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訃報、”鉄人”逝く

不屈の鉄人・衣笠さん死す…病魔と闘いながら26日もテレビ解説志願していた
4/25(水) 6:09配信



 プロ野球記録の2215試合連続出場を果たし、「鉄人」と呼ばれた元広島の衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)氏が23日、上行(じょうこう)結腸がんのため都内の病院で亡くなった。71歳だった。24日に関係者が明らかにし、同日夜に東京都内で通夜が営まれた。1970年から18年間にわたって全試合出場を続けながら、打点王、盗塁王にも輝いた。度重なる死球にも負けず、国民栄誉賞も受賞した不屈の男は、19日のDeNA・巨人戦(横浜)でも病魔と闘いながら、テレビ解説を務めていた。


 数々の偉業を成し遂げた「鉄人」も、病魔には勝てなかった。関係者によると衣笠氏は23日夜、都内の病院で静かに息を引き取った。上行結腸がんで闘病中の身ながら、亡くなる4日前の19日にはBS―TBSの解説者としてDeNA・巨人戦(横浜)でマイクの前にいた。最後の肉声がお茶の間にも届けられていたが、その時も体調を案ずる声が上がっていた。

 試合中、時折声がかすれ、途切れることもあった。聞き取りにくくなる状況にもなり、周囲から心配されたが、中継時間を全うした。実は、当初は衣笠氏ひとりで務める予定だったが、体調がすぐれないということもあり、前日までにBS―TBSが槙原寛己氏に急きょ依頼。2人での解説となった。衣笠氏本人の希望もあり、26日にも同局で解説者として出演する予定だったという。仕事を全うする姿は「鉄人」そのものだった。

 数年前に体調を崩したが、長期入院を経て回復。親しい関係者に「いい薬に巡り合った」と話し、解説の仕事に戻っていた。「この薬がダメなら俺はダメだ」とも語っていた。また無類のワイン好きで、高級ワインをたくさん所蔵していたが、ドクターストップ。「命尽きる時に飲もうと思っている」と話していたという。

 努力の人だった。捕手としてプロ入りしながら、広島入団後に内野手に転向。猛練習で一塁、三塁のポジションを手にすると、同い年でライバルでもあった山本浩二と主軸を張り続けた。2人のアベック本塁打86度は、巨人の長嶋茂雄、王貞治の106度に次ぐ歴代2位。球史に残る名コンビだった。75年のリーグ初優勝を始め、5度のリーグV。79、80年の連続日本一など、広島の黄金期を支えた。

 連続試合出場記録の継続は、故障との戦いでもあった。79年8月1日の巨人戦(広島)では、西本聖から左肩に死球を受け、亀裂骨折でも休まなかった。161死球は清原和博、竹之内雅史に次ぐ歴代3位。足かけ18年、試合に出続け、ルー・ゲーリッグ(元ヤンキース)が持っていた連続試合出場世界記録「2130」を抜いたのは、87年6月13日の中日戦(広島)だった。

 場内には記録達成を祝う中曽根首相(当時)からのメッセージも流れるなど、世間は沸き返った。「まず、私に野球を与えてくれた神様に感謝します」という名言もこの人らしかった。同年には、王貞治さん(77)に次いで球界2人目の国民栄誉賞を受賞。同年に引退後、背番号3は永久欠番になった。9年後、カル・リプケン・ジュニア(オリオールズ)が記録を更新した96年6月14日には、衣笠氏は来賓としてスタジアムに招かれた。

 連続出場ばかりが注目されるが、通算成績も圧巻。安打数2543本はNPB歴代5位タイ、504本塁打は同7位タイ。1448打点は同11位、1372得点は同6位だ。引退後に指導者としてユニホームを着ることはなかったが、記憶にも記録にも残る活躍は、永遠に語り継がれる。

 ◆衣笠 祥雄(きぬがさ・さちお)1947年1月18日、京都市生まれ。捕手として平安高(現龍谷大平安高)3年時の甲子園に春夏連続出場し、ともに8強入り。広島に入団してから内野手に転向。76年に盗塁王、84年に打点王を獲得し、5度のリーグ制覇、3度の日本一に貢献した。87年にルー・ゲーリッグが保持していた2130試合連続出場の世界記録を破り、国民栄誉賞を受賞。同年にプロ野球記録を2215試合に伸ばし、現役を引退した。通算2677試合で打率2割7分、504本塁打、1448打点。MVP(84年)、正力賞(84年)のほか、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞各3回、オールスター出場13回。96年に野球殿堂入り。





嗚呼、”鉄人”が逝ってしまった。

最近、TVに写る姿に心配はしていたが。

あまりにも早いお別れ・・・。

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WWE ってより WWWF or WWF の方がピンと来るかな

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川内優輝ボストンマラソン初V!瀬古以来31年ぶり
4/17(火) 1:27配信




<第122回ボストン・マラソン>◇16日◇米ボストン

 やはりこの男は強かった。9位だった昨夏の世界選手権で日本代表からの引退を表明した男子マラソン川内優輝(31=埼玉県庁)が現地時間16日、世界最高峰シリーズ「ワールド・マラソン・メジャーズ」の一つボストンで2時間15分58秒(速報値)で優勝した。日本人の優勝は87年瀬古利彦以来31年ぶりの快挙だ。


 冷たい雨が降り注ぐコンディションだった。渡米前の羽田空港で、前半は「目立たないように」と集団に潜むプランを描いていた。しかし、宣言とは違い、スタートからダッシュで飛び出す、大逃げ策を敢行。中間点を先頭集団の中で1時間5分59秒で通過し、その後も持ち味の粘りを発揮した。40キロでは昨年優勝で、先頭を走っていたジョフリー・キルイ(ケニア)と20秒差の2位。ラスト2・195キロで逆転し、2分25秒差を付ける圧勝劇だった。

 前回大会は大迫傑(26=ナイキ・オレゴンプロジェクト)が日本人30年ぶりの表彰台となる3位。日本勢は2年連続の表彰台となった。

 出場の経緯は意外な縁だった。代理人であるラーナー・ブレッド氏が昨夏、大学の先輩に当たる同マラソン3連覇のビル・ロジャース氏(米国)と野球の米大リーグのレッドソックス−マーリンズ戦を観戦。その時、ロジャース氏が川内へ向けて、ボストン出場のラブコールをした。その動画をブレッド氏からもらった川内は「偉大な選手から呼んでいただけるのはうれしいこと」と30分以内に出場する意向を伝えたという。昨年末にはコースを試走。122回の世界的にも伝統あるレースでサプライズを起こした。

 ただボストンは国際陸連が求める条件を満たしていない片道コースのため、公認記録とはならない。





キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ 

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イチロー & 上原浩治

カブスからFAの上原浩治が日本球界復帰を示唆
2/28(水) 5:00配信


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  カブスからFAになっている上原浩治投手(42)が27日、日本球界復帰を視野に入れていることを示唆した。


 メジャー市場の動きが停滞し、まだ約50人のFA選手の移籍先が決まっていない。

 昨年12月上旬には「メジャー以外は引退」と話していたが、渡米直前に「日本の球団で“上原がほしい”と言ってくれる球団があるなら、そこで野球がしたい」と胸の内を明かした。





上原は帰国出来るにしてもイチローはなぁ・・・。

厳しそうだしなぁ、MLBでは

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平昌五輪

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連日熱戦が続いている

連日メダルラッシュと報道されている

だが未だ金メダルは取れていない

開催場所が場所だけに・・・

選手の健闘は称えたいと思う

だが歴史的に日本人選手は五輪に弱い

相も変わらず根性論が先に来ており

米国選手の様なメンタリティー・ケアが弱い

まだまだ残りの種目に期待は持てるが

1時間しか時差も無いのにTVを観る気には

なかなかならないんだよなぁ〜

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