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5年前カミさんが、妊娠中のため胎児に薬の影響が出る可能性があるということで花粉症の薬を飲むことが出来なかった。ゆえに花粉症による鼻炎にひどく悩まされたカミさんは、ひたすら「苦しい、ツラい」と言って花粉の多い季節を耐え続けていた。
当時まだ花粉症を発症していなかった自分は、口では「ガンバッて!」と励まし続けていたが、心の中では「熱もないくせに、何ヶ月も寝たきりになって、この怠けものめが!」といった気持ちも正直心の片隅に少しはあった。
去年、私は花粉症を発症した。40歳を過ぎた時「自分はもう花粉症にはかからないのだ!」と全く根拠の無い風評に、ほくそ笑んでいた私は、そのツラさを、初めて、ようやく、十分に、理解した。花粉症はつらい病気でした!ホント、ゴメンナサイ m(__)m
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数年前、母方の叔父さんがクモ膜下出血で倒れた。手術と長い入院とリハビリの末に、ようやく退院を向かえ会え話ができた。
縫合した何十針もの縫い目が生々しく残るフランケンシュタインのような坊主頭を見て、手術の壮絶さを実感し、ことの重大さに恐怖し、おののき、しばしたじろいだ。
叔父さんの仕事は看護師だった。その時、私は「看護される立場も味わったことだから、これから看護される立場も理解した看護ができますね。」などと自分なりの精一杯の励ましの言葉をかけた。
カミさんの花粉症のツラさすら理解していなかった自分に、今思うと叔父さんの闘病生活のどこが分かるというのだろうか?分かった気になっていて、口先だけの生意気な事を言った自分を、今となっては恥じている。
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年をとってくると涙腺がやたら弱くなる。テレビのドキュメンタリーで悲しい場面が映し出されると感情移入してしまって、情けないことについついもらい泣きしてしまう。
その時はその人の心情を理解していると思っているのだが、後から思い返してみると実際のところ そうなっている人の気持ちなどわかっていないのかもしれない。分かった気になっているだけなのかもしれない。
結局は、自分がその立場にならないければ、わからないことがやたら多い。人の痛みがわかる人間なんて、言葉で言うほど簡単には、なかなかなれない。他の人のことはともかく、自分はそうだ。
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有名な女性アナウンサーが、亡くなった。彼女は線維筋痛症を患っていて、その痛みがひどかったという。今はただただひたすらご冥福を祈りたい。
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同じ病気の方が、絶えられないような激痛の表現を「骨の中に爆薬を詰めて爆発させた様な痛み」と言っていたが非常に辛かったと思います。私も好きなアナウンサーの一人でしたよ。
2007/2/8(木) 午後 7:00 [ - ]
みなさん、どうも! トラックバックして下さいました線維筋痛症関連のブログの管理人さんから、以下のようなお言葉をいただきました。 『痛みは本人にしか分からないですから周りに理解を求めるのも難しい。周りに出来るのは温かく見守る事。』 『「がんばれ!」などと無責任に言うのはもっての外、本人は頑張っているのです。精神的に追い込むだけです。難しいと思いますが、親身になってあげられる立場の人は優しさで包んであげてください。』 言葉のどれもが、ズシン、ズシンと重き響きます。
2007/2/9(金) 午前 10:33