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こんにちは! 「いつも元気」カブ隊です。
遅くなりましたが、10/9に行われた「川口市七つの祝い」奉仕の報告です。
「七つの祝い」とは、来春小学校に入学するこども達をお祝いする川口市の行事です。ビーバー隊とカブ隊は、市内のグリーンセンターでこども達のお出迎えをしました。
開会セレモニー
お出迎え
正門から入場する方たちを、「おめでとうございます」と大きな声と拍手でお出迎えしました!
ボーイ隊は、こども達に記念品をお渡しする奉仕をしました。
お出迎えの後はゲームをして遊びました。伝言ゲームです。
組長が隊長から伝言をきいてスタート↑
きちんと伝えられるかな?
ラストはデンリーダーさん。スカウト達からの伝言を発表してもらいました。
珍回答も続出し、とても盛り上がりました。
次は、スカウトが楽しみにしていた、ビーバー隊長による宝探しゲームです。
グリーンセンター内の数か所に隠されている指令を探しながら、ゴールを目指すゲームです。ビーバー隊長がルールを説明してくれました。
みんな真剣に聞いていますね!
カブ隊の各組にビーバー隊のメンバーが加わり人数が増えたので、ばらばらにならないようにロープをつないだ電車に乗って出発です。
チェックポイントかな?ここには何やら・・・
元気よい足取りで、スカウトを先導しています。
各組、がんばって探していま〜す!!
黄組が一番乗り! 黄組おめでとう!! ゴールは、植物園の階段の上でした。
昼食をはさみ、午後は12月のクリスマス会に向けて、出し物を何にするか話し合いをしました。今年は、うさぎ、しか、くまのクラス別の出し物をすることになり、クラスごとに話し合いをしました。
↑うさぎスカウトもみんなで意見をだしながら、「てぶくろ」という物語にきまりました。
今回のビーバー隊と合同の活動では、ビーバースカウトをいたわる姿がみられ、また、クリスマス会の準備では、それぞれのクラスでしっかり話し合いをして出し物をきめているスカウト達の姿がありました。これらの経験がこれからのスカウト達の成長につながっていければと思います。
(記:カブ隊副長 関)
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いつも元気!
カブ隊です。 ブログの更新が大変大変遅くなりました… すみません! もう年も変わってしまいましたが一気に参ります。 まずはカブコール。いよいよキャンプの始まりです。 自分のことは自分でやるのがカブスカウト。テントももちろん自分達で組み立てます。準備集会でバッチリ練習したしね〜 各組自分達のサイトにオリジナルの工夫をしていきます。 生きる為には食べなければ。 よく食べ、よく寝て、よく出す。 キャンプの基本ですね。 新郷自然の森にちなんで青と黄と赤の信号カレーも飛び出しました。 どの組のカレーも最高でした〜 早く寝ないと、なのにテントからは楽しそうな声が… 寝不足…なのか!いや、元気…なのか! 白組が見事優勝しました〜 時間配分が難しかったね…今回学んだことは次回に活かしていこう! 靴下干しも… もちろん片付けも自分達で。 来た時以上に綺麗に。 残すのは感謝の心のみ。 今回のキャンプでまた一回り大きくなったスカウト達でした。 またキャンプやろう! (カブ隊副長 F) |
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11/11、12にボーイ隊はパイオニアリングに挑戦しました。
去年やった際には、リーダー側で何を作るかを決めましたが、今年はスカウトのレベルアップを目指して各班で何を作るかを決めるところから始めました。 各班、事前の班集会で設計図、作成手順、資材、安全対策を実施計画書にまとめました。 【イーグル班】 【ドラゴン班】 【タイガー班】 【ハヤブサ班】 スカウトたちの構想が壮大なので、リーダーとしては「果たして本当にできるのか?」と不安になりましたが、まずは挑戦が大事だということで実行に移しました。 今回の活動のために、桶川1団から130本の縛材をお借りして、リーダーがトラックで新郷自然の森に運び込みました。 いざ、実践! 各班、実施計画書をみながら行動開始です。 クラブや学校の都合で、スタート時には人数が少なかったものの、そのことが集中力を高めたのか、あれよあれよという間にできていきました。 途中から参加したスカウトが、自分の班の工作物がほぼできていることに驚くほど。 完成品をご覧ください。設計図とおりできていることがわかるでしょう。 スカウトたちの表情が、達成感に満ちています。 【イーグル班】 【ドラゴン班】 【タイガー班】 【ハヤブサ班】 二日目は、これらの工作物を使った班対抗ゲームを行いました。 ハヤブサ班が作った塔から手旗で通信文を送って解読。 ベンチャー&ローバーが作った投石機を使って放り出したボールをキャッチ。 タイガー班が作った塔の上から、パラシュートつきの人形を指定した地点に着地。 ゲームの優秀班はタイガー班。おめでとう! 今回の活動で「新郷自然の森」でのボーイ隊の活動は終わりなので、1年間お世話になった感謝の気持ちを込めて森に弥栄を送りました。 記:ボーイ隊副長 坂本 |
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私たちに恵みとうるおいを与えてくれる母なる川「荒川」
その川は奥秩父のとある場所を起点として、埼玉県と東京都をめぐる約170キロの旅の果てに東京湾に注ぎ込んでいる。あの雄大な流れの起点はいったいどのようなものだろうか?
9/23、この謎とロマンを追ってボーイ隊は1泊2日のアドベンチャーハイクに出発しました。
本当なら荒川沿いを歩いて起点まで行きたいところですが、時間的に厳しいので、荒川とほぼ並行して走っている電車&バス&徒歩で移動しました。
1日目の目的地は、冒険のベースキャンプとなる入川渓谷夕暮キャンプ場。
川の水のきれいさが川口市内とは大違い。見た目だけでなく、薬剤を使ったテストでも違いは明らかでした。
翌日の起点アタックハイクでは、途中で野帳(自分が歩いた方向と距離を記録する方法)が課題として出るため、全員で野帳のつけかたとコンパスの使い方を訓練しました。
今回の活動のテーマのひとつは「荒川の恵みを感じる」でした。 ということで、食事も「荒川の恵み」にするために、キャンプ場のちょっと上流にある渓流釣り場でニジマスを釣りました。 釣った魚から針を外すのが上手くできないスカウトには、達人スカウトが手伝う場面があり、チームワークが見受けられました。 釣った魚をキャンプサイトに持ちかえって塩焼きに。 荒川の水で育った野菜をたんまりと使った汁物も作って、荒川の恵みを十分に味わいました。 夕食の後は、K副長から先日のアメリカでの大冒険の報告を聞いて、冒険への夢を膨らませました。 翌朝の体操では、荒川の水で育った木々が生みだした酸素(=荒川の恵み)を体いっっぱいに取り込みました。 そして、いよいよ起点へ向けてのハイク開始。 しかし、ここで隊長から残念な話が。起点の手前の道が崖崩れになっていて通行できないのです。 起点にたどり着くという目的は達成できなくなったものの、めげずにハイクへ出発しました。 ハイクでは、手旗の解読、野帳、苔やホオノキの観察といういろいろな課題を班長のリーダーシップと班員のチームワークでこなしていきました。 課題の回答、ハイク報告書の完成度、ハイクの取り組み姿勢などをリーダーで評価した結果、ハヤブサ&ドラゴン合同班が優秀班をゲットしました。 今回の活動を通じて、リーダーシップとチームワークがさらに高まったと思います。 これこそが、私達が得た一番の「荒川の恵み」でした。 記:ボーイ隊副長 坂本 |
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米国移動野営あとがき
旅から帰り約一ヶ月がたちました。旅行記はとてもシンプルに書いていたので、皆さんに伝えきれなかったことを書かせていただければと思います。だいぶ長くなりますし、内容としてはベンチャースカウト以上・リーダー・保護者の皆さん向けの内容になってしまうと思いますがご容赦ください。
(注)文中に「ハイカー」「ハイキング」という言葉がたくさん出てきます。アメリカ人のいう「ハイキング」とは、日帰りハイクから、大きなバックパックを背負って何日も山を含め大自然の中を歩く行為も含むもので、「ハイキング」といえば日帰りハイクのみを指す日本とは大きく意味が異なります。
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今回私が旅に出たのは、美しい自然を見たかったからではありませんでした。英語の勉強も兼ねていましたが、ゆっくりと考えにふけることが出来る時間と場所が欲しく旅に出ました。心境としては、ローバースカウトの時に自転車をかついでオーストラリアに旅立った時や、10年前にバックパックをかついでチベットに旅立った時と同じ気持ちで、まさにローバースカウトが幸せへの道を探るローバーリング(彷徨)と同じでした。ボーイスカウト運動にはこういう冒険旅行の世界があるということを皆さんにお伝えしたいこともあって、スカウト活動として旅をしました。
旅で出会った人たちに「なぜあなたはジョン・ミューア・トレイルを歩こうと思ったの?」という質問を私はいろいろな人たちにぶつけました。多くの人たちが「良い質問をしてくれるね」と喜んで語ってくれましたが、「今後の人生について考えたかったから」と、意外にも私と同じ目的で来ている人も多かったことに驚きました。何人かの人が私と同じように仕事をやめてトレイルに来て自然の中で第二の人生を考えようとしていました。
ただ正直な話を言うと、ローバー時代のオーストラリア自転車旅行の時の方が、大きな衝撃があったと思います。それは当時の私にとって初めての英語圏での旅だったことや、何よりも私が知らないことの多い青年だったからかも知れません。がしかし、ジョン・ミューア・トレイルは想像していたよりも大変なところでした。ロングトレイル(長距離自然歩道)と聞くと登山よりもラクそうな響きがありますが、実際には標高2,500〜4,000mの高さを毎日登り降りするというコースでしたので、旅の後半まで歩ききる自信がありませんでしたし、旅の目的だった考えにふける時間はあまりありませんでした。
でも私は、アメリカ各地や世界各国の友人を30人以上作って帰ってきました。これだけの友人を作れた理由は、私は初対面の人とすぐに仲良くなれる特技(これは今回発見したことです)があるのも理由ですが、自分から積極的に人に話しかけたこと、そして一人旅だったことが大きいと思っています。一人旅だと基本的にさびしいので、自然と人に話しかけたくなり積極的に話しかけることにつながります。相手もこちらが一人だと話しかけやすいようです。仲間同士で旅をすると、よくも悪くも旅での喜怒哀楽を仲間だけで共有出来てしまうので他の旅人に話しかけるという行為が減ってしまいがちなものです。私は友人たちのアドバイスからたくさんのヒントを得て帰ってくることが出来ました。ですので、特に青年たちには一人旅をおススメしたいと思います。
少し話がそれますが、高い目標への取り組み方を得られたのも今回の成果です。学生時代から登山をしてきた私が今まで自然とやっていた心構えだったのですが、今回とても役立ったものです。それは、山のふもとからてっぺんを見上げると「あそこまで登るのなんて、絶対に無理!」と思ってしまうような高い山でも、5〜10メートルくらい先にある岩や木を目標にして「よし!とりあえずあそこまで頑張ろう!」と決めて少しだけ頑張って歩きます。歩いている途中は上を見上げず心を無にして歩きます。するとあっという間にその目標に着いてしまうので、また新たに近くの目標を決めて歩くのです。このやり方で小さな目標を積み重ねていったらゴールはけっこうあっという間に感じることが多かったです。人生にも使える心構えだなと思っています。
今回の旅では多くのトラブルもあり、数々の失敗もしました。街で看病してあげた人から風邪がうつってしまい移動野営中に風邪で苦しんだことや、荷物を削る際に充電用のコードを間違って送ってしまったこと、食料を交換する際に計算を間違えたことなど、賢い人ならばそのような失敗はしなかったかも知れません。しかし私はどんなに失敗しても、それは自分らしさを貫いた結果であり、自分の生き方であると受け止め、決して自分を嫌いにならないように心を維持しました。これはローバー時代の豪州自転車旅行で得た私の哲学なのですが、一本の道の走り方はいろいろあって良いではないかというものです。体力に自信があって早く走れる人、頭がよくて効率的で無駄がなく走れる人、たくさんの失敗をしながら走る人など人それぞれです。ついつい優秀な人たちと自分を比べて自分はだめだなと思ってしまいがちですが、ゴールにたどり着いてしまえば、そこに行くまでの走り方なんていろいろあっていいではないかと思うのです。特に日本人は頭の回転が速くて効率的で優秀な人が多いなあと海外に旅に出ると余計に感じます。でも、他人と自分を比較してばかりで自分に自信をなくし、自分を見失ってしまうことが一番怖いことだと私は思っています。人は誰でも失敗をしますし、弱点もあります。でも自分ならではのものがあると思います。バックパッキングの旅というのはそういうものも見つけることが出来るのです。
少しアメリカのウィルダネス(=大自然、原野)の素晴らしさについて書かせてください。今回私が歩いた場所は、アメリカ政府が自然保護に力を入れている国立公園、国有林(森林公園)の中でも、特に厳しく入場を制限して保護しているウィルダネスエリアでした。日本でもヨーロッパでも「山」を歩くことは出来ますし、「森」も「湖」も「滝」などもあります。でも、アメリカのウィルダネスは、広大なエリアに岩山、谷、森、湖、滝、沢、岩、草原、湿原、雪渓、荒野、などなど、さまざまな自然が「面」としてあり、橋や小屋などの人工的なものは極力作らないようにされています。「山」はその広大なエリアにある一部なのです。私が今回歩いたジョン・ミューア・トレイルは総距離342kmあり、日本から名古屋ぐらいの距離です。日本でも野生のヒグマが棲む北海道の知床半島など、大自然を体感出来る場所がないわけではありませんが、いかんせんスケールが違います。ヨーロッパから来ていたバックパッカーも「ここ(ジョン・ミューア・トレイル)とヨーロッパは全然違う。ヨーロッパにはここより高い「山」もたくさんある。だけど、山のふもとにはロッジや町があるんだ。アメリカのような広大なウィルダネスはないんだ。」と言っていました。
今回私が旅したウィルダネスエリアでは、ロッククライミングやオートバイ・自転車も禁止されていたので、そこを旅することが許されているのはバックパックをかついだハイカーだけなのでした(馬で荷物を運ぶパックトレインや国立公園・森林公園職員も許されていますが彼らは仕事です)。ですので、ハイカーというのは、大自然の中を旅することを許された特別な存在でした。これは日本とは環境が大きく異なります。日本だと登山とキャンプって基本的には別のジャンルとして楽しむものであり、例えば登山中にたき火をすることなんて今ではほとんどありません(沢登りをやる人たちとか一部を除けば)し、橋がない沢を歩いて渡る登山道なんて聞いたことがありません。日本だとバックパッカー・縦走登山者というのはクライミングをする山男に比べると格下的なイメージがありますが、アメリカでいう「ハイキング」とは、大自然の中を野営しながら旅する行為であり、ハイカーだけが体験出来る世界がある誇らしいものなのです。まさに日本のボーイスカウトが「移動野営」と呼ぶ旅のスタイル(※)であり、ワンダーフォーゲル部の世界だなと思います。 ※ 日本のボーイスカウトが「移動野営」と呼ぶ行為には、バックパッキング、
自転車旅行、カヌーやゴムボートによるリバーツーリングなど多岐に渡る
スタイルが含まれています。
私が大好きなシエラ・ネバダ山脈の自然の素晴らしさについても少し触れさせてください。まず快適に感じたのはとても乾燥していることでした。北米とはいえシアトルのように雨で有名な街もあるのですが、私が今回歩いたジョン・ミューア・トレイルでは雨もそれなりに降るものの(特に今年は例年より雨が多かったようです)、ほとんどの雨はすぐにやんで強い日差しが戻りましたので、濡れた雨具もバックパックに吊るしておけばすぐに乾いてくれました。乾燥していると野営生活もとても快適なのです。湿気が高い日本の山を登る時、汗っかきの私はいつもタオルを頭に巻いて登るのですが、シエラでは帽子をかぶったまま登ることが出来、たまに脱ぐぐらいでした。中にはカウボーイハットをかぶって登っているアメリカ人ハイカーもいたりして、「そのカッコ良さずるいなあ」と思いました。美しい針葉樹林の森を歩いていると、まさに『スタンド・バイ・ミー』の世界だなと思いました。
ただ、大自然には厳しさもあります。私が歩いたエリアには野生のクマも生息していたため、数々のクマ対策は本当に厳重に行わねばなりませんでした(といっても人のためのルールではありません。それは食料を持ったハイカーを襲うクマだと殺さねばならないから、そうならぬようクマの保護のために決められたルールばかりです)。橋がかけられていない沢を横断する行為も場合によっては大変危険なもので、現に日本人ハイカーの女性が今年一人亡くなられています。沢を渡る時にはいつも緊張しましたし、反対方面からすれ違うハイカー同士で次に沢を渡る箇所はどこか、危険ではないか、などの情報をよく交換していました。陽射しもとても強かったったので日焼け止めをきちんと塗らずにやけど状態になっているハイカーもいたり、トイレがないので毎日野外で済まさなければならなかったり、大自然ならではの大変さには事欠きませんでした。
あと、旅の途中で日本の自然と何かが違うとずっと感じていました。静かなのです。ある日気がついたのですが、蝉が鳴いていないのです。おそらく標高が高かったからだと思います。すれ違う人たちが日本の山と比べて少なかったので余計に静かに感じました。ウィルダネスエリアでは登山口ごとに一日ごとの入場者数が数十人程度に制限されていますので、とてつもなく広大なエリアの規模に比べたら本当に少ない人数のハイカーだけが歩いていました。毎日歩いていて広大な大自然を独り占めしている気分でした。自然保護のためにそうされている訳で、とても贅沢な気分を味わえました。
今回の旅の隠された目的だった「日本のスカウトたちに移動野営をもっと楽しんでもらうにはどうしたらよいかヒントを探してくる」というテーマについても少しお話させてください。今回私は、アメリカのベテランハイカーたちの装備が私たち日本の山男のそれとはかなり違うことに気が付きました。まずバックパックの重さが違いました。日本で二週間を超える移動野営であれば、バックパックの重さが20kgを超えるのはおかしいことではありません。しかし今回出会ったベテランハイカーたちは15kgくらいの重さで歩いていました。驚異的な軽さです。私は実際に仲良くなったベテランハイカーたちから装備についてのレクチャーを受ける幸運を得ました。例えば「Tシャツ4枚も持っているのか?1枚でよい!(洗っている間は長袖シャツを着ればよい)」、「救急バッグの中身は良いが、バッグが重い!代わりにジップロックに入れろ!」と、こんな調子で兼用出来るものはとことん兼用し、軽く出来る努力は徹底的にやるのです。このようにグラム単位で重さを削る努力を積み重ねると、結果としてそれはキロ単位で自分のバックパックを軽くすることにつながります。
そしてこの「バックパックを軽くする」ということこそ、日本で移動野営が好きなスカウトを増やすヒントになるのではと思ったのです。日本では、山を走るトレイルランニングやサバイバルレースのような競技者をのぞけば、バックパックを軽くするという議論は登山者の間で決して多いとは思えません。私自身もむしろいバックパックの重さを誇るぐらいで軽くしようという努力はあまりしませんでした。しかし、バックパックを軽くすることで移動野営が楽しくなり「自由」になることを
今回学びました。「軽さは正義」と言えるかも知れません。
昔から移動野営を敬遠するスカウトたちは多い気がします。その理由を、日本で移動野営=登山=つらい、のイメージがあるからと仮定するならば、バックパックを軽くして楽しむやり方は解決策の一つになるかも知れません。とても大きな収穫だったと思っています。ただしこのテーマは必要なものを持っていかない不注意なハイカーを生む危険もあるものなので、自分なりにもう少し研究を進め、ぜひスカウトたちに伝えていきたいと思います。
私の旅行記を読んでアメリカのボーイスカウトたちとの出会いがほとんどなかったことに気付いた方がいるかも知れません。日本にジョン・ミューア・トレイルを広めた故・加藤則芳氏の著作『ジョン・ミューア・トレイルを歩く』で氏がたくさんのアメリカのスカウトたちと出会ったエピソードをうらやましく思い期待していた私でしたが、私が出会ったのはリーダーだったり、元スカウトの大人たちで、移動野営中のスカウトたちには会うことができませんでした。これはアメリカの学校は(地域差もあるでしょうが)カリフォルニアでは8月第三週から新学期が始まってしまうからだとアメリカ人に説明されましたが、私はそれだけではないんじゃないかなと思いました。なぜならスカウトではないアメリカの青年たちはたくさん来ていたからです。
アメリカはあまりにも舞台としての自然が素晴らしすぎるところです。ボーイスカウトというフィルターを通さなくても、ただ単に野営やハイキングをするだけでもレジャーとしても教育的にも満足が得られるでしょう。ただし、それに甘えて思考停止しソフトとしてのスカウト運動の魅力を追求する姿勢がないならばボーイスカウトでなくても良いわけで、時代と共に衰退していく危険があると思います。私たち日本のリーダーは、普通の森を舞台にしつつもそこにボーイスカウトならではのソフトを加えることで冒険的で素晴らしい教育活動になるよう日々奮闘しているので、アメリカのあの素晴らしい自然にボーイスカウトのソフトが加わったら絶対に素晴らしい活動が出来るはずなので。個人的に子供の頃からアメリカのボーイスカウトハンドブックを読んで憧れ模範としてきましたが、アメリカのスカウティングってさすが一級の商業主義が栄えている国だけあって広告・宣伝はピカイチだけど、実際の現場でちゃんとスカウティングをやっているのか、最近では疑問に思っています。いつかアメリカ人にボーイスカウトの在り方、魅力を教えてあげていけなければいけない時代が来たりして…なんてことを思いました。ただ、現役スカウトたちとは出会えなかったものの、リーダーやOBたちと出会えた時、この世界的な教育運動の素晴らしさをあらためて感じました。
〜伝えたいこと〜
最後に、私がお伝えしたいことを書かせていただきたいと思います。今回の旅で私が誇りに思っていることはアメリカの大自然を旅したことではありません。手前みそで恐縮ですが、「アメリカで移動野営をしたい」という思いつきを、ツアーなどに頼らずに自分の企画として形にしたことにあります。通常なら一年かけて準備するアドベンチャーを3-4ヶ月という短期間で実現出来たのは多くの人の支えがあったからこそでした。
私たちは、何かをやりたいなとアイデアが思いついた時、まず世の中にそういうことをすでにやっているグループやイベントがないかを探すかと思います。それ自体は悪いこととは思いませんが、そればかりを志向・推奨する方向性には疑問を感じます。自分がやりたい内容に近いイベントが世にあれば、それに「参加」するのは簡単なことですが、自分のやりたいことがすでに世の中にあるとは限りませんし、仮に近いものがあったとしても、所詮は他人が作ったものですので本当に自分がやりたい内容と合うとは限らず我慢することが出てくるでしょう。でも、多くの人が「生みの苦しみ」を味わうことを敬遠し、既存のものに「参加」することで何となく満足してしまっていると思います。これは私が青年だった二十年ほど前から変わっていません。他人が作ったイベントに乗って参加しても達成感は得られるでしょう。でも自分で形にした場合は、それ以上のものが得られるのです。自分の想いを形にするのは難しく苦しいことですが、そういった創造力や行動力が価値あるものであるというのは、毎年新しい音楽や小説などの新しい芸術作品が次から次へと若者たちの手によって生み出され、世の中に出てきてくることが示しています。
この世の中はいろいろなタイプの人たちがいて成り立っていますから、世の中すべての人に創造力や行動力を求める「やりすぎ」は慎まねばならないと思います。でも、教育運動としてのスカウティングとしては、青年世代の経験として自分のやりたいことを形にする経験をしてほしいなと願っています。例えば高校生年代のベンチャースカウトたちが挑戦した場合、最初は自分たちがやりたかったことを100%形にすることは出来ないかも知れませんが、そういう創造的行為を若いうちに経験しておくことは、大人になり自分でやりたいことを形にする時にとても役に立つと思います。実際今の私を作ったのはローバースカウト時代の経験ですから。ただし、誤解がないように申し上げたいのは、それは「プロセス」を経験させるという意味ではありません。変に頭でっかちの青年が育ってほしい訳ではありません。無知かも知れないけれど、自分がやりたかった想いを形にすべく取り組んだ青春時代の思い出により夢とロマンが育まれ、そういう状態で本当に自分のやりたいことを形に出来る社会という大海原に奮って臨んでほしいと願っているのです。
長々と長文失礼いたしました。本当に最後になりますが、この旅を実現するにあたりお世話になった多くの方々に心より御礼を申し上げます。
終
(記:ボーイ隊副長 K)
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