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ただ今回は勝手が違っていた。
相手は皇族。名を誠仁(さねひと)親王と言った。
1552年(天文21年)正親町天皇の第五皇子として生まれる。信長の支援、献金のおかげもあり、1568(永禄11年)に親王宣下、1579年(天正7年)には信長から二条御所を譲り受けている。これは信長が正親町天皇の後を自らの息のかかったこの誠仁親王に継がせ、朝廷を思いのままにしようという思惑の表れであった。
「右近衛大将殿(信長)が死んだのじゃ!まろはその恩に報いてここで死ぬ!」親王は叫んだ。
「いけませぬ、親王様。兄者の恩に報いるのであれば生きのび、即位なされるのです!」長益は言い返した。その隣で京都所司代の村井貞勝と勝長が肯いた。
「叔父上の言うとおりです、親王様。二条御所を勝手に乗っ取ったうえに、親王様にまでお亡くなりになられてしまわれては父上に合わせる顔が・・・」親王を避難させようという思惑は信忠も一緒だった。
「即位・・・か。明智の天下では不可能であろうが・・・ワシが右近衛大将殿の臣下に号令をかければ・・・あるいは可能かもしれん・・・わかった。まろは逃げる。」やりきれなさそうな顔で親王は言った。
「信忠、ワシは親王様を護衛し、内裏へお連れする。すぐに戻るから待っていろ。」長益はいった。
「わかりました、叔父上。頼みましたぞ。」信忠は了解した。
もはや長益と勝長は信忠の気迫に根気負けを喫して、二条で屍となる覚悟を決めていた______はずだった。
が、長益だけは違っていた。
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どうやら緊迫したやり取りがあったようですね。ポチ☆
2012/4/8(日) 午前 2:10
ポチありがとうございます。。。
2012/4/8(日) 午前 10:01 [ 島津は鈍足 ]