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■この未来中心の真ん中に広場がありまして、夏休みになると、一定時刻に噴水が吹き出すならいがあるようです。打ち水効果を狙ったものなんでしょうか? ■ときどき、親子連れが噴水が吹き出すタイミングでやってきては、小さなこどもたちをフル●ンで水浴びさせています。 ■しかし、この日はそういった家族連れがたまたまおらず、ひとりの警備員さんが立ち会いのもと、噴水が夏空に吹き上げておりました。 ■警備員さんはただただもう職務を愚直に果たしていただけなんですが、小生の眼には一幅の絵画のように映った次第でありまして、思わず写真に納めたのでありました。 ■うだるような暑さの中、アンニュイな午前11時33分でした。 |
季節
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● 先日、ある方(元職場の先輩・現在はリタイヤで悠々自適)から素敵な暑中見舞いが届きました。 その暑中見舞いとは1通の写メールです。 ● 笠岡湾の干拓地に植えられた無数の向日葵たちです。 圧巻です。 そして美しくもあり、 生きていく力・漲る生命力が観る者の心に迫ってきます。 こんな風景に偶然出会ったら、不覚にも感動で泣いてしまうかもしれません。 今度は、写メではなく、実際にこのふたつのまなこで観てみたいものです。 |
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● ラニーニャの影響?でしょうか、連日の猛暑列島=日本ですね。 ● 8月27日付け、岡山県の地元新聞・山陽新聞では、 「連続猛暑日が8月26日までに12日に達し、1990年以来、記録更新となりました。」 と報じていました。 ● しばらく前(8月5日)になりますが、岡山市の表町商店街の一角で、 氷の芸術コンテストをやっていました。 ホテルの料理人さんの余技みたいなやつでしょうか。余技というにはあまりにアートですけども。 涼しげな氷オブジェに癒されましたヨ。 皆さんにも、涼しさのおすそ分けで〜す。 ● この氷オブジェ、見ている前で猛烈な勢いで解けていってました。 はかないものですが、はかないものにこそ、何かしら哀切感と美しさを感じますね♪ ● うちのだめ猫メロンは、あまりの暑さに、玄関の冷やっこいタイルがお気に入りスポットです。 ● 自分の体温でタイルが温まると、寝返りも打ちます。
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● 昨日アップした醍醐桜花見行には、実は続きがありまして、醍醐桜のある真庭市別所と同じ行政区内である真庭市新庄村にある「がいせん桜まつり」に行ったのでありました。言うなれば「観桜のはしご♪」「観桜のダブルヘッダー試合♪」だったのです。 ● 凱旋桜の咲いている通りがあるのは、江戸時代、出雲街道の宿場町として栄えた新庄村。新庄村は「メルヘンの里」というキャッチフレーズを掲げて観光客の誘致に町を挙げて取り組んでおられます。本陣、脇本陣をはじめとする歴史的建造物があり、宿場町の面影を今も残しています。 ● 宿場道であった道路の両側には約100年前に植栽された137本の桜並木が続き、4月中旬頃には宿場町の街並みが美しい桜に飾られた道となるのです。この頃には「がいせん桜祭り」が開催され、のどかな風景に一層の彩りを添えています。 ● 凱旋桜の由来は、明治39年、日露戦争の勝利を祝して137本の桜が植えられ、凱旋桜と名付けられたことに由来しているのだとか。 ● 凱旋桜の通りに近づいていくと警備員さんがあちこちで車を誘導しています。臨時駐車場のようなものがそこかしこに設営されているようですが、我々の到着が遅かったので、街道からは随分離れたところ(約2キロ?くらい離れていました)にある運動場へと誘導されました。この運動場だけでも相当な車両が駐められています。すごいお祭りなんだねぇ〜。運動場のライトの向こうに植栽が見えるでしょうか?新庄村・メルヘンの里の「メルヘン」という字に見えるように刈り整えられています。(9時54分頃) ● うららかな春の日差しの中、テクポクと歩いていきます。ご家族連れがたくさん通りめがけて歩いていきます。運動場から通りまでシャトルバスがピストン輸送をしてくれていますが、せっかくの天気なので我々も歩きました。 ● 約20分かかって桜通りの入り口にたどり着きました。入り口のところには大勢の人がたむろしています。そこから桜通りを眺めると人、人、人で向こうが見通せません。いろいろな出店の醸し出す美味しい臭いもそこら中に充満しています。写真は薫製を作っている木箱です。薫製一盛り300円。(10時17分) ● 桜はちょうど満開、見頃といったところです。ここは岡山県では最も遅い桜祭りだという定評です。 ● いわずもがなですが、当然、歩行者天国でございます。 ● 満開の桜の下、ゆったりとした歩度で歩みをすすめる人々を見ていると、つくづく「平和こそシアワセだなぁ〜」と思います。この桜通りは日露戦争凱旋という戦争の産物でありながら、平和のシンボルでもある・・・何だか逆説的なようでもありますけど、これらの木々を植えた人の気持ちは、戦争に勝った高揚感よりも、戦争が終わって、もう「戦争で肉親を失うかもしれない」心配から解放された安堵の気持ちの方が強かったのかもしれないなぁ〜などと考えたのでした。 ● 冒頭に「新庄村は出雲街道の宿場町」と記しているように、松江藩松平家がここを往来していたのだそうです。この佐藤さんちは今から250年前くらいから本陣として指名を受けたようです。 ● この通りには本当にいろいろな出店が出店されていましたが、人力車なんかもありました。こんな大勢の人出があっては、ろくろく通りを通行することもままならないでしょうが・・・(^^); ● 凱旋桜音頭・・・って言っていたっけ?歌と踊りも披露されていました。 ● 国際色も豊かですよ。トルコの名物ファーストフード「ドネルケバブ」がなぜか宿場町に出現。牛だか豚だかの肉を太い肉柱状にして、これを回転させながら、こんがりと焼き、焼けたところから大きな包丁でそぎ落としていき、ソースや野菜と共にサンドイッチに挟んで手軽に食べたりするというものでございます。新庄村あたりも和牛が美味しいらしいから牛肉を使っているのかな?500円でした。結構な行列ができていました。 ● 桜通りに到着して約20分、ブラブラと散策して、宿場町を後にしました。まだまだ、これから盛り上がるんだろうな〜という時間にもかかわらず、出発したのはこの後、登山を予定していたからです。続きの登山行については、明日(以降)の心ダァ〜♪♪(10時35分)
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● 岡山県の銘木として夙に名が知られた「醍醐桜」ですが、あちきは未だ観に行ったことがありませんでした。 今日は、「登山行のついでに、醍醐桜にどれくらい桜が残っているか観に行こうか」と義兄が誘ってくれたので、良いチャンスだと思い、行ってみました。所在は岡山県北は真庭市というところです。 ● この看板に書かれているように、後醍醐天皇が元弘の乱の責めを負わされ隠岐に流罪とされ、隠岐に向かう途中、この桜の木の側を通りかかり、めでられたとの言い伝えによりその名が起こったものとされています。ですから樹齢も推定ですが1000年とされています。(多くの説では700年程度とされていますが) ● 最近ではNHK大河ドラマで市川海老蔵演じる「宮本武蔵」のロケ地にも選ばれたので、全国的知名度も上がったのではないかと思います。 ちなみに、宮本武蔵は役所広司さんでもかつて大河ドラマに取り上げられたことがありました。 昭和59年4月〜の放映でした。今から26年、四半世紀以上も前のことですね。当時、役所さん以外のキャストとしては、お通役で古手川祐子さん、小次郎役で中康次さん、朱実役で池上季実子さんが配されていました。当時、24歳のあちきは、吉川英治さんの原作とともに熱中して観ていた覚えがあります。 ● 醍醐桜は遠くから観ても大きいな〜と実感されるのですが、近くに行くとその大きさと神々しさにいよいよ胸打たれます。 お客さまは思ったより少ないし、もう今年の花の盛りは過ぎたのだろうと思いますが、結構花弁が残っていて、まだまだ見応えはあります。 ● "生きのびて 醍醐桜の 花に酔う" と刻された石碑が桜の木のたもとに置かれています。 後醍醐天皇のことに思いをはせて呼んだ詩でしょうか。 それとも、戦争から生きのびて故郷の醍醐桜を生きてふたたび観ることができた方が詠まれた詩でしょうか。 はたまた、毎年生を長らえて今年も醍醐桜を観られたことを言祝ぐ長寿な方の歓喜の詩でしょうか。 ● 陽光を醍醐桜の向こうに据えて写真を撮ってみました。あちきが好きなアングルです。 ● 現地に行くまで知らなかったのですが、次の世代の醍醐桜が用意されていました。初代?醍醐桜もいつまで生きながらえるかわかりません。もしご臨終になった際には、この2代目醍醐桜が後を襲名するのでしょう。 ● 醍醐桜を観に行ったら、是非、周囲の村の風景にも目を向けていただきたいなと思います。 そこには、日本の古き良き原風景が拡がっています。そして、その風景にまさに花を添える桜の花々・・・まだまだ一杯花弁を付けて、この世を謳歌する桜がうららかな春の日を精一杯演出しています。 ● この風景の向こうに、トランクをさげて、腹巻きをして、帽子をかぶり、雪駄を履いた寅さんが
「お〜〜〜〜いぃ。こっち、こっち!あんたもこっちに来て一杯やんなよぉ!!」 って大声で呼んでいるような気がしませんかぁ?? |






