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JR王子駅から明治通り沿いに少し浅草方面にいったところに、 大きな溝田橋歩道橋がある。 この、 歩道橋というものは、 全く人を馬鹿にしたもので、 お車様が通るので、 お前らただの通行人は階段登ってどっこらしょ。 高齢者も赤ちゃん抱っこのお母さんも、 歩け歩けということのようだ。
Bruce道路交通法 第一条 歩道橋は、 これの設置を全面的に禁止する。
なんちゃって。
そういえば、 シンガポールでは、 歩道橋は少なかった。 なくはないが、日本よりも背が高く、 上り下りは大変なので、 人は、 J Warkする。特に元は中国人の華僑か、 はたまた食いっぱぐれの中国人放浪者でできているその国では、 遵法意識は低いから、 歩道橋の前後百メートル以上、 2メートル近い高さの中央分離帯J Wark阻止用フェンスを立てるのが一般的だ。
まあ、 歩道橋がなければ、 二階建てバスが、 楽に運用できる。 あれ、 俺、 二階建てバス7番に乗らなくちゃ。 俺の、 好きなものの一つ。 突然、 思い出した俺は、
単身生活の日曜日は、 長い。 何もしないでいると、 気が滅入るので、 映画でも、 見に行くか。 最近、 べドックにあった PRINCESS という映画館が潰れてしまったので、 7番バスに乗って、 シネマプラザまで、 行かないとならないが、 お弁当でも持って、 ゆっくり路線バスで行くのも楽しいだろう。 バスの中は、 飲食禁止だが。
まだ、 朝の8時には、 なっていないが、 チャンギ・サウス207 ホーカーセンターは 活気にあふれたいた。 赤道に近いこの島では、 朝の7時20分に陽が出て、 夜は午後7時20分から始まる。 変化は、 極めて乏しい。
馴染みのおばさんやおじさんに 「早!」 (ツァオ) とか、 Good Morning! とか言いながら、 焼きビーフン屋さんで、 ビーフンと中華麺のミックスに、 目玉焼きとスパムにキャベツの炒め物をトッピングして、 2ドル50支払う。 おばさん、 俺が好きなフィッシュケーキ(かまぼこ?)をひときれ入れてくれた。 ありがと!
朝ごはんは、 水果(現地では女へんがつく)を、 6個。 紙のお皿に米粉とスターチを混ぜと様なものを蒸し固めたのに、 切干大根で作った味噌をかけて食べるのだが、 これが何とも言えず美味しいのだ。 特に、 チョンバルースイクオと書いてある店は、 伝統の味を保っていて、 美味しい。 それでも、 1ドル50だ。
お弁当を鞄に詰め、 折りたたみの傘を確認したら、 7番乗り場に向かう。 切符は、 日本で言うスイカ方式だから、 買わなくてもいい。 日曜日だが朝だから、 格好並んでいる。 20人入るだろうが、 二階建ての2階には60人以上座れるから、 問題はない。
ステンレスのパイプを段違いに配置して、 ちょっと腰掛けられるようにした Waiting Line にたって、 バスを待つ。 バスは目の前に来ているが、運転手さんは休憩中で、 時間にならないと発車しない。 (当たり前だろう!)
このひと時。 俺は、 この上なく、 幸せになる。 遊びをせんと生まれけん。
バスは、 べドック、 シグラップ、 カランとチャンギロードを進む。 うまく二階の一番前に座った俺は、 人家の庭の中など、 二階からしか見られない景色を楽しみながら、 一層深くなていく至福感に身をゆだねている。
めずらしくなんだか派手な萌黄色の和服を着た母が、 大学に戻った俺を連れて、 神田来ている。 美土代町交差点にあるシュミットという会社の社長に、 アポなしで押しかけるのだ。 「おまえ、 海外にいっておいで。 お前は、 日本では、収まらないから。 なんて、 夢を見たんんだよ。 これが、 お前の、 基礎になる。」
こんな突然に失礼だし、 大丈夫なのかとも思ったが、 母はあっさりと社長に会い、 なんでかいつもの高圧的な調子で、 気が付くと目の前に1500ドルの無記名の旅行小切手があり、 なんとか百科辞典一式があり、 ご丁寧に、 Bruceくんへと書いた、 社長のサインまで、 裏表紙に書いてあった。 そして、 JTB青年は荒野を目指す旅行 の切符も置いてあった。
「お前は、 外国で生きていくんだよ。 そういうことになるんだから。 しっかり、 見ておいで。 あたしは、 小学校も出てないから、 よくわからないけど、 夢には自信があるんだ。」
バスはビクトリア通りに入る。 サルタンムスクや、 ブギスなどの見せ場を通り、 進んでいく。
「こんにちは。 」 交通警備員らしいおじいさんが、 声をかけた来た。 「いつもお世話様です。」 と笑いかけて来るが、 誰だろう。 知らないよな。 呆けたのかと思いながら、 見れば、 まだ、 溝田橋。 なんだ、 スリップしてから、 30メートルも歩いていない。
この世界は、 本物かなあ。
じゃあ またね。
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タイムスリップ・ゾーン
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タヌキ丼という言葉を、自分で書いていたら、突然、初めてタヌキ丼を食べさせてくれたじいちゃんとばあちゃんを思い出した。 このご夫婦は、親戚ではないが、当時、モデルをやっていて忙しかった母に代わって、俺の子守をしててくれた人たちである。 まあ、いわゆる 乳母さんなのである。
うちのある路地は、袋小路になってる。 その、一番奥の隅っこに、建坪4坪、そのうち庭が半分という小さな家が、じいちゃんとばあちゃんの家だ。
庭には、雪の下や折鶴蘭、野ビルなどが生えていて、じいちゃんが綺麗に手入れをしていた。家は、家というよりは、縁側と、寝室しかなく、縁側には、大きな水甕が置いてある。 水は、ときどき、家にもらいに来る。 もちろん、ガスも水道も、電気も来ていない。 七輪で、廃材の薪を燃やして、炊事をしているのだ。
じいちゃんは、元、家具作りの職人だという。 いまだにちょっとした道具をを持っていて、手回しのグラインダーが、縁側に万力で固定されている。 いまは、仕事がなく、俺の乳母として母から多少の駄賃をもらって暮らしている。 といっても、おんぶしてくれるのはいつもばあちゃんだが。
寒い冬の日に、どてらを巻いて、上中里駅から、田端まで散歩しているばーちゃんとその背中の俺を、鮮明のに思い出すのは、不思議な感覚である。
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「おい、Bruceちゃんじゃないか。」
うしろから、年寄りのだみ声が聞こえる。 誰だろう。 振り向いてみると、懐かしいじいちゃんとばあちゃんが、かつてと同じように連れ添って立っている。 この二人、本当に仲がいい。いつも一緒だ。
「あっ! じいちゃんとばあちゃんじゃないか。 懐かしいね。 今どこにいるの。」
心ない地主に、路地の奥の家を追い出された二人は、今では生活保護を受け、赤羽の団地に入れてもらっているとのことだった。 その地主というのが俺の父親だとはまったく知らずに、何と無神経なことか。
「懐かしいね。今、いくつになったんだい。」
「もう、16だよ。 K高校行ってるんだよ。」
「そうなの、ガンバたんだね。」
痩せて、ねずみ男みたいになったばあちゃんがほめてくれる。 この人に褒められると、なぜか無性にうれしい。 赤ん坊の時から、おぶさっていたからだろうか。
「立ち話も、何だから、蕎麦屋でも入ろうか。たぬき丼ぐらいおごるよ。」
生活保護を受けている人に、店や物をおごってもらうのは気がひけるが、
遠慮なくいただくことにした。 親のほかに、俺を子供のように思ってくれている人たちだ。 なんとなく、甘えてみたい。
「じゃあ、よろずやさん、入ろうよ。」
店に入ると、じいちゃんは、
「Bruceちゃん。 たぬき丼でいいかい。」
もちろんたぬき丼など食べたことはないが、いいというと、
「たぬき丼一つと、かけそば一杯。」
と、大きな声で、注文した。
2人で、かけそばを分けて食べるのだ。 それなのに、俺には、タヌキ丼なる高価なものをおごってくれる。 涙が出そうになったが、笑顔に作り変えて、世間話をした。 ばあちゃんによると、団地に入ってからは、ガスも水道も電気もつかえて、便利になったそうである。 3階なので、階段がきついそうだが、「歳だから、しょうがないわね。」 とあきらめているそうだ。
タヌキ丼が来た。 ご飯に天丼のたれをかけて、上にタヌキを散らしてある。
甘いたれが、その上にかけてあり、結構食べられる。
「おいしいだろ。 ここのタヌキ丼。 油がいいからな。」
じいちゃんは、ばあちゃんと順番にかけそばをすすりながら言った。
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やっと、戻ってきた。 2012年。 もう、じいちゃんもばあちゃんも生きてはいないだろうが、財布の小銭をごそごそと探しておごってもらったタヌキ丼。
いつまでも、忘れないからね。 ありがとう。 じいちゃん、ばあちゃん。
結局、昨日はマトンカレーにした。 ベースは、缶詰のレトルト。
シンガポールでは、人気の AMOCAN マトンカレーに、たっぷりのココナツクリームを入れて、さらに、カレー屋カレーを入れ、こくまろルーも一切れいれて、 ミルクも入れて、一煮立ち。 火を止めたら、1時間ぐらい冷して、味がなじんだら、また温めて食べる。
付け合わせは、春らしく、アスパラと卵マヨネーズのハムはさみ。 おいしい誕生日だった。
じゃあ またね。
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今日も、昼からお風呂に行く。 土曜日の楽しみになっているので、半ドンが終わったら、まっすぐ帰って、お風呂道具をエコバッグに詰めて、出かけよう。
持っていくのは、垢すり、ブラシ、ひげそり、歯磨きセット、風呂あがり用の乳液ぐらいかな。 タオルとバスタオルは、貸してくれるし、シャンプーと石鹸もある。
これで 北区上中里2丁目の大黒湯の常連だった福澤先生が生きていて、老後でも過ごしにサイゴンにいてくれたり、 元ちゃんが心臓良くなって遊びに来て、みんなでまた、お風呂に入れたら、最高なんだが、でも、みんな俺の心の中にいてくれるのだから、思い出しながら、サバンナの空を独り占めしよう。
「よお。 大変だったろう。」
元ちゃんがサウナに入ってくるなり、山六が、声をかけた。 みんなおしゃべ りしながら入っているのだから、変わったことでもない。
「なんだよ。 大変って、別に何もないけど。」
いつもの席に座りながら、タオルを頭に巻いて、元ちゃんが答えると、
「何言ってんだよ。 さっきパトカーが5,6台もあんたのマンションの前に泊 ってたよ。 なんだ、これでたらしいじゃないか。」
自分の首を絞めりゅ様なしぐさをして、山六が返す。
「何度よ。これって。」
山六のまねをしながら元ちゃんがきく。
「首つり幽霊だってよ。 首つり。 若い女の幽霊らしいぜ。」
「もったいないな。 若いのに、幽霊だなんて。」
うしろの席から、スドちゃんが、口をはさむ。 金融機関をもうすぐ定年で一 人もののスドちゃんは、女好きで通っていて、この発言は、当然の反応だっ た。
「なんだよ、もったいないって。 その幽霊、スドちゃんがもらってあげるって か。」
男にしては白い肌に、刺青が美しい元やくざのタカさんがからかう。
「そりゃあ、そうさ。 幽霊だって、首に縄がついててたって、若い女なんだ ろ。 俺が慰めてあげれば、生き返るってもんだ。」
みんな、プッと噴き出したのは、半分なくなった白髪の間から、スドちゃんの
ピンクの禿が見えたからでもないようだった。
山六が、噂話のまとめを話し出した。 聞いているのは、下段に 先生、 俺、元ちゃん、上段に 藤森さん、タカさん、スドちゃん、やっちゃばである。
話によると、上中里マンションの4階の住人から、若い女が自分の部屋で首 をつっているとの通報が、110番で入り、滝野川署の職員と PCが現場に 向かった。 4階の部屋には、独身の男性36歳が住んでいて、確かに、居 間と寝室の間の鴨居にひもかけてあり、若い女性が死んでいた。
警察が不思議に思ったのは、首つり死体にしては、ほとんど汚れもなく、舌 飛び出しておらず、薄化粧をしたその顔が、非常に綺麗だったことだ。
警官は、住人に質問をしたが、まったく知らない女だとのことだった。 すぐ に現場検証班がきて、写真を撮ったりしているとき、誰も死体を見ていない 時間があったらしく、死体は跡形もなく消えてしまった。
「だから、幽霊ですか。」
俺は山六に聞いた。
「そういうことになるだろう。 だって、玄関はしまってたっていうし、それこそ
10人以上のおまわりがいる中で、消えたんだから。」
「じゃあ、何もんなかったことになるんでしょうね。」
「どうかな。 写真撮ったらしいから、写っていれば、世紀の大事件だよ。
幽霊写真に写る! 世界でも初めてだろう。」
先生が言うと、なんでも説得力がある。
やっちゃばが、「おお、熱い熱い。」 と言い出して、水風呂に飛び出してい った。 それから、つぎつぎに、 ふーっ!とか、熱熱! とか言いながら、
六甲の水を越えると宣伝してある18度の水風呂に飛び込んで行った。
ところで、昨日のご飯は、美味しかったが、盛り付け失敗。
せっかく、大きな車海老を使ったのに、ちょっと残念だ。
葱とお肉をいためて、卵を混ざらないように炒める。 味付けは塩コショー。 後は、いつもの通り、お冷ご飯を入れて、強火でパラパラになるまで炒める。中華味を入れると簡単に美味しくなる。
付け合わせは、レンコンのきんぴらにした。 きんぴらは簡単だし、美味しいので大好きだ。 ハニーのきんぴら思い出すなあ。 七味がないから、チリの小口切りを入れた。
空芯菜は、ゆでたのを冷凍にしてとってあるのを、チンして、オイスターソースをからめただけ。 が、なかなかいける。
後は車海老をゆでて、わかめスープを作れば出来上がり。
でもなんか、ぱっとしないな。 置く場所を変えたからかな。
じゃあ またね。
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オフィスの窓から、サイゴン、グエンチャイ通りの裏街が見渡せる。 ここには、ドンコイ通りや、グエンフエ通りのような、超高級ホテルはないが、ニュー・ワールド・ホテルや、俺の事務所が入っている ZEN PLAZA というデパート兼オフィスビルもある。 ZEN PLAZAには、ナイキ、DEASELといったブランドの旗艦店があり、それなりに高級感があるし、 ロレアルとかの化粧品店の輸入代理店もいるので、綺麗なモデルさんなども出入りして、華やかでもある。 5階には、すしバーというレストランもある。
が、その裏は、こんな感じだ。
ベトナムの古い建物は、間口が狭い。 だいたい、2間か、1間半しかない。
遠くに見えるピンクのビルは、1間半だろう。 それでいて、ウナギの寝床みたいに、奥行きはかなりある。 都会独特で、間口の貴重さがあるのだろうが、サイゴンだと、ちょっと疑問を感じる。
下を見れば、屋根はトタン板だ。 雨が降ったら、ドラムの中に閉じ込められたようになるだろうな。 とくに、ここでは、雨は大粒だしなあ。
横を見ると、おや、小さな裏庭がある。 東京の実家がまだ、平屋だったころ、うちにも、庭があった。 欅の木が植えてあったっけ。
天気が良いので、縁側のガラス戸を全部開いて、俺は、庭にある ジュウシマツのとり小屋を見ていた。 とり小屋は、木のリンゴ箱に、金網をはったもので、親父の手作りだった。 小屋の中には、荒縄を巻いて作った巣がいくつか置いてあり、覗くといつでも卵があった。
温めている卵は、有精卵で、孵ることが多かったので、 今では、すでに、
20羽以上に増えている。 リンゴ箱の小屋は、人口過剰ぎみだ。
俺は、餌をあげたくなって、粟の袋を持って、下駄をはくと、ジュウシマツの小屋に行き、餌をあげた。 ついでに、水も取り換えていると、 後ろから、コロが見ていた。
「とりなんか狙っちゃだめだよ。 鯵のてんぷら買ってあげるからね。」
頭を撫でて、首の下をくすぐると、コロは嬉しそうにゴロゴロといった。 それにしても、生の鯵ではなく てんぷらが好きというあたり、変わった猫である。 人間に生まれ変わる直前の猫なのかもしれない。
下駄を脱いで、縁側から台所に行き、母に 鯵のてんぷらを買ってくるのでと言って、20円もらうと、表通りの三木てんぷら店に行き、鯵のてんぷらを買った。 あげているおじさんの手が、やけどの跡だらけで、かわいそうだ。
表をみると、お行儀よく、両手をそろえ、尻尾で両手を巻くようにしてコロが待っていた。 てんぷらを受け取ると、コロを後ろに従えて、家に戻った。 餌をあげるのは、台所と決まっているので、 新聞紙を敷いて、鯵のてんぷらをほぐしてやる。 コロは、猫舌ではないが、さすがに揚げたてのてんぷらは食べられない。 ちょっとだけ冷めると、すぐに食べ始めた。
俺は庭に戻ると、花壇の縁にしている石をめくって遊び始めた。 石の下には、 団子虫、げじげじ、ハサミムシ、ミミズなどがいるのだ。 運が良ければ、 蜥蜴や守宮も捕まえられる。 で、今日はラッキーなことに、虹色のトカゲを捕まえた。 ビンを探して、中にいれる。 それにしても、美しい蜥蜴だ。
でも、ちょっと遊んだら、逃がしてやろう。 ちょっと、遊んだら・・・・・・・
そう言えば、ここは、サイゴン。 2011年だ。 俺は、ず〜っと、遊んでたような気がする。 虹色の蜥蜴を見ながら。
ーー集めてる 砂浜の砂 山の石 君思い出す 鍵にするためーー
ーー海を越え 冒険し来る 南蛮の 空ははるかに サバンナの色ーー
これは、一応、ナシ・ゴレンという、マレー風の焼き飯。 付け合わせは、キャベツとホウレンソウの炒め物。 グリルド・トマト。 そして、両面焼き半熟卵。 目玉焼きでもよいが、ナシ・ゴレンには、これがあう。
唐がらし入りの、醤油をかけて、召し上がりました、とさ。
じゃあ またね。 |
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ちょっとした晴れ間に散歩にでると、動物園に行く途中の路地の奥に、研ぎ屋がきていた。 カメラを向けると、にっこり笑ってくれたおじさん、けっこう、キュートだ。 でも、余所見をすると、あぶないよ。
でも、結構仕事来てるな。
そういえば、昔、東京でも、日曜日になると、たまに、包丁研ぎ屋がきたものだった。 包丁以外に、鋏とかも研いでくれた。 家にはうすべったい文化包丁しかなかったが、たまに研ぎに出していた。 俺は、しゅっしゅと研ぐのが面白くて、飽きずに見ていたものだ。
今でも、刃物研ぎは、得意だし、趣味といってもいいほど、いろんな砥石をもっている。 仕上げ用アルカンサス、金型用棒砥石、ダイヤモンド砥石、ダイヤモンドパウダーなど、書いているときりがない。
研ぎ屋以外に、鍋の穴をふさぐ職人もたまに、来た。 これも面白かった。 水を入れて穴を見つけると、そこをハンドドリルでちょっと広げる。 その穴に、多分 アルミのリベットをはめ込んで、金床(アンヴィル)の上で、ちょっと、たたいて、出来上がりだ。
昔は、ものを大切にていたのだ。 何でも捨てるのは、本当によれよれになってからだった。
「Bruce. 猿山さんの裏に、研ぎ屋が来てるから、この包丁研いでもらってきな。」
「は〜い。」
厚い新聞紙で包んだ包丁と、50円を渡されて、俺は、パン屋の猿山さんの路地に走っていく。 「危ないから走るんじゃないよ。」 という母の声を無視して、走っていく。
研ぎ屋さんは、優しいおじさんだ。 見ていても怒らないし、たまには、研ぎ方の説明もしてくれた。
「坊や、 こんなの見てておもしろいか。」
うん、応えると、そうかというように、角度は20度ぐらいに研ぐのだとか、
10円玉2枚ぐらいの角度だとか、日本の包丁は、片側だけ研ぐのだとか、
かえりがでないようにするには、どうするだとか、いろいろ話してくれる。
もちろん、角度という言葉もしらないから、何を言っているのか、よくわからないが、なんだか、知的に興奮する。
「できたよ。 30円でいいよ。」
新聞紙に包みなおして、30円受けとると、おじさんは、次の包丁を研ぎはいめた。
「30円だったよ。」
母に、包丁と 20円を渡すと、「お駄賃ね。」 といって、10円くれた。
また、駄菓子屋のカネコに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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今でも、俺の宝物は、小さな工具だ。
これで、何でも削り、研く。 三つ子の魂100までである。 特に、下の道具は、本来はグラインダーなどに取り付けて使用する、「超硬工具」であるが、俺は、手で使う。 ガラスでも、石でも鉄でも、何でも切れる。 ただ、とても高価なので、サイズはこれしか持っていない。
これさえあれば、雨季のベトナムでも、飽きることはない。
さっき、会社の帰りに撮ってきたペンギン。 可愛くないでしょ!
じゃあ、またね。 |

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