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ラジオの予報通り夕方までうねりは収まらなかった。今夜も磐田でキャンプ。結局、磐田に合計3泊することとなってしまった。
これによって、明日は遠州灘を50Km超、そして明後日は駿河湾50Km超を漕ぐことが決定したのである。
5月3日(木) 六日目
朝4時にセットした目覚ましに、少し二度寝してかろうじて4時半に起きれた。大急ぎで出発の準備をして、6時40分には磐田を出発できた。この時刻は今回の中では一番早い時間だ。
二日間にわたる停滞は、私の肉体を完全にリフレッシュさせていたし、心も漕げる喜びに満ち溢れ漕ぐ気満々であった。それにもまして、とにかく今日がんばろう。と固い決意でみなぎっていた。
というのは、明日もし風や波が高くて駿河湾を横断できないというのであれば、自分としては諦めもつくし、納得もできる。しかし、今日がんばらずして相良に辿り着かなくて、明日の相良からの横断のスタートはありえないし、横断の成功もない。まずは今日の磐田−御前崎−相良の50Km超を漕ぎきること。明日も大切だが、今日も非常に重要なのだ。明日があるのは、今日が首尾よくいってこそ。明日ではなく、今日こそが勝負の日なんだ。
そのために、まずやらなければならないことは、この目の前の1Kmを移動すること。いや、目の前の100mを、いやいや、1mを移動すること、これからやろうとする一漕ぎをすることなんだ。
初日の半日と4日目、5日目の停滞によって日程的にかなり厳しくなり、時間的に追い詰められると、泣きを入れる理由、断念する理由など、いくらでも思いついた。言い訳はいくらでもある。だが、決して泣きは入れまい。と気合を入れるのであった。
期間を限定して、シーカヤックのロングツーリングをすることの悪い面。つまり、ある時間内に必ずどこどこまで行けなければならない。といった義務感が生じ、それがやっている人の状況判断などを微妙に狂わす。そのことをひしひしと感じる。
が、そんなことを途中断念の言い訳にはしたくないという気持ちの方が圧倒的に強かったし、期間を限定することは自分の場合仕事上どうしてもやむを得ないということは、これを始める前から分かっていたことだ。肝心なのは、どんな重圧のかかった状況においても状況判断が決して鈍らせない。という強い信念と覚悟を持つ!ということだ。
だから、完全に諦める前に、絶望する前に、目の前の一漕ぎ、一漕ぎをするんだ。
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