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亡くなったのは、斎藤啓子、26歳。 製薬会社で、薬問屋もやっている㈱ナルコサンの長女。 お見合いがうまくいき、病院用検査装置のメーカーでもあり、問屋でもある中川商事の長男と交際中だ。週に一度以上は、食事や映画、観劇などに出かけ、結婚を前提の交際に発展していた。上に兄が一人、28歳で、アメリカ留学中。 ロスアンゼルスのUCLAで、MBA取得のためにコースに通っている。
両親は、「輝ける道」という新興宗教にはいっている。かなり、入れ込んでいるということだ。 斎藤啓子は、亡くなった部屋には、ときどき掃除のために出かけていたらしいが、ほとんどの場合、母親の容子と一緒だった。遺書はなく、自殺には動機がない。 警察の見た限りでは状況証拠は、自殺としか言いようがなく、鍵を持っていた母親は、当日部屋にいって、啓子の無残な姿を発見するまでは「輝ける道」の集会に出席しており、証言者も多数いるため、完全にアリバイがある。
基本的に、中川商事長男の一雅も、当日は、大阪に出張しており、大阪のホテルにて、アリバイが確認されている。
また、鍵が3個しかないというのが本当であれば、完全な自殺だと思われる。
「これじゃあ、面白くないな。何だか、臭いんだけど。」
先生が首をひねっている。
「この会社の内容、詳しく調べようか。」
すどが尋ねた。
「ああ、それも必要だろうな。内情は火の車ってことも考えられるしな。」
「それもそうだけど、俺は、その「輝ける道」ってのが気になるよ。どっかで聞いたこと有るんだよ。」
ゲンが考えていると、タグが助け船をだした。
「ちょっと前にあった、南米の共産グループの名前と同じですね。でも、やっちゃばの話によると、どちらかというと、右翼思想に近いらしいですね。ちょっと調べてみましょうか。」
「気をつけてよ。オームみたいなこともあるからさ。」
冨が気を使って、注意した。冨は、タグの生き方を恰好の好い江戸っ子の生き方とみて、気に入っているのだ。
「調べるっても、会いに行ったりしませんから。できれば、会員表なんかも手に入れますよ。」
「じゃあ、中川一雅は、だれが調べるの。」
鷹さんが周りを見渡して、ゲンに目をとめた。
「中川商事なら知ってるよ。うちも少しだけど、部品入れているんだ。これが、新聞に出たら、お悔やみを言いに、顔だそうか。中川一雅って、確か専務やってるはずだよ。 何回かは、会ったこともあるしな。 あの会社は、社風が自由で、オープンで、一人ひとりの裁量も大きいって聞いてるんだが、それは専務の影響なんだ。なかなか、 しっかりした人物だよ。」
ゲンは、現役でもあるから、顔が広い。
「じゃあ、右翼のナルコサンとは、犬猿の仲じゃないのかい。」
「そういうことになるな。 人間の縁っていうのは、不思議なもんなんだな。」
ここで、焼き魚が出てきた。 金眼鯛だ。脂がのって厚い。 山六夫人は焼き物が得意だ。こんがり焼けている。
「鷹さんは、中川商事の場所って知ってるかい。」
先生が聞いた。
「そりゃ知ってるよ。 籠町の東洋文庫の向こう側にある。グリーンコートの手前。かなり大きなビルで、前にはタクシーが並んでるから、すぐわかるよ。」
「ナルコサンは。」
「田端高台通りだろ。入ったことはないけど、パトロールの範囲には入ってる。 ここも、でかいよ。」
そうか、と先生はしばらく考えて、鷹に言った。
「ちょっと大変だけど、両方の会社の社長と家族の住所なんか、調べてくれないか。 できれば、電話番号と、携帯の番号も分かるといいな。」
鷹は、嬉しそうに目を細めて、応えた。
「そういうことにかけては、パトロールよりも得意だよ。昔取った杵柄だ。母親の調書のコピーでも持ってこようか。」
「くれぐれも、危ない橋は渡るなよ。 いまじゃあ、堅気なんだから。」
はにかみながらちょっと肩をすくめて、鷹は、分かったと答えた。
(To be continued.)
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新世界物語
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「でも、結婚話があり、週に1回以上はデートして、楽しく過ごしていた女性が、なんで、急に自殺なんかするんでしょうか。お金に困ってるわけでも、病気でもなく、この辺りでは、一番恵まれた環境にあった女性ですよ。ご両親は、ちょっと問題ありそうな新興宗教に入っていますが、それも、本を読む限りでは、単なる右翼思想のようなもので、特に凶悪なものではありません。かえって、葬式仏教よりは、健全なものにも、本官には見えるくらいです。」
「でも、現場を見た限りでは、自殺なんだろ。」
「条件としては、その部屋の鍵を持っていて、かなり力のある男性が存在しなければ、完全に自殺です。睡眠導入剤というか麻酔薬のDを服用していましたから、これを飲まされて、丁寧に運びあげられてつるされれば、殺人という可能性も出てきます。ただし、部屋には、鍵がかかっていましたし、ここのカギを持っているのは、亡くなった女性と母親、そして、アメリカ留学中の兄だけです。
もし、睡眠薬でこん睡している状態の人間をこすれやあざも作らずに持ち上げるとしたら、それは、かなりな力が必要になります。
母親には、無理でしょう。母親が共犯者を連れていたとすれば可能です。が、やはり、どこにも動機がないんです。ご両親は目に入れても痛くないほど、溺愛していたようですから。一応は、許可を取って、付き合っていた相手などを調べてみるつもりです。」
古田警部補は、決心しているのだというように強い口調で語った。
「とにかく、4段試験、頑張れよ。応援してるから。」
「はい、有りがとう御座います。」
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東京にあるJRの駅の中でも、一番小さいかもしれない上中里から、跨線橋を渡り、エレベータで降りて、すっかり寂れてしまった上中里銀座をゆくと、突き当りを左に曲がったあたりに、ステーキ屋「山六」は、ある。もう、とんかつが、御馳走ではなくなってしまって、とんかつ屋をステーキ屋に変えただけなのだが、いまでは、地元の居酒屋のようになっている。この不景気の影響もいいほうに出ていて、地元の客が常連になって戻ってきている。
店に入って、左手にカウンター12席。右手には、テーブルをつなぐと15,6人は座れる座敷がある。 今日は、貸切で、サウナ会飲み会兼作戦会議である。
テーブルには、すでに、鮪、ハマチ、蛸、烏賊、青柳、帆立などのお造りと、大きなカズノコが入った松前漬、だし汁に漬けたイクラや、締め鯖とこはだなどの光りものその他が所狭しと並んでいる。
温かいものは、山六夫人が、カウンターの後ろで、準備していて、声をかけると焼いたり、揚げてくれるようになっている。
「ますは、会計報告をします。」
すどちゃんが、甲高い声ではじめた。
「資金合計、1800万円。 以上。」
そして、1行で終了。 この金額は、この会がこれまで「仕事」をして、稼いだ金の残額であるらしかった。紙に書かれた記録もなければ、明細もないが、誰も文句は言わない。それに、すどちゃん以外は、この金がどこにあるかも知らない。この資金は、仕事のための調査の実費と、飲み食いの遊びのために使われるのだ。
「では、乾杯しよう。乾杯。」
冨さんが乾杯といって、日本酒がたっぷり入ったグラスを持ち上げると みな、好みの酒を飲み始めた。 つまみにも手がのびて、溜息も漏れる。どの食材も、超一流だからだ。冨が赤羽のすっぽん屋から仕入れてきた煮凝りは、絶品だったし それに、すどが希望したキャビアも、特上品だった。
「じゃあ、鷹さんから、昨日の聞き込みの報告して。」
先生が求めると、鷹さんが、調べてきた内容を確実に伝達する。
「次は、やっちゃば。 なんかわかったかい。」
やっちゃばも、的確に聞いてきた内容を伝えた。
まとめてみると次のようになる。
上中里駅前のちょっとしゃれた焼き鳥屋
(To becontinued.)
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「それが、なかったらしいよ。でも、あの部屋は、ナルコサンの長男の名義で買ったもので、その長男は、アメリカ留学中だとか。ときどき、母親と一緒に掃除にいってたらしいんだけど。今日は、母親が、昼過ぎまで宗教団体の集会があって、先に娘だけが掃除に行っていたらしい。 それで、2時ごろに合流しようと、母親がその部屋に行って、発見したそうだ。まったく、金のあるところには、有るんだよな。 マンション買って、もう、2年半も人は住んでいないらしいんだ。 もったいない話だよな。俺なんか、安月給で団地住まい、酔っ払いに絡まれたり、コソ泥捕まえたりで、それでおしまい。人生不公平だと思わない。」
小声ながら、うっぷんを晴らすように、星野はいった。
「星野さんなんかは、まだいいじゃない。俺なんか、警官でもないし、もともとシルバー対策で用意された職場だから、給料なんて、スズメの涙だよ。それでも、絡まれるのは、変わらないんだから、やっぱり、人生不公平だよね。」
それもそうかと、納得したように星野はうなずいた。
「警部が話してたのを聞いたんだけど、何だか、動機がないとか言ってたな。幸せいっぱいで、結婚話も出ていて、お見合いした相手とのお付き合いも順調だったらしい。もしかしたらPMSかもしれないって言ってたけど、PMSって何だか知ってる。」
「星野さんが知らないのに、俺が知ってるわけないでしょ。」
もう一度それもそうかと、うなずいて、星野は、立ち上がった。
「結婚相手候補も、すごい金持ちらしいよ。なんでも、中川商事っていう病院用の分析装置の会社の御曹司なんだって。あーあ。やんなっちゃうよ。そんでもって、自殺しちゃうなんて、もったいなすぎないか。」
「別世界の出来事だね。」
「その通り。 はやく帰って、一杯やろう。 鷹さんも、ゆっくり休んでね。」
「有難う。 でも、俺、夜勤だから。」
じゃあね、といって、鷹は、席を立った。
「夜勤、御苦労さん。」 星野が後ろから同情したような声をかけた。
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最近の若者は、軟弱だとかいう人もいるが、やっちゃばは、まったく違いう感想を持っていた。最近の若者は、明らかに進化している。警察での剣道の稽古を見ていると、実感することができる。
今の、40代50代に比べれば、明らかに優れている。正義感、使命の達成感を求めて、ひたすら前に進む目標を立てられるのは、今の若者の特徴だと思っている。ここに稽古に来ている何人かは、必ず、全日本の上位に入るようになるとの期待以上のものを胸に、こうして若者とすごす事の出来る自分が、誇らしく思っていた。
稽古が終ると、更衣室で、やっちゃばは、古田警部補に声をかけた。
「だいぶ、上達したね。 今度は、4段、受けるんだろ。」
まっすぐ背筋を伸ばし、背が高くちょっと細めの体を利用した剣さばきは、みごとで、十分に4段は受かると思われた。
「はい、次回、挑戦します。」
話し方も、きびきびして気持がよい。
「ところで、昨日は、管内で、嫌な出来事が合ったみたいだね。女性の自殺とか。」
「ああ、もう噂になってるんですか。上中里のマンションで、女性が首をつってました。まあ、どう見ても自殺ですが、不思議なのは、遺書がないことですね。しかも、動機がまったくない。たぶん、事件にはならないと思いますけど、本官としては、納得がいきません。」
「勝手に動くと、また、怒られるよ。警察も今は、お役所なんだから。」
以前に、ちょっとしたオートバイ泥棒があり、その捜査をしていた古田警部補が、犯人逮捕の後も、組織的犯罪だと信じて捜査を続けたことで、ひどく叱責されたのを知っているやっちゃばが忠告めいて言うと、古田は むきになった。
(To be continued,)
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先生の要望をあっさりと全員が承諾した。この先生が興味を持った事件は、仕事になることを、みんな理解しているからだ。これまで、3件ほど、大きな仕事をしているが、それらがみな、先生の推理とシナリオどおりにことが運び、驚くほどあっさりと、金になったのだった。
「おれも、今日、剣道の練習で、滝野川警察に行くから、出来るだけ聞いておくよ。」
普段は巣鴨青果市場で野菜のパック詰めなどをやっているやはり、通称やっちゃばが、協力を申し出た。高校大学と剣道をやり、剣道六段で、今でも警察で剣道を教えている。
「それじゃあ、明日は、取っておきのブランチ料理を作っておくよ。特に食べたいものがあれば言っといてよ。 おまかせなら、一人3万円でやるよ。いいかい、すどちゃん。」
山六は、嬉しそうに言った。
この会では、宴会や、準備のの経費は、すどが取り仕切っている。女癖は悪いものの、長いい間の銀行勤めから得た知識と、趣味の鍵いじりに関しては、天才的な能力を持っているので、サウナ会の金庫番をまかされているのだ。
「俺、キャビアも食べたいから、5万にして、キャビアの特上と、大黒屋もどきの天麩羅も付けてよ。個室も用意してね。」
すどが言うと、
「キャビアでも食べて、フィリピンパブでも繰り込もうってか。」
鷹が、にやついて言った。
「あたぼうよ。こんど、駒込に新しいのが出来たんだよ。いい女が、多いんだよ。」
すどのこの手の話には、関心が集まらない。
「もどきが余計だし、個室もないけど貸し切りだ。 承知した。ゲンちゃん。 メロンヘネシ―は無理だよ。時期じゃないから。」
「ああ、分かったよ。 昼間だしな。」
夕張メロンを半分に切って中を刻んでヘネシーを注いで飲むのは、ゲンのお気に入りだったのだが。
*
鷹は、夕方のパトロールを終えると、防犯協会が借りている部屋から出て、滝野川警察の食堂に向かった。
一昔前は、よく出前などを取ったものだが、最近の警察官は、いたって質素で、署の食堂で持参の弁当を食べることが多くなった。 だから、自然に、食堂は、交代を終えた警察官たちの、ひと時のたまり場になっていた。情報を聞き出すには、これ以上都合のいい場所はない。
「よー、今晩は。 今日は大変だっただろう。なんでも、首つりとか有ったらしいね。」
鷹は、親しくしている星野巡査部長に話しかけた。50代後半で、特にこれといって手柄もなく、その代わり失敗もなく、お巡りさんというよりは、区役所の事務員といった感じの星野は、人懐こい目を、鷹に向けた。うすい番茶をうまそうに飲んでいる。
「だいぶ、噂になってるらしいね。 12階のマンションの。 ほら、あの山の上にあるナルコサンっていうネオン看板あるだろ。あの会社の、娘さんなんだよ。かわいそうに、俺は見なくて済んだけど、目ん玉飛び出しの、垂れ流し、べロなんか、ビローンって延びてたってよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
「かわいそうなことでしたね。遺書とか有ったの。」
警察でいっぱいの上中里駅前
(To be continued.)
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「最近は、日本は、景気も悪いし、経済的な理由で自殺する人が多いらしいですね。まあ、この辺じゃ、線路に飛び込む人のほうが、圧倒的に多いですけどね。」
久しぶりに、日本に帰ってきているタグが、山六に向かって話しかけた。
「そりゃ、そうだよな。 梶原の大踏切じゃ、最近は自転車屋の店員が飛び込んだし。 まえは、お坊坂とあのタグちゃんちの裏の無人踏切でも、ずいぶんと、飛び込んだよね。」
そう、そうと、皆地元の人間なので、思い当たる事故はあったようで、うなづきあっている。 都内では、地上にJRの踏切があり場所は少ないが、ここには、かつては、かなりの数の踏切がここにはあったのだ。
「そういえば、無人踏切は、閉鎖して、向かいにお地蔵様を立ててありますよね。 相当けちだったうちの親父の名前も、 寄進者の名札の額に入ってましたから、ほとんどの人がお金を出し合って建てたんですよ。
海外勤務のコンサルタントをしているタグは、2カ月に一回程度、2週間ほど日本に帰ってくる。現在の勤務地は、アメリカ、ニューヨーク州シラキュースというところらしいが、それがどこなのか地理的に理解している人間は、サウナ会には、一人もいなかった。
「近頃は、あんまりないので、よかったと思ってたら、こんどは首吊りとはね。分かんないもんだね。 何が起きたるか。」
ゲンは、またつぶやくと、あっちっちと言いながら、サウナ室を出て行った。 すでに10分は入っていたので、限界のようだった。
続いて、次々に、フーとか、アーとかいいながら、サウナ室が空になっていく。 この銭湯の水風呂は、1間四方もあり、かなり深いし、水は、大黒湯に言わせると六甲の水を超えるというパワーを持った水だそうである。一年中、約18度で、かけ流しになっていて、飲んでもおいしい水である。 そういえば、この銭湯は、江戸城、後楽園、六儀園、旧古川庭園から始まって、日光までつながる風水の水脈の上にある。そのせいではあるまいが、ここに集まる老人たちは、一様に若作りである。みな、10歳以上は若く見える。
十分体を冷やして、また、サウナ室がいっぱいになった。 ドアを開けて、すぐ右手が、ヒーターだ。 L字型席の長いほうが正面で、その一番端に、ゲン。その上に、鏡餅のように山六。
ゲンの横には、やっちゃば。 そのうえには、冨が座った。 好きな所に座っているのだが、自然に決まってしまって、今のようになった。
やっちゃばの横には、タグ。 その上には、鷹がいて、L字型の短いほうの内側には、先生がいる。そして、先生の斜め後ろに、すどが、座った。これで、大黒湯サウナ会のメンバー全員がそろったことになる。残りの2席は、飛び入りのお客用に取ってある。
「なんだか、きな臭いな。」
先生が切り出した。
「何にもにおわないけど。」
山六が、鼻をクンクンさせて見せたが、もちろん先生の言ったのは、サウナ室の匂いのことではない。
「考えると、ゲンちゃんが言ったように、あのマンションには、若い女なんて住んでいないはずだから、どこからか来て、他人のマンションの一室で、首吊りをしたことになる。普通、そんなことはしないだろう。」
「何か、理由がなければね。」
相撲の世界ではちょっと名前の知れた世話役の冨も、同感だというように、相槌を打った。なぜか、日焼けサロンに通っていて、まだ、3月と言うのに、全身真っ黒だ。
「鷹さん。 悪いけど、今晩、滝野川警察の友達から聞けたら、なるべく詳しく話を聞いてきていくれないか。 明日の昼にでも、山六に集まろうか。」
(To be continued.)
子供連れのお母さんたち帰った後の上中里児童公園
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