ぶる〜の部屋

令和元年(平成31年 )

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Abdullah the Butcher



アブドーラ・ザ・ブッチャー、引退式でファンへ
「親を大切にしろ!老人ホームにぶちこんで忘れるようなことはするな」
2/19(火) 20:26配信

◆ジャイアント馬場没20年追善興行〜王者の魂〜(19日、両国国技館)

 1999年1月31日に61歳で亡くなった不世出のプロレスラー、ジャイアント馬場さんの没後20年をしのぶ「ジャイアント馬場没20年追善興行〜王者の魂〜」が19日、両国国技館で行われ、馬場さんの好敵手だった“黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャー(77)の引退セレモニーが開かれた。


 紺のガウンを身につけたブッチャーは、股関節を負傷している影響から車椅子でリングに上がった。セレモニーには、ドリー・ファンクJr(77)、スタン・ハンセン(69)、ミル・マスカラス、ドスカラス、坂口征二氏(77)、初代タイガーマスクの佐山サトル(60)、リアルジャパンプロレス会長の新間寿氏(83)、武藤敬司(56)、フリーアナウンサーの徳光和夫さん(77)、元日本テレビアナウンサーの倉持隆夫氏(78)らがリング上で花束を贈呈した。さらにザ・デストロイヤー、鈴木みのるからビデオメッセージが寄せられた。

 セレモニーの最後にマイクを持ったブッチャーは、ファンへ感謝の思いを伝えた上で「ここにジャイアント馬場がいてくれたら完璧です」と天国の馬場さんへの思いを明かした。その上で「若い人たちに言いたい。自分の親が年取っても決して老人ホームにぶち込んで忘れるようなことだけはするな!いずれお前たちも年取ってそうなるんだから。ちゃんと親を大事にしろ!忘れるんじゃないぞ!」と呼びかけていた。最後は「サンキュー」を6回連呼し引退の10カウントゴングを鳴らし、リングに別れを告げた。

掲載元 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190219-00000186-sph-fight



今更引退と言われても・・・www

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元WWWFヘビー級王者ペドロ・モラレス氏が死去 76歳 馬場に32文伝授
2019.02.13.




  元WWWF(現WWE)ヘビー級王者で、故ジャイアント馬場さんに32文ロケット砲を伝授したことでも知られる“ラテンの魔豹”ペドロ・モラレス氏が12日、死去した。76歳。WWE公式サイトが伝えた。パーキンソン病を
患っていたという。

 モラレス氏はプエルトリコ出身。ニューヨークに渡り、1959年に17歳でデビューした。この頃に馬場さんと
知り合い、馬場さんは自伝でスペイン語圏から来たモラレス少年に「ロンリー」という英語を教えたことをつづっ
ている。

 60年代にはロサンゼルスが本拠地のWWAを主戦場に“白覆面の魔王”ザ・デストロイヤーらと死闘を展開し、WWA世界ヘビー級王座も獲得。ペッパー・ゴメスとのタッグチームでも知られた。この時期、ジムで馬場さんに
ドロップキックのコツを伝授し、必殺技の「32文ロケット砲」誕生に大きく貢献している。

 70年、ニューヨークに復帰すると殿堂マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)でイワン・コロフを破ってWWWFヘビー級王座を獲得。同地に多いラテン系のファンから熱狂的に支持され、“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノに代わってMSGの帝王として君臨した。72年、シェイ・スタジアムでのサンマルチノ戦は2万2000人の大観衆を集め、1時間15分に渡る熱闘の末に条例で引き分け。1027日間の長期政権を築いたが73年12月、スタン・スタージャックに敗れて王座を明け渡した。95年にWWE殿堂入りを果たしている。

 日本では日本プロレス、全日本プロレス、新日本プロレスに来日し、馬場さん、アントニオ猪木、坂口征二のライバルとして外国人トップを張った。全日本では馬場さんのPWFヘビー級王座に挑戦。新日本ではワールド・リーグ戦の決勝で坂口と対戦し、猪木のNWFヘビー級王座に挑戦している。




嗚呼、ラテンの魔豹も逝ってしまった

渡米時にTVで何度もその姿を観ていたが最初は誰だか分からなかった程

太ってしまっていたのを覚えている。

そう言えば現役後半は体重との戦いだったとか、魔豹と呼ばれた動きに陰りが。

G馬場にドロップキックを伝授したのは有名な話し、飛んだ後の姿勢や受け身を

教えたのでは、と推測する。

R.I.P. 

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訃報、鳥人ニッカネン

ジャンプ、鳥人ニッカネン氏死去 W杯46勝、五輪金4個
2/4(月) 17:54配信

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  国際スキー連盟(FIS)の公式サイトは4日、ノルディックスキーのジャンプ男子でワールドカップ(W杯)通算46勝のマッチ・ニッカネン氏(フィンランド)が死去したと伝えた。55歳だった。死因は不明。引退後は飲酒の問題に悩まされていた。

 「鳥人」の異名を取ったニッカネン氏は冬季五輪では、1988年カルガリー大会での3冠を含む四つの金メダルを獲得した。W杯通算46勝は2013年にグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)に抜かれるまで最多記録だった。(共同)




我々が学生時代、最強のスキージャンパーは彼だった。

未だV字型飛行が始まる前の時代・・・。

留学時ジャンプ選手だった奴が居たが「ジャンプ台で既に酒臭かった」、と。

また「飛び過ぎて途中でジャンプを止める程だった」とも言っていた。

引退後(現役中から?)アルコール問題が度々報道されていたが

55歳って若過ぎだろう 

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稀勢の里引退

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やっぱり怪我が治り切らなかったか。

左寄つに拘る余り右上手からの攻めが甘かった。

何より腰高が目につき体重過多もマイナスだったかと。

何れにせよ頂点を極めたんだからね

お疲れ様でした

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最近好きでよく動画を観てるのがこれです。


買えないけど(笑)、色々参考にしてますw

さて、今春は車検だ

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