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(4)「移動野営3」 8/28-9/6
8/28(月)
◆天気:晴れ
◆行程:Vermilion Valley Resort(ヴァーミリオン・ヴァレー・リゾート)⇒Bear Creek(ベア・クリーク)
0500起床。0915フェリー乗船。
フェリー第二便を待つ間、残ったハイカーみなでバックパックの重さを計った。私のバックパックは昨日8 pounds(約3.6Kg)減らし、補給した9日分の食料を詰めたあと、40 pounds(約18.2Kg)だった。移動野営開始当時は30kg近い重さだったのに比べると雲泥の差で、以後私はこの重さを一つの目安として維持するようにした。
レクチャーしてくれたベテランハイカーの一人と。彼は息子さんと二人で旅をしていた。日本では見かけない光景だが、アメリカではお父さんと息子や、お母さんと娘など親子で旅している光景はよく見かけた。
クライマーのエリック。もう60歳台というのにとてもタフだった。
そして、前日乗船した地点へ上陸し、トレイルを再開。
行動食に、ハイカーボックスから頂いたTrail mix(トレイルミックス)を食べた。これはナッツ類、乾燥果物、チョコなどを混ぜて自分で作れるものだが、アメリカではスーパーでこのまま売っている場合がある。私はこれがとても好きだったが、少々重いのが難点だった。
1633 この日の野営地・Bear Creekに到着。とてもきれいな沢だった。
VVRでは忙しくてシャワーを浴びそびれたため、沢で頭・身体を洗った。5日ぶりのお風呂!
食後、別ルートで歩いてきたダンとダイアンが到着。実は私のテントの横の大き目のサイトは彼らにとっておいていた。彼らは疲弊しきっていたので、テントの設営を手伝う。夜は遅れまくっているスケジュールを見直し、何パターンもの行程表を作成した。
8/29(火)
◆天気:くもり
◆行程:Bear Creek(ベア・クリーク)⇒Muir Trail Ranch(ミューア・トレイル・ランチ)近く
0534起床。VVRで目覚ましを削ってしまったのでこの日から自然と起きる生活。0835出発。
出発前の光景。ダンが撤営する中、ダイアンがウクレレをひいている。のどかな光景だった。
この日はダイアン・ダンと行動を共にし、一日中おしゃべりをして歩いた。 この日はとても渡渉(沢を渡る)が多く、ダイアンが渡渉風景を撮ってくれた。 Selden Pass(セルデン・パス)3,313m。私は予定が遅れていることを宿に連絡したかったが、残念ながら電波なし。どうやら予定になかったミューア・トレイル・ランチに行く必要があるようだった… Heart Lake(ハート湖)。その名の通りハートの形をしていた。 途中の湖で野営予定のダン・ダイアンと別れ、私は先を急いだ。
この谷を下ったところにMTR(ミューア・トレイル・ランチ)があった。
1950 Muir Trail Ranch(ミューア・トレイル・ランチ)着。ランチとは牧場のこと。実際ここにはたくさんの馬がいた。既に営業時間が過ぎていたが、スタッフの人に頼みこんでインターネットを使わせてもらい、宿にメールを送った。夜は近くの沢周辺で野営した。
8/30(水)
◆天気:くもり
◆行程:Muir Trail Ranch(ミューア・トレイル・ランチ)近く⇒Evolution Meadow(エヴォルーション・メドウ) 0545起床。そろそろ誰かからUSBコネクタを借りて携帯電話を充電しない電源がなくなってしまう状態だった。よく考えた末、MTRに行って借りることにした。
Muir Trail Ranch(ミューア・トレイル・ランチ)
Hiker BOX(ハイカーボックス)がずらり。私は結局ここに5時間ねばり、色々なハイカーから電源コードを借りて携帯電話の充電をすることにした…。
ハイカーボックスの中には、例えばこのようにたくさんのものが入っていて、自由にもらって良い。
私は、ハイカーボックスに入っていたビーフシチュー・ビーフストロガノフ・タイラーメンと自分のパスタを3袋交換した。私のパスタは1袋2食分だったので、等価交換になっておらず食糧不足になってしまうことに気が付いたのはだいぶ後だった…
ハイカーの多くはこのMTRに食糧などを送って補給していた。
優しかったスタッフの人たち。私は売店でお土産の他にようやく風邪薬を買うことが出来た。
電源コードを貸してくれたJMTハイカーのダン(右側)とマイク
同じく電源コードを貸してくれたPCTハイカーのジョニー(左)とジェシー
姉妹で旅するダイアン(66歳)とリンダ(65歳)。二人とも若かった!
前日野営地のサイトが隣だったジュリアとジェニーヴァ。こんな調子で、5時間ここに滞在している間にたくさんの友達を作ることが出来た。
1408 携帯電話の充電が95%を超えたため、ついに出発。
2000 野営地・Evolution Meadow(エヴォルーション・メドウ)手前に到着。渡渉すれば目的地だったが、時間が遅く、何と”パパベア”が野営していたのでこの日はここで野営することにし、”パパベア”と語り合った。
8/31(木)
◆天気:くもり
◆行程:Evolution Meadow(エヴォルーション・メドウ)手前⇒Wanda Lake(ワンダ湖)
0630起床。0830出発。
VVRでレクチャーしてくれたベテランハイカーの一人マークと。彼には後ほど助けられることになる…
ここで初めて石の上で足をすべらせ水に落ちた。
1900 この日の野営地・Wanda Lake(ワンダ湖)着。約3,500mの高所なため、風が非常に強く炊事に苦労したほか、朝夕の冷え込みがすごかった。夜、この日の昼にVVRでハイカーボックスからの食糧と自分の食糧の差し替えをやった際に計算ミスで食糧が大幅に不足してしまったことを発見。同じ野営地で野営していたマークが二食分の食料を私にくれた。食糧計画の見直しを行った。
9/1(金)
◆天気:晴れ
◆行程:Wanda Lake(ワンダ湖)⇒Le Conte 0600起床。あまりの寒さに絶句。風強し。意を決してテントの外に出る。あまりに風が強いので、テントのひさしの下で炊事を行うも、誤ってコッフェル(鍋)をひっくり返してしまった。
この日の朝食。明太子パスタに激辛スープをぶっかけたもの。寒いので身体が温まった。
マークのテント。タープにネットで出来た本体がくっついていて、トレッキングポール二本を使って立てるもの。とても軽そうだった。
前日水の中に落ちて靴が濡れてしまっていたので、食後は寝袋にくるまり、太陽が出て暖かくなるのを待った。0940出発。
この日私は、飯をきちんと食べていないことから来る疲れ(シャリバテ)を感じていた。このままではまずい、何とかせねばと思い、食糧が余っていないか話しかけたら分けてくれた青年。
Muir Pass(ミューア・パス)3,644mにて。「誰か食糧余ってませんか?あったらもらいますよ!」とハイカーたちに話かけたら、「あるある!」と減らしたかったらしい重いエナジーバーをたくさんくれたロンドンから来ていたアビーとソフィー。実はこの時、昼に食べる行動食が不足していたため、とてもありがたかった。ちなみに後ろに見えるのはMuir Hat(ミューア・ハット)という大変古い小屋で、JMTの象徴的な建物。
アメリカ人ハイカーのジェイソンと。彼は日本の東海自然歩道(東京〜大阪を結ぶ自然歩道)を58日間かけて歩いたと誇らしげに語ってくれた。
MTRで買った風邪薬もすぐにきかず、この頃の私は止まらない鼻水や痰に苦しんでいた。空気が薄いこともあってか、常に呼吸が苦しかった。
”JMT Monster(JMTモンスター)”と呼ばれる巨大岩
1800 この日の野営地Le Conte(ル・コン)着。携帯の充電をする必要があったので、レンジャーステーションに行ったがだめだった。誰かからUSBコネクタを借りる必要があり、その貸してくれる人物がいるところで野営する必要があった。二番目に声をかけた相手がOKと言ってくれ、私は彼と共に野営することになった。彼の名はクロードといいい、スイス人ハイカーだった。後にとても仲良くなる彼との初めての出会いだった…。前日の野営地と比べ風もなく寒くもなく快適な野営地だった。
9/2(土)
◆天気:晴れ
◆行程:Le Conte(ル・コン)⇒Palisade Lakes(パリセード・レイクス) 0630起床。0835出発。
出発準備をしていたら、キャンプサイトにたくさんの鹿が。
トレッキングシューズの紐を止める金具が壊れてしまった。これにより皮が骨に当たってとても痛く、結局最終日まで絆創膏を貼ってしのぐことになった。
ウィルダネス・レンジャーのエレン。彼女がゴミ拾いをしていたので労をねぎらい、私も出来るだけ拾うようにしていると言うと褒めてくれた。「”Leave no trace”だよね!僕たちスカウティングでは、”Leave no trace but appreciation”(痕跡は残さない、感謝だけ残す)って教えてるんだ」と教えてあげたら、「それ、いいわね!私も今度使わせてもらうわ」と言ってくれた。
この日の行動食。
1645 この日の野営地・Palisade Lakes(パリセード・レイクス)着。
とても暑い日だったので、すっかり仲良しになったクロードとまずは湖に飛び込み汗を流す。
ちなみに、トイレしたい時は離れた場所にある写真のような木の陰に行った。
9/3(日)
◆天気:晴れ
◆行程:Palisade Lakes(パリセード・レイクス)⇒Bench Lake(ベンチ・レイク) 0600起床。0800出発。
Mather Pass(マーサー・パス)3,682m
アメリカンな恰好が似合っていたベティ。
1700 この日の野営地Bench Lake(ベンチ・レイク)そば。仲良くなったハイカーたちがみな先へ行こうとしたが、私は足が悪いクロードを待ちここで野営することにした。ここもかなりの強風だったら、これより先で野営していたら吹きさらしの野営地しかなく、私たちはラッキーだった。
9/4(月)
◆天気:晴れ
◆行程:・Bench Lake(ベンチ・レイク)⇒Woods Creek(ウッズ・クリーク)
0540起床。0745出発。
Pinchot Pass(ピンショット・パス)3,688mにてクロードと。
1630 この日の野営地・Woods Creek(ウッズ・クリーク)着。
少し心に余裕が出てきたためか、この日はJMTに来て初めて自分でたき火をしたくなった。
9/5(火)
◆天気:晴れ のち くもり 時々 雨
◆行程:・Woods Creek(ウッズ・クリーク)⇒Rae Lakes(レイ・レイクス)
0530起床。0745出発。
1250 Rae Lakes(レイ・レイクス)着。私は元々、この先まで行く予定だったが、ここで早めに野営しのんびりするんだというクロードの姿勢に影響され、この日の野営地に決定。
この日は、洗濯をしたりした他、テントの中でのんびりと考えにふけるという、本当は一番やろうと思っていたのに出来ていなかったことをやった。
9/6(水)
◆天気:くもり のち 雨
◆行程:・Rae Lakes(レイ・レイクス)⇒Independence(インディペンデンス) 0430起床。0630出発。この日は絶対に宿に着かねばという強い気持ちがあった為、早起きして早めの出発となった。クロードとは宿で会おうと約束。
この日越えるGlenn Pass(グレン・パス)はあの山の向こうにあった。
峠の下で出会った青年オットー。PCTハイカーだということで元気をもらった。
オットー青年の話から、なぜかすぐそこだろうと思い込んでいたグレン・パス、何ともう一個別の山の頂上だと知り衝撃を受ける!
Glenn Pass(グレン・パス)3,652m
MTRで出会ったリンダとダイアン
この分岐からJMTをいったん外れ、Keasarge Pass Trail(キアサージ・パス・トレイル)というトレイルを通って下山しインディペンデンスの町へ向かう。
BSAのネッカチーフを持って歩いていたので話しかけた元スカウトの二人。写真右のジャルマーは元イーグルスカウトで、日本で開催された世界ジャンボリーにも行ったそう。そのネッカチーフを誇らしげに見せてくれた。ちなみに、真ん中のすごく性格よさそうな彼は元2級だそうで、話が盛り上がった。
1620 登山口のOnion Valley(オニオン・ヴァレー)着。ヒッチハイクをしようと粘っていたが、いっこうにつかまらないため、仲良くなったアンジェリーとクリスチャンの仲間から携帯電話を借り、宿の人に電話し迎えて来てもらった。
最後の補給地Independence(インディペンデンス)は、砂漠の中にある人口500人の小さな町だった。すぐ横にインディアンの居留地があるとのこと。
宿泊した宿Inpendence Inn(インディペンデンス・イン)。クロードとルームシェアして部屋代を安く済ませた。
まず久々の熱いシャワーを浴びてさっぱりし後、日本から送った補給物資を受け取り、足りない食糧を近所のガソリンスタンドの売店で買い出した。
夜は、この日で最後となりスイスに帰ってしまうクロードと旅の思い出を振り返り合った…。
つづく
(記:ボーイ隊副長 K)
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