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日本一周、世界一周 byぶーぶー
出張224都市(165ヶ国) 早くリタイヤしたい(>_<) 朝:旅行 昼:本日のおもしろツイッター 夜:ドラマ でお送りします。

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狂ったような忙しさの中

こともあろうに日本一周に行きました

テーマは

う・・・うどん
お・・・おしろ 
お・・・おまいり 
お・・・おっぱい  


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飛行機と18きっぷの移動以外にも

歩きまくった6日間

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こんぴらさんは、この象のような顔の山で

それが瀬戸内を航行している船から目印のようによく見えたため

ここが海の神様になったらしいですよ

象の目のあたりに見えるのが金毘羅神社

ようはここまで下から登るということです

さらに上部には奥院があります

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さて無事にこんぴら参りが終わったので

次の目的地へ

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最近の電車って

どこもかしこもアニメですね


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琴平から30分ほどの

宇多津に向かいます

ここにうどんの超名店があるみたい


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瀬戸内まで出てくると造船所が多い


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さくっと宇多津到着

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さて今回の食べログ3.65

信用していいでしょうか?


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1kmちょっとなので歩きます

でも風の強い日で結構肌寒かったなあ


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簡単に到着しました

まだ昼にはちょっとだけ早めなのですが

店内満席でした

そりゃそうだよね


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かけ小(1玉)

釜玉小(1玉)を注文します


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あとは自分で天麩羅取って

うどんを温めて

汁かけて

ネギがスピーン2杯でお願いします

みたいなセルフ方式

でも店主が優しくて、丁寧に説明してくれたり

タイミングを教えてくれたりします

よくありがちなガンコおやじの寿司屋とかラーメン屋に

ありがちな「おらおらスタイル」ではなく

すごく感じがいいです

ホスピタリティ十分


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これが本場

香川のうどんだ!

( ; ゚Д゚)



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やばいで( ; ゚Д゚)これ!





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超おいしかったです

死ぬまでに食べておきたいうどん



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あとはブタタモリでも

見ておいてくれたまえ

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またおやじ、ひと皮むけた気がする



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むふふ

❤♡❤





















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5日前


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5日前深夜


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4日前


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3日前

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2日前


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前夜は十分に寝られた結果


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今朝は何度計っても平熱


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ということなので
発射!


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行ってきました横田基地

さすがに今年はダメかと思いましたけど

最後の最後になんとかするオヤジ

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今年の参加証はこんな感じです

ってか近年色が違ってるだけで

基本これのような気がする

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なんか今年、いつもより人数が多いような気がします

しかも北朝鮮問題があるからか

今年は滑走路周回はせず

滑走路東側半分だけ、離発着に影響しない場所を

2回廻るというやったことのないコース

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熱をぶり返したり、気管を閉ざしてしまわないように

ゆるゆる走ります



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でも、さすがに39度超えて熱があり、ここ一週間

寝てばかりだったから筋肉溶けてまして

つらかったです

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おやじゴールの瞬間

強風でゴールつぶれてるし

(;´・ω・)

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おやじなんとか頑張りましたよ

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さすが米軍

スイーパーはハーレー軍団です










そんなこんなで

死ぬほど走った横田基地

無酸素で107分


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でも結構おそいです

仕方ないデス

いいのいいの気にしない

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死ぬかと思った・・・(;´・ω・)

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 ♡ おっぱい ♡💛♡





















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狂ったような忙しさの中

こともあろうに日本一周に行きました

テーマは

う・・・うどん
お・・・おしろ 
お・・・おまいり 
お・・・おっぱい  


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飛行機と18きっぷの移動以外にも

歩きまくった6日間

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こんぴらさんのおさらいを





由緒
金刀比羅宮の由緒についてはいくつかの説があり、一つは、大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祭った琴平神社から始まり、中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現と称したとするものである[2]。もう一つは、もともと象頭山にあった真言宗の松尾寺[3]に金毘羅が鎮守神として祀られており、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅の神験に遭ったのが開山の縁起との伝承から、これが金毘羅大権現になったとする[4]。別の説として、『生駒記讃陽綱目』の金刀比羅宮の條によれば、延喜式神名帳に名が見える讃岐国多度郡の雲気神社が金刀比羅宮という
記述がある。

海上交通の守り神とされるのは、古代には象頭山の麓まで入江が入り込んでいたことに関係があるとされるとの説があるが、縄文海進での海面上昇は5m程度であり、大物主命が「海の彼方から波間を照らして現れた神」であったことに由来すると考えるほうが妥当である

長寛元年(1163年)に崇徳上皇が象頭山松尾寺金光院に参籠した[2]ことから、修験道の御霊信仰の影響で永万元年(1165年)には、讃岐国に流されたまま崩御した崇徳天皇も象頭山松尾寺金光院に合祀した

戦国時代には荒廃していたが、別当となった象頭山松尾寺の宥盛が信仰を広め境内を整備した。宥盛は死の直前には神体を守るために天狗に身を変えたとの伝説もあり、死後は本堂付近に祀られる。

江戸時代
江戸時代初期には、別当の象頭山松尾寺の宥光が参拝の土産物として○に金の印を入れたうちわを作ることを思いつき、大和国より技術者を招いたといわれ、この頃には信仰が次第に広がりを見せていたと推察される

江戸時代中期に入ると全国の庶民の間へと信仰は広がった。各地で金毘羅講が組織されて金毘羅参りが盛んに行われるようになり、伊勢神宮へのお陰参りに次ぐ庶民の憧れだったといわれる[6]。その様子は、浮世絵の東海道五十三次の一つである「沼津」や、滑稽本の東海道中膝栗毛に描かれている。奉納も多く行われ、奉納された石碑を収めるために本来直線だった参道を曲げたほどであった

江戸時代末期には民謡「金比羅船々」[8]が歌われ始める。

明治以降
明治元年(1868年)の神仏分離令で金刀比羅宮と改称して神道の神社になり、主祭神の名は大物主神と定められ、相殿(あいどの)に崇徳天皇を祀った。9月13日に勅祭神社とされた[9]。象頭山松尾寺金光院は廃されて、祀られていた宥盛は厳魂彦命と名を変えた。明治38年(1905年)には現在の奥社へと遷座される。それまで金毘羅大権現の本地仏として祀られていた本尊十一面観音像は信仰の対象から外されたが、社宝として現在も観音堂に納められている。不動明王、毘沙門天の2体の脇侍仏は破却の危機に直面したが象頭山松尾寺の末寺である万福院住職宥明によって救い出された。その後、所在は転々としたが、明治15年(1882年)、裸祭で知られる岡山市の真言宗寺院、西大寺の住職光阿によって同寺に勧請され、あらためて金毘羅大権現の本地仏として祀られ現在に至る[10]。松尾寺は、塔頭であった普門院が再興し、法灯を継承している。

近代社格制度のもと、明治4年(1871年)に国幣小社に列格し、明治18年(1885年)に国幣中社に昇格した。

古くから信仰を集め、こんぴら講に代表される金毘羅信仰を後世に伝えるため、昭和44年(1969年)8月5日、宗教法人金刀比羅本教の設立認可を受け、金刀比羅本教の総本宮となった。総本部は金刀比羅宮の大門近くにある。金刀比羅本教は神社本庁に属さない独立した包括宗教法人であるが、金刀比羅宮自体は神社本庁の被包括法人であり、別表神社に指定されている。









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こんぴらさんから降りてきました

神域入口の場所の五人百姓の方から

飴を買いました

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一番小さなやつ、5枚入り500円

ちゃんと割る棒もついてます

高い奴はこの飴の枚数が多いだけで

姿、形はかわりません





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神域から外に出る(下界)には

参道脇にびっしりと土産物屋が並びます



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おやじの暴れん坊息子

なんとかしてください







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ブラタモリでやってたんですが

こここんぴらさんが大人気になった理由は

海の神様の信仰だけではなく

飴だけでもなく

さらに俗的要素があったそうな

それはつまり「富くじ」(宝くじに当たるかもしれない)

と、「歌舞伎」らしいです

大きな演舞場があるようですよ




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ストックレンタルもあります

みんなこの杖をついて登ってました



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下記がこんぴら参りのQ&Aです

参考までに


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ちなみに途中からですが

おやじも徒歩の記録をつけました

登りの真ん中くらいから開始してますので

これを1.5倍くらいすればいいんじゃないかな



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琴平駅から2−3時間くらい見てれば

こんぴら参りできると思われます





















だんだん日本の歴史と常識がわかってきた感じがする




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むふふ

❤♡❤





















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