由はもちろん擬人化された脳内会議というインパクト。
期待に違わず、脳内で右往左往する思考たちが愉快で飽きることなく物語に没頭できました。

物語中における現実世界の出来事は脳内への議題定義でしかなく、ありふれた男女の諍いでしかありません。
一方で脳内会議が楽しすぎて、現実世界へ展開がどうでもよくなるぐらいです。
ちょっと主演の真木よう子が哀れになるぐらい、脳内会議に美味しいところを持っていかれています。

ほとんど同じアイディアで同時期に公開されていた映画もありましたね。
ピクサー制作の「インサイドヘッド」です。
私は竹内さんのアテレコが目的で映画館に観に行ったのですが、「脳内ポイズンベリー」の方が ”脳内会議” というアイディアを上手く料理していたと感じます。

その差は何だろうか?と考えてみたのですが、思考たちの感情の振れ幅だと思います。
「脳内ポイズンベリー」の方が、過剰なまでに演出が派手なんです。
そもそもが実体のないものですから、演出は派手な方が面白いし、伝わりやすいのではないでしょうか?

アイディアを企画倒れで終わらせず、これだけテンポ良く愉快な物語に仕上げた監督に脱帽です。


一応、原作のマンガの方も読んでみましたが、物語や演出の整理の仕方という点では、個人的には映画の方が良く出来ていると思いました。

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