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はぁ〜〜♪ 佐渡へ〜〜♪
佐渡へと 草木もなびくョ〜♪
佐渡は居よいか 住みよいか〜〜♪ (佐渡おけさ)
相川は、昔から金や銀が採れることで知られていたが、本格的な金山開発が行われたのは、江戸時代に入って徳川家康によって幕府直轄の天領とされて以降だ。
金の採掘は17世紀に最盛期を迎え、産出量は当時の世界一にまでなった。産出量が枯れ始めた幕末まで、溢れ出る金によって幕府御金蔵を支えた。それまで小さな村だった相川は4万人もの大きな町になっていた。(現在、佐渡島全体の人口が6万9千人)
そんなに大きい街だからこそ、奉行所も必要になったのであろう。その名残で今でも、こんな小さな町なのに警察署があると思われる。
江戸時代、金鉱での働き口を求めて「佐渡おけさ」の歌詞通りに、人々は佐渡島・相川へと渡ったのであった。
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相川のコンビニで昼食を買い、出艇する場所を求め北へ向かった。相川の町を出て1〜2km走ったところに海岸近くに降りれる道があり、そこには駐車スペースもあった。
昼食を食べ、出艇準備を開始した。
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